なぜ「教育」という名の「虐待」が増えているのか
プレジデントオンライン / 2015年8月23日 12時15分
■「教育虐待」を知っていますか?
あなたの身の回りにこんな人はいないだろうか。
□ 「自分はダメな子」と思って育ってきた
□ 思春期に、窃盗や万引きなどの非行、摂食障害を経験した
□ DV、モラハラの被害者または加害者となった経験がある
□ アルコール依存症、ギャンブル依存症、浮気性などの依存的な症状がある
□ なぜかいつもイライラしている。つい家族に当たってしまう
□ 大人になっても親を恐れている。あるいはマザコン、ファザコンである
□ いい学校に行かないといい人生を送れないと思っている
□ 「どうしてできないの?」「やるっていったじゃない!」をよく言う
□ 子供を東大に入れた親の体験記、子供の成績を良くする系の情報をよく読む
□ 受験は、第1志望校に合格しなければ意味がないと思っている
□ 子供の人生の成功・不成功は、親次第だと思っている
当てはまる人がいるとすれば、その人はもしかしたら、「教育虐待」の被害者かもしれない。
児童虐待から逃れてきた子供たちを保護する児童シェルターにおいて、世間一般には優秀であるにもかかわらず、教育熱心過ぎる親に追いつめられ逃げてくる子供が増えてきたことから、シェルターの職員の間で、「これって教育という名の虐待? 教育虐待?」と自然発生的に言われるようになった。
2012年8月23日の毎日新聞記事によれば、教育虐待という言葉がはじめて公に使われたのは2011年12月。「日本子ども虐待防止学会」で武蔵大学の武田信子教授が、「子供の受忍限度を超えて勉強させるのは『教育虐待』になる」と発表した。「『教育』の名のもとで親の言いなりにさせられるケースはもちろん、親の所得格差が子供の学習権に大きく影響する状態も『教育虐待』に含まれる。さらに、教育システムが知らず知らずのうちに子供たちを追い込んでいる日本の状況自体が、社会的な意味における『教育虐待』に当たる」とも指摘した。
■「理性の皮を被った感情」による精神的虐待
教育熱心過ぎて子供を追いつめてしまう親がよくやってしまうパターンを紹介しよう。
代表格は「どうしてできないの?」である。わからないことが理解できない、親の未熟さの表れだ。「どうしてできないの?」と言われたって子供は困ってしまう。本来であれば、「この子はなぜこんな簡単な問題が解けないのだろう。この子にとってはどこが難しいのだろう。どうやったらこの子にもこの問題の解き方がわかるようになるだろうか」と考えるべきところであるのだが、つい「どうしてできないの?」というひと言に集約してしまう。すでにそこには「どうして?」という優しい問いかけのニュアンスはない。「こんな問題ができないあなたはバカだ」という含意が、子供を直撃する。
もう1つ、よくあるのが「約束」だ。たとえばテストで悪い点をとってしまったとき、その場では激高しない。「どうしてこうなったと思う?」「これからはどうする?」などと、あくまでも冷静に、原因と対策について話し合う。ヘビににらまれたカエルのような状態の子供は、今までの反省点と改善策を話す。「具体的にはどうするんだ?」と親はさらに問いつめる。ほとんど誘導尋問であるが、こうやって子供は約束させられる。約束したときには子供も本気に違いない。しかし人間そんなに強くはない。約束が破られてしまうこともある。約束不履行はすぐに見つかる。「あなたは約束を破った」「やるって言ったじゃない!」。親はそのことを責める。約束を破るのは人の道に反することだとされているので、親はそれを「厳しく叱る正当性」を得る。子供は言い逃れができない。追いつめられてしまう。
「勉強しなさい!」「あなたはダメ人間」などとむやみに怒鳴ったり叩いたりする親は、実は少数派ではないかと私は思う。多くの親は、子供を叱るに十分な理由を見つけてから、その正論を振りかざしているのではないだろうか。「この子が約束を破ったから、そのことを叱っている」などと、正当化をしているのではないだろうか。そうやって「自分は感情的に怒っているのではない」と自分を許しているのではないだろうか。
しかし結局のところ言外に伝えているメッセージは、「あなたは自分で言ったことも遂行できないダメ人間だ。だから成績が悪いのだ」ということにほかならない。それでも子供は反論できない。逃げ場を塞がれ、完全に追いつめられてしまう。いわば、「理性の皮を被った感情」による精神的教育虐待である。
■「教育」が「虐待」に変わる瞬間
どこまでがしつけや教育的指導で、どこからが教育虐待になるのか。児童シェルターを運営する弁護士は次のように説明する。
「子供を自分と同じ1人の人間なんだと思うことができているかどうか。それが教育的指導と虐待の違いだと思います。同じ言葉を発していてもそこが違えば、子供が受けとるメッセージも違います。つい子供を叩いてしまっても、あとから『叩かなければよかった』と思えるようなら、それは親として間違ってしまっただけ。親も子供も未熟だから、少しずつ成長していけばいい」
私は最近『追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉』という本を書いた。その過程で、壮絶な教育虐待の事例をいくつも聞いた。中には命を落としてしまったケースもある。多くの場合、教育虐待をされているそのときに自殺するのではない。受験が終わってから、もしくは大人になってから、心のバランスを崩し、自ら命を絶つケースが多いのだ。
そんな結末になることがわかっていたら、誰も子供を追いつめるようなことはしないだろう。しかしその時点では、親には教育が虐待に変わるその一線が見えていない。親は常に、その一線が見えていないことを、もしかしたらその一線をすでに越えてしまっているかもしれないことを、十分に自覚する必要がある。
(教育ジャーナリスト おおた としまさ)
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