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クルーグマン教授・独白「日本経済は、世界の良きモデルになる」【2】

プレジデントオンライン / 2015年1月2日 12時45分

ポール・クルーグマン氏

その発言に各国の政府関係者から市場関係者までが注目する「世界のオピニオンリーダー」。アベノミクス、金融緩和、消費税再増税……プレジデントの独占取材にクルーグマン氏は自宅で答えた。

■女性活用が遅れた日本にチャンス

私が昨年11月上旬に来日していたときに黒田日銀総裁は「物価安定の目標を早期に実現するために、できることは何でもやる」とデフレ克服に向けて強い決意を表明した。今日本にとってもっとも必要なことはデフレマインドに戻らないことだが、企業が低価格戦略を打ち出さないことも重要である。国民がインフレマインドにならない限り、消費は伸びない。消費が伸びないかぎりデフレから完全に脱却することはない。私が一番恐れているのは、先述した「臆病の罠」状態だが、少なくとも黒田氏はその罠に陥らないように「サプライズ追加緩和」を発表した。

女性活用については、黒田氏が2014年5月24日付のウォールストリート・ジャーナルのインタビューで述べている。「経済成長を高めるにはさらに3つの変革が必要だ」として、「一つは民間セクターが資本投資(設備投資)をもっとする必要がある。2つ目は労働力はもっと高齢者層と女性を参加させる必要がある。3つ目は生産性を上げるために規制緩和と構造改革が必要である」と言っている。女性の活用については安倍首相も強く奨励しているが、考えてみると日本で女性が労働力に参加するのがこれほど遅れていたという事実は、むしろ近い将来女性がもっと参加することで潜在成長率がかなり伸びるチャンスがあるということである。これはある程度移民を受け入れることにも当てはまる。アメリカでは女性はすでに重要な労働力になっているので、もっと女性を労働力に入れると言っても景気はそれによってよくならない。日本が欧米化するのは文化的に難しいと思うが、日本には最善の結果を期待している。

一方で世界経済はこの先いったいどのような未来を描くのだろうか。

米国経済はかなり雇用を復活させて欧州経済と比べるとはるかに強い。おまけにガソリン価格が急速に下落しているので、その分消費者に余裕が出てきている。昨年10月29日にはFRBはその日開催のFOMC(米連邦公開市場委員会)で、QE3(量的金融緩和策)の終了を発表したが、これは米国経済の回復がはっきりしているということだ。

現在の焦点はFRBがいつ利上げに踏み切るかに集まっている。今年半ばには踏み切るという観測も出ているが、これは明らかに米国経済が回復している証拠である。昨年9月の失業率が金融危機後初めて5%台にまで改善したことも米国経済の復活の証拠である。とはいえ、米国の労働者の賃金が上昇する前にイエレン議長が利上げに動くと米国経済が再び失速する可能性が出てくる。利上げのタイミングは米国経済にとって決定的に重要である。

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未来を次々と的中!「クルーグマン発言集」

14年11月4日に行われた米国の中間選挙で、議会のねじれ現象は解消した。しかし、民主党のオバマ大統領に対して、議会の支配権は両院とも共和党が掌握したために、政治的な行き詰まりはさらに悪化するかもしれない。これを切り抜けるにはオバマ大統領が共和党に妥協していくしかない。13年に予算をめぐって連邦政府機能を停止させたことは記憶に新しいが、あのときは名目上の債務不履行に陥りかけた。オバマ大統領は賢明だから、この悲惨な対立から教訓を学ばないことはないだろうが、もしこれからの2年で共和党に妥協しなければ、政治的膠着が見られるかもしれない。それは今調子がよくなっている米国経済にとっては明らかにマイナスになる。

中国経済はグローバル経済において、もっとも重要なワイルドカードのひとつであるが、インフレ率はこの5年でもっとも低く、海外投資も縮小している。中国経済が今までと同じような成長を維持することはできないだろうという予測に反論する人はいないだろう。中国国家統計局の数字はそのまま鵜呑みにできないが、昨年発表された第3四半期のGDPは前年同期比7.3%増であった。

今の中国経済の状況は極端な投資バブル状況にあり、金融危機が生じる可能性が高い。バブル崩壊が始まると日本で起きたときよりももっとひどくなるだろう。日本経済や欧州経済への影響は計り知れない。

この状況をよく把握して、中国はまさに経済構造の転換をしようとしている。このままでいくとバブル崩壊になる可能性が高いので投機的な不動産投資への依存を減らし、内需主導型の経済に転換しようとしている。これを物語っている数字が新規雇用者の数である。14年に入ってからの8カ月で1000万人近く都市部で増えたというのだから、明らかにサービス産業への産業転換が急速に進んでいる。つまり、数字から見るとGDP成長率は目標の7.5%より低いが、それは半ば意図的に生じさせたものである。産業転換をしないで、バブル崩壊の道を行くよりも、雇用を創出して安定した成長を維持したほうが、世界経済の安定にもつながるのだ。

中国経済が悪化すれば、日本経済だけでなく世界経済にも計り知れない打撃を与える。特に不況とデフレ懸念が深刻化する欧州は中国の最大の取引先でもあるので、影響は甚大である。さらにドイツの緊縮政策が悪影響していることもあり、欧州発の危機が醸成されつつある。

メルケル首相は緊縮政策でユーロ安定と唱えているが、ドイツ経済は欧州経済の不況が長引いていることで輸出にブレーキがかかっている。しかも、南欧諸国の不良債権は膨らんでいる。ドイツにそれを救済する気持ちがないことも欧州経済の悪化の一因になっている。

■経済の低迷期には何に頼るべきか

【1】の冒頭(http://president.jp/articles/-/14177)で言及した“Apologizing To Japan”にも書いたように、西洋が日本よりもひどい状態になったのは緊縮政策のせいである。日本の不良債権処理が遅れたように南欧の不良債権処理が遅れると、それがユーロ危機第二弾の発端になる可能性がある。第一弾が生じたときに私は声を大にして「緊縮政策は間違っている」と叫んだが、誰も聞く耳を持たなかった。ギリシャは増税と歳出削減を実行し、財政赤字はGDPの15%にも相当する規模まで膨れ上がった。その教訓をドイツが学んでいないのは理解しがたい。緊縮政策がいかに間違っていたかは誰の目にも明らかであるはずなのに、なぜ教訓を得ようとしないのだろうか。

今回来日したときに話した人たちは、「多くのビジネス・リーダーたちは日銀の政策は間違っている」と言っていた。自著『そして日本経済が世界の希望になる』にも書いたように、経済の低迷期には理論と歴史の教訓に頼るべきである。つまり経済学者が言うことに耳を傾けるべきだ。国家は会社とは異なるということを理解しなければならない。FRBもイングランド銀行もベン・バーナンキ、ジャネット・イエレン(現FRB議長)、マーヴィン・キングといった元大学教授の指揮下にあった。ECB(欧州中央銀行)総裁のマリオ・ドラギもほとんどのキャリアを学問の世界と公職で過ごしてきた人だ。ドラギはご存じのようにユーロを崩壊から救った英雄である。

欧州経済について私の懸念が増しているときに、昨年11月6日ドラギ総裁は理事会後の記者会見で「必要な場合にとる追加策の準備を指示した」と述べ、さらなる金融緩和を示唆した。これを知って私はいささかほっとした。金融市場にはECBが国債などの資産を買い、大量のお金を市場に流す量的緩和に踏み切るとの見方が広がった。そのためユーロ安が進み各国の株価が上昇した。

普通会社が経営に行き詰まると賃金を下げ、経費を削減して経営危機を乗り越えようとするが、それを国家に適用すると経済はますます悪化する。需要が減り、悪循環が生じるからだ。経営困難に陥ったときの会社経営者たちの発想と国家の経済が低迷しているときの発想は真逆になる。だから、景気が低迷しているときはビジネス・リーダーたちの言うことに耳を傾けないほうがいい。

こうして世界経済全体を俯瞰すると、正常に機能しているのはアメリカとイギリスの経済だけである。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)では中国以外にも景気減速が生じている。

写真左:ジャーナリスト 大野和基氏 写真右:ポール・クルーグマン氏

ロシア経済は初期のプーチン政権時代は年平均7%ほどで成長していたが、その勢いはなくなった。プーチン大統領が権力を維持できた背景には、一因としてロシアが急速な経済成長を達成できたことがあるが、ロシア経済が失速すればその権力基盤が揺らぐことになりかねない。クリミアへのロシアの介入は、プーチン大統領が自分の権力基盤を守るためにやったというのが私の見方である。これはロシアに限ったことではなく、国家の指導者が政治的な打算で、戦争という手段に訴えることはよくあることだ。アメリカのブッシュ前大統領が「対テロ戦争」を始めると支持率は急速に上昇し、プーチン大統領の支持率もウクライナ危機以来上昇している。

私が頭に描く理想のシナリオは、アメリカではオバマ大統領が共和党に妥協しながら、政治的膠着を避け、今調子がいい米国経済をさらに成長させることで、それが世界経済を長期停滞から救う助けになる。欧州経済はドラギECB総裁が黒田氏と同じようにさらなる追加緩和を用意しているとほのめかしたので、最悪の状態になることはないだろう。

日本ではまずデフレから完全に脱却することだが、その初期症状である物価は円安の影響もあって上昇している。この現象自体は予想通りのことだが、賃金上昇が伴わないとデフレマインドに逆戻りする可能性がある。こういうときに消費税増税第二弾を実行することは絶対にやってはならないことである。賃金上昇は中小企業を含め、企業全体で起きないと格差がますます広がるので、低迷が続くことになる。空母から戦闘機が離陸して、安定飛行に入るには最初の脱出速度が一定の速度に達していないといけない。やっと脱出できたとしてもそのあと安定飛行に達するには賃金上昇と国民がインフレマインドになることが必要である。そのためには賃金上昇が物価上昇を上回る状態が、できるだけ早くこないといけない。長引くとアベノミクスに対する信用がなくなり、政策そのものが水泡に帰する。世界は日本の状態を見守っているのだ。

私は13年5月24日付のニューヨーク・タイムズに「モデルとしての日本」というコラムを書いた。そこで私は「ある意味では安倍政権によって採用された金融・財政政策刺激策への急転換である『アベノミクス』について本当に重要な点は、他の先進国が同様の政策をまったく試していないということだ。実のところ、西洋世界は経済的な敗北主義に圧倒されてしまったように思われる」と書いた。アベノミクスというどの国も試したことがない政策実験が奏功すれば、それは同じような状況に陥った国に対しても意義ある示唆になるはずだ。私はアベノミクスの成功を日々本当に祈っている学者の一人だが、日本から学ぶものは何もないと思い込んでいた欧米の学者たちもアベノミクスの行方を固唾をのんで見守っている。

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ポール・クルーグマン
1974年イェール大学卒業。77年マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。2000年よりプリンストン大学教授。大統領経済諮問委員会の上級エコノミスト、世界銀行、EC委員会の経済コンサルタントを歴任。91年にジョン・ベイツ・クラーク賞、08年にノーベル経済学賞を受賞。

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(国際ジャーナリスト 大野 和基 常盤武彦=撮影)

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