財政破綻は飛躍への序曲か「ギリシャと江戸幕府」
プレジデントオンライン / 2015年7月16日 16時15分
リーマン・ショック以後、延々と続いてきたギリシャの破綻騒ぎがようやくヤマ場を迎えた。債権者のドイツやEUなどがギリシャ政府に対して求めたリストラ案が、ギリシャの国民投票で拒絶されたのだ。
ドイツ・EU側としては、ギリシャ側の要望に譲歩すれば悪しき先例を生むことになる。強硬姿勢を崩すわけにいかない。
ここ数年間、アベノミクスで好調だった日本人としては、ギリシャ危機は遠い世界の、ほぼ無関係な話だと受け止めたいところだ。だが実は、日本はおろか、どの先進国にとっても、ギリシャ危機は他人事ではない。その点がぼやけてしまうのは、ギリシャ危機が2つの危機の複合体だからである。
第1の危機は、一国の経済力とその通貨価値とのギャップがもたらす経済危機である。使う通貨の価値が実体経済の実力を大きく上回った国は、産業の競争力が失われ、国内経済が疲弊してしまう。ユーロに加盟したギリシャもその例に漏れなかった。勤倹貯蓄を国民性とするドイツの生産性を基準にしてその価値を決めているユーロは、のんびり気質で生産性が低いとされるギリシャ人には分不相応だったようだ。
だが主要先進国の通貨価値は、アメリカ、カナダ、イギリスにしても、ユーロの中核をなす独仏にしても、おおかた実力相応のところに落ち着いている。日本円にいたっては、アベノミクスのおかげで、今では実力よりもだいぶ低い為替水準にある。為替危機は、現在の主要先進国には無縁の話である。
だが、ギリシャ危機を構成するもう1つの危機――有権者に対して甘い約束を重ねてきた揚げ句の財政破綻は、日本を含むすべての先進国に起こりうる事態だ。少子化が進む中、年金負担が政府財政を蝕みつつあるためである。
そのやりくりがとうとう限界にきたのがギリシャだったというわけだが、実は5月中旬にアメリカを代表する大都市シカゴの市債が大幅に格下げされている。また、アメリカのプエルトリコ準州は、7月1日時点でかろうじて債務不履行を回避したが、破綻は時間の問題とされている。世界最大の経済規模を誇るアメリカも、実は財政面では無数の“ギリシャ”を抱えているのである。
■巧妙な財政破綻を起こして乗り切る
実際、かねてからいわれる通り、わが日本も、財政破綻の危機は深刻である。税収が公的債務の5%しかないのである。現在の超低金利が他国並みに正常化しただけで、税収がすべて国債の利払いに消えてしまうのだ。国債が暴落する日は遠くないかもしれない。そしていざ破綻という事態になれば、最大の金融資産である国債が紙屑になるわけだから、銀行の多くは倒産し、銀行預金の何割かは消滅する。深刻な不況が何年かは続くだろう。
だが戦争と違って生産設備が破壊されるわけではない。ギリシャの場合でいえば、パルテノンもエーゲ海もそのままだ。財政破綻とユーロ脱退の粉塵がおさまった後には、格安観光地となったギリシャは、世界中からのお客さんで溢れるようになるだろう。企業の場合と同じく、破綻は再生への第一歩なのである。
いや、日本史の先例からいえば、明治維新は江戸幕府の財政破綻と表裏一体だったし、敗戦時にも政府は巧妙に財政破綻を起こして、これを乗り切っている。もし現在の日本の財政が破綻すれば、個人レベルでの悲劇を無数に目撃することになるであろう。だが、日本人には破綻を次の飛躍への踏み台とする知恵が備わっているのだ。
こうして見ると、ギリシャ危機の最大の教訓は、もともと無理のあったユーロ加盟にこだわっても、国民の苦痛が長引くだけだったという事実にあるのかもしれない。たとえ破局に見舞われようとも、賃金や為替など、主立った指標が自然な水準に落ち着けば、そこから必ず新しい成長が始まるのである。やがて先進諸国を痛撃することになる財政危機の先駆的な事例が、遠い昔に滅びた国家を蘇生させる形で誕生したギリシャで起きたというのは、どうやら偶然ではなさそうだ。
(翻訳家、政治・経済評論家 徳川 家広 写真=Getty Images)
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