日本の教育を陰で支え続ける「塾」という存在
プレジデントオンライン / 2015年4月26日 10時15分
■なぜ日本に塾の文化が根付いたのか
名門校に関する短期集中連載の最後に、あえて学校という枠を離れ、塾について考察してみたい。
明治になって、国が学校制度を整備し、読み書きそろばんを中心とした小学校とエリート養成を目的とした大学の間に旧制中学ができたときには、そこへの受験対策として塾が生まれた。戦後、学校教育は上級学校への進学指導を手放したが、上級学校は入学者選考に際し、試験による選抜を続けたために、その対策として塾が必要とされるようになった。
高度成長期にさしかかり、知的労働者階級が創出されると、教育の大衆化が進み、単線的学校制度というレールの上での競争が激化し、ますます塾が必要とされるようになった。「学校群制度」や「総合選抜制度」によって公立回避の気運が高まると、私学受験熱が高まった。その受け皿も塾だった。極端な「ゆとり教育」が推し進められたときには、やはり塾が存在感を増した。
変化に歪みはつきものだ。歪みに対して、子をもつ親の「不安」や「不満」が生じる。その「不」の解消を、塾が引き受けてきたわけである。逆に、身銭を切ってでも子どもによい教育を受けさせたいと思う国民性と、それを受け止める塾という存在があったからこそ、日本の教育制度は致命的な失敗を回避でき、比較的スムーズに変化してこられたともいえる。
たとえば、もし塾がなく、極端な「ゆとり教育」だけが推し進められていたら、日本の教育はもっと混乱していたかもしれない。現在の学力レベルは保てていなかったかもしれない。実は、塾は、私学を含めた学校制度を陰から支え続けていたわけである。
また、こういうこともできる。子をもつ親の「不」を受け止めるのが塾の役割である。その「不」に柔軟に対応した塾が栄え、生き残る。塾は、子をもつ親の「不」つまり「ニーズ」を如実に映し出す鏡のような存在なのだ。
■塾というバックアップシステム
公教育が「与えられた教育」であるとするならば、民間教育は「自ら求める教育」といえる。その2つがあることで、日本の教育は常にバランスを保ち、かつ、柔軟に進化し続けることができた。仮に国が、国民の意に反した教育を国民に押し付けたとしても、私たちには塾で学ぶという選択肢が残されている。これは、世界でもまれに見るハイブリッドな教育システムなのである。
学校システムにさまざまな問題が指摘されている今、全国に約5万あるといわれる塾という教育資産を活用しない手はない。しかし、それは単に塾を学校教育に組み込むとか、塾を文科省の管轄下に置くとかいう話ではない。むしろ学校システムや教育行政を監視し、補完する役割として、また子どもやその親たちのニーズを映し出す鏡として、塾のもつ機能に期待したい。
もし今、塾がなくなったら、保護者は今以上に、学校に受験指導を要求するようになるはずだ。そうすれば学校は今の姿を保てなくなる。塾があることで、学校は学校の本分をまっとうできているのだ。塾があることで、実はこの国の学校文化が守られてきた部分があると言える。
また現在、塾があることで、子どもたちは自分に合った勉強方法を模索することができているとも言える。もし今、塾がなくなったら、受験生は全員、学校の指導に従わなければいけないことになる。学校の指導が自分に合わないと思っても、逃げ場がなくなる。
塾というと「必要悪」というイメージが強いが、実は塾があることで、この国の教育の多様性と安定性が保たれていることは、忘れてはいけない。
「教育再生」のかけ声のもと、今この国では、大胆な教育改革が断行されようとしている。うまくいけばいいが、リスクも大きい。その意味で、塾というバックアップシステムは、この国最大の資産といっていいかもしれない。
日本における塾の歴史や、時代時代における存在意義、また、塾の最新事情については拙著『進学塾という選択』を参照されたい。
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教育ジャーナリスト
麻布高校卒業、東京外国語大学中退、上智大学卒業。リクルートから独立後、数々の教育誌の企画・監修に携わる。中高の教員免許、小学校での教員経 験、心理カウンセラーの資格もある。著書は『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』『男子校という選択』『女子校という選択』『進学塾という選択』など多数。
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(教育ジャーナリスト おおた としまさ)
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