急激にリスク高まる東京大震災
プレジデントオンライン / 2015年8月25日 10時15分
■“3.11”が引き起こした火山の活発化
ここ数年、日本各地で噴火が相次いでいる。
長野県と岐阜県の県境にある御嶽山は2014年9月27日の噴火で、死者・行方不明者合わせて63名という、戦後最悪の噴火被害をもたらした。今年の5月には鹿児島県の口永良部島の噴火により全島民に避難命令が出された。続いて6月末には、神奈川県と静岡県の県境にある箱根山の火山活動が活発化し、入山規制が実施されている。長野県と群馬県の県境にある浅間山でも、6月に小規模な噴火が観測され、警戒が強まっている。鹿児島の桜島では、60年前に観測を始めてから最も頻度の高い噴火を繰り返している。
各地で一斉に火山活動が活発化した原因は、他ならぬ11年3月11日の東日本大震災である。震災発生直後から、焼岳、乗鞍岳、草津白根山、浅間山、箱根山など、測定機器が設置されていた20ほどの活火山の地下で、マグマの挙動の変化にともなう地震が増加し始めた。
日本列島はユーラシアプレート、北米プレートという2つの「陸のプレート」上に乗っている。そのすぐ東に、太平洋プレートとフィリピン海プレートが迫り、この2つの「海のプレート」が日本列島のすぐ横で2つの陸のプレートの下に潜り込んでいる。世界中の陸地を探しても、4つものプレートがぶつかりあうような地点は他に例がない。日本列島はこれらのプレートの相互作用により、境界沿いに陸のプレートの一部が隆起して生まれた島なのだ。
この成り立ちが、世界屈指の地震・火山大国たるゆえんである。
まず、地震の側面を見てみよう。海のプレートが陸のプレートの下に潜り込むとき、陸のプレートには引きずられて歪みが生じる。歪みが一定の大きさに達すると、陸のプレートは強く跳ねて元に戻ろうとする。その動きが巨大地震を引き起こす。歪みの力を受けた地下で岩盤が割れることが、地震の最初のきっかけとなるため、これを震源と呼んでいる。岩盤が割れて地層がずれた箇所が断層であり、一度割れて弱くなっているため、新たな力を受けると次もそこから割れ始めることが多い。こうして繰り返し震源となってきた断層が「活断層」である。日本列島の面積は世界の陸地の400分の1でしかないが、世界で発生する地震の約1割が日本周辺で起きている。
次は火山の側面だ。海のプレートが潜り込むことにより、陸のプレートの下方でマントル対流の流れが変わり、深部にある高温のマントル物質が地上近くに移動する。そこに潜り込んだ海のプレートから絞り出された水が加わり、プレートの一部が少しずつ溶解してマグマとなる。
高温で液状のマグマは、周辺の岩石よりも比重が軽く、浮力によって地表に向かって上昇していく。岩石は、深部地下では高い圧力を受けるため密度が大きいが、地上近くでは圧力が低下するため密度が小さい。上昇してきたマグマは、地表から5~20キロメートルの深さで周囲の岩石と比重が等しくなり、浮力を失って停滞する。これが「マグマ溜まり」だ。
日本では現在、110の火山がいつ噴火しても不思議ではない「活火山」と認定されており、その地下には例外なくマグマ溜まりが存在する。マグマ溜まりのマグマは、何事もなければその場所から動かないが、外から揺すられると不安定化し、地表に染み出して噴火に至る。マグマ溜まりを揺らして火山活動を引き起こすのが、「巨大地震」である。
■今後20年、日本の最重要課題は南海トラフ地震
日本に限らず、東日本大震災のようなマグニチュード(M)9クラスの巨大地震が発生すると、その後、数十年にわたって周辺の火山活動が活発化するという“法則”がある。
20世紀以降、世界ではM9クラスの地震が6回発生しており、そのすべてのケースで数年以内に、震源域周辺で噴火が発生しているのだ。
04年にインドネシアのスマトラ島沖で起きた巨大地震では、4カ月後にスマトラ島のタラン山が噴火し、4万人の住民が避難を余儀なくされた。2年後の06年には隣接するジャワ島でムラピ火山が噴火を始め、10年には400人以上の人々が火砕流の犠牲となっている。
東日本大震災の震源となった宮城県沖では、これまで30数年ごとにM7クラスの地震が発生していた。その程度の地震であれば問題は生じなかったが、東日本大震災では、宮城県沖から茨城県沖まで3つの震源が連動したため、西暦869年の貞観地震以来の巨大地震となり、日本列島全体が東西に最大5.3メートルも引き伸ばされることになった。
一瞬で起きたこの歪みは、これから数十年をかけて修復されていき、その過程で新たな地震が発生したり、火山が噴火することになる。
貞観地震の2年後には、秋田県と山形県の境にある鳥海山が噴火。46年後には青森県と秋田県の境にある十和田が大噴火した。この噴火では50億トンのマグマが噴出し、過去2000年の日本の噴火の中でも最大規模と考えられている。
無論、地震も頻発した。貞観地震から9年後の878年には、現在の首都圏と重なる関東中央で相模・武蔵地震と呼ばれるM7.4の直下型地震が、さらにその9年後の887年には、静岡県沖から四国沖にまたがる3つの震源が連動したM9クラスの仁和地震が発生し、後者は大津波を引き起こしている。
地球科学の世界では、「過去は未来を解く鍵」という。9世紀後半、日本は貞観地震をきっかけに地震と噴火が多い特異的な変動期に入ったが、東日本大震災以後の日本も、9世紀同様の「大地動乱の時代」に入ったと見てよいのだ。
東日本大震災の4日後には、富士山頂近くでM6.4の地震が発生し、最大震度6強が観測されている。震源は富士山のマグマ溜まりの直上だった。過去にも1707年の宝永地震の49日後に富士山で大量のマグマが噴出して江戸の街にまで火山灰が降り、昼でも視界が暗くなるという、宝永大噴火が起きている。
幸い、これまで富士山が噴火に向かっている様子はないが、油断はできない。内閣府による04年の試算によれば、富士山が宝永大噴火クラスの噴火を起こせば、被害額は2兆5000億円にまで達するとされる。
日本が大地動乱の時代に入ったことで、火山活動以上に懸念されるのが、海域の巨大地震の発生である。
21世紀が9世紀の貞観地震の例に倣うとするなら、東日本大震災の9年後にあたる2020年に、首都圏をM7クラスの直下型地震が襲い、さらに9年後の29年に静岡県沖から宮崎県沖にかけての南海トラフの3つの震源が連動する、M9クラスの巨大地震が発生する計算になる。もちろん、地球の営みはこの年表の通りに動くわけではないが、そうした時期にあるという認識は必要だ。
日本の人口の3割が集中する首都圏は、最上部に北米プレート、その下にフィリピン海プレート、最深部に太平洋プレートと計3つのプレートが重なる世界的にも珍しい地下構造を持っている。このため東京は世界の大都市の中でも飛び抜けて巨大地震のリスクが高い。そして活断層を原因とする直下型地震の発生時期は、地震学では予知不能なのだ。
幸い、20年の東京五輪の招致成功によって首都圏、特に東京都では、様々なインフラ整備が集中的に進められている。それには競技場の建設だけでなく、首都高速の支柱の補強など公共建築物の耐震性能の向上、震災の際のライフラインの確保などが含まれ、そのまま首都直下地震への備えの強化につながっている。
南海トラフ地震は、時期の予測ができない直下型地震と異なり、発生時期が予想できる数少ない巨大地震だ。フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界にある南海トラフでは、過去約100年ごとに巨大地震が発生、300年に一度の割合で、3つの震源が連動する巨大地震となることがわかっている。
次の南海トラフ巨大地震の発生時期だが、過去の複数のデータから、2035年を中心に、前後に5年の幅を見て、2030~40年と私は予想している(拙著『京大人気講義 生き抜くための地震学』参照)。
この30年代に発生する巨大地震は、巨大津波を伴って産業の中心である太平洋ベルト地帯を直撃する。想定死者数は最大で東日本大震災の16倍となる32万人に達し、被害人口は6000万人と、日本人の半数に及ぶ。政府による最大想定被害額は、東日本大震災の20兆円の11倍にあたる220兆円。この南海トラフ巨大地震への対策こそ、今後20年間の日本における最重要かつ喫緊の課題といえよう。
(京都大学大学院 人間・環境学研究科教授 鎌田 浩毅 構成=久保田正志 図版作成=大橋昭一)
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