教育に介護、家族とお金が心配なら【1】
プレジデントオンライン / 2015年1月4日 12時15分
不機嫌な妻、無気力な子、頑迷な老親……家族をめぐる苦悩の克服には、“今日より悪い明日”を直視する徹底したリアリズムが必要だ。
■家族関係の基本は「ギブ&ギブ」
聖書は10人読めば感じることは10人とも違います。難しく考えずに直接テキストに当たって、直観と感情で読むといい。『新約聖書』の最初の四福音書(マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネ)とすぐ後の「使徒言行録」をお勧めしています。
人間関係、特に夫婦や親子など家族関係で悩む方に知ってほしい言葉は、その「使徒言行録」の20章35節「受けるよりは与える方が幸いである」に尽きます。家族関係はいわゆる「ギブ&テイク」ではなく「ギブ&ギブ」が基本です。
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新約聖書「使徒言行録」20章35節
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人間の心理は不思議なもので、モース(仏・文化人類学者)が『贈与論』で詳しく論じているように、与えられ続けると、ある臨界点を越えたところで相手に返したくなるんです。逆に返せぬほどの恩を受けると、そこには力の上下関係が生じます。
求めるより与える。惜しみなく与える恩は、家族の中でも力関係として働きます。夫や親としての威厳を保つなら、それが一番の方策です。
ただ、与えるといっても、妻や子供が欲しがるものを、何でも買ってやるということではありません。お金や物とは限りませんし、必要としているものでなければ無意味です。
とかく夫婦は互いに要求を突きつけ合いがちです。思い通りにならないと、それが不満となって積み重なり、関係がぎくしゃくしていきます。さらにエスカレートして、相手はいつも不機嫌、口を開けば諍いになる。そうなったらもう最終段階。さっさと離婚するのが得策です。
無責任な話だと思われるかもしれませんが、キリスト教は、解決できぬ問題に立ち向かうような無意味なことはしないのです。「ギブ&ギブ」を実践するには、まず自分が家族に何を「与えられる」のかを知る必要があります。実は、それを真剣に考えることが、今の社会を生き抜くカギになるのです。
■次の世代は確実に崖下に落ちる
今の日本の夫婦・親子関係は、構造的危機にあります。崖っぷちにいる親の次の世代が確実に崖下に落ちることが明白、という歪んだ社会構造に陥っているんです。
それを端的に示すのが子供の教育費です。ある程度の生涯所得を保証するための教育費の金額が、今は桁違いになってます。いわゆるグローバルエリートのチケットを手にするには、今や博士号かMBA(経営学修士)の取得が最低限の条件ですが、東京大学が始めたビジネススクールは受講料約500万円。米ハーバード大学やスタンフォード大学でもMBAを取るのに同程度の5万~6万ドル。加えて今後日本が置かれるであろう状況を考えると、英語と中国語プラスアルファの技能が必須。これでは、子供が30歳になるまで面倒をみなければなりません。
そうなると、子供2人をエリートに育てるには年収2500万円はないと難しい。普通のビジネスパーソンでは、今の税法上の手取りが年1800万円以上必要。それでも子供1人がギリギリです。
もちろん、そんな稼ぎなどない親が大半です。かつての中間層がいなくなった今、日本の次世代の子供は、飛び抜けた一握りのエリートを除く大半が、北京や瀋陽、上海を除く中国の中堅都市程度の生活水準・社会保障水準に収斂していくでしょう。
子供に十分な教育を「与える」ことができない。中途半端に金をかけても結局は“上”に行けず無駄になりかねないし、将来も保障されない。これは異常なことです。こうした状況に陥った国家は通常、戦争で事態を突破するものですが、それは絶対に避けなければなりません。
将来そうした状況の中で生きるであろう子供に、親は何を「与え」ればいいのでしょうか。新約聖書の「マタイによる福音書」7章24~27節にそれが示されています。「聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている」というこの一節は、知識を得るだけでは何の役にも立たない、その生きた使い方を身につけろと述べています。
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雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。
わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。
新約聖書「マタイによる福音書」7章24~27節
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つまり、教育にお金をかけられないなら、社会に出て確実に生かせる知識と、その知識を使いこなす術が身につくよう仕向けるんです。そういう「与え方」もあるでしょう。
それには、社会を知るために人生の代理体験を数多くさせておく。小説を読む。名作といわれる映画をDVDで見せる。これが後々生きてくると思います。それと国語と数学。国語で言語的な、数学で非言語的な論理を学ぶのです。この2教科をきちんとやっておくことで、言葉の正しい使い方がわかるようになります。
悩みは教育だけではありません。親の介護の問題は、介護施設や介護サービスを今よりもっと充実させないと解決できない問題です。しかし、介護サービスの従事者は、一般の業務の平均賃金より7万円も安いとか。これでは担い手がいなくなります。
なぜそうなったのかを、日本女子大学教授の渋谷望氏が著書で「魂の労働」という概念を用いて説明しています。介護は社会的に価値のある、魂に触れる労働だから低賃金でいいと社会が甘受してきたからだというのです。
そこに遺産相続のいざこざが絡みます。読売新聞の「人生案内」欄は昨今、遺産相続に関する話が非常に多い。それらはすべて、先に言ったようないびつになった社会構造によって引き起こされている問題です。
要は、この先は国も会社も、社会も頼れない。自分と家族の生活とその行く末は、自分たちで考え、守らなければならないということです。
するとやはり、「受けるよりは与える方が幸いである」という原点に戻ります。経済力、仕事の能力も含めた自分の力がいかほどのものか、妻に子に老親に、自分が何をしてやれるのか、逆に何をしてやれないのかを冷静に見る徹底したリアリズムが必要となるのです。
実も蓋もない話ですが、今、中堅のビジネスパーソンが抱える家庭の悩みは、実はお金に還元されるものが多いと思います。仮に十分なお金を得た場合、実際に抱える問題はどの程度残るかを考えてみるといい。純然たる悩みなのか、完全に経済的な悩みなのか。経済的な悩みなら国家の予算と同じで、限られたパイの中で優先順位を変えるか、落とすところは落としていかないといけない。
「与える」ためには努力も必要です。今の若年層は80%が現状に満足しているというが、これは非常に危ない。その子の世代、孫の世代にもっとひどい世の中になってしまいます。
「狭い門から入りなさい」で始まる「マタイによる福音書」7章13~14節の「滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い」とは、まさにそのことを指し示しています。あえて狭い門を選ぶ。努力はしなければいけない。極端な形での“頑張らない生き方”をしていると、奈落の底に落ちる危険があります。
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滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
しかし命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。
それを見いだす者は少ない。
新約聖書「マタイによる福音書」7章13~14節
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親世代一人ひとりが握っているバトンを、どうやって次世代に渡すかは重要です。お金や物のみならず、家族に与えたいものがあるならば、職業や働き方、生活のありようを大きく変えることも視野に入れ、自分の人生を考えなければなりません。
※言葉の出典は日本聖書協会『聖書』(新共同訳)
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作家、元外務省主任分析官
1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了、外務省入省。2002年背任等の容疑で逮捕される。05年執行猶予付き有罪判決。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『人に強くなる極意』ほか多数。
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(作家、元外務省主任分析官 佐藤 優 高橋盛男=構成 小原孝博=撮影 PIXTA=写真)
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