エボラ、SARS、マダニ……感染パニックが起きる日
プレジデントオンライン / 2015年10月21日 11時15分
■殺人マダニウイルスを知っているか?
西アフリカを中心に多数の死者を出したエボラ出血熱。幸い、現時点で日本国内において感染者は発見されていないが、そこで「感染症は対岸の火事。日本には影響ない」と考えるのは早計だ。日本には日本発の感染症があり、死者も出ている。
2013年、西日本を中心にSFTS(重症熱性血小板減少症候群)ウイルスの感染例が相次いだ。このウイルスはもともと日本国内に存在していた。媒介するのはマダニだ。発症するとエボラ出血熱に似た症状を引き起こして死に至るケースもあり、「殺人マダニウイルス」として騒がれた。14年11月時点で、31人の方が死亡。すでに死者が出ているという点では、日本人にとってエボラ出血熱よりずっと身近で危ない。感染症は、現在進行形で我々の生命を脅かしている。
これまで日本は、どのようにして感染症と闘ってきたのか。歴史を簡単に振り返ってみよう。明治時代、日本で大流行したのがコレラだ。コレラは過去に何度かパンデミック(世界的流行)を起こしているが、そのパンデミックと開国が重なった。明治期には東京でも感染が拡大。10万人以上の人が亡くなった年もある。
明治、大正はペストも深刻だった。ペストはノミで感染する。菌が全身に広がって敗血症を起こすと黒ずんできて死に至ることから、黒死病ともいわれた。コレラやペストは海外から運ばれてくるため、日本は検疫に力を入れる。いま日本は厳重すぎるほど検疫をやる国として知られているが、原型はこの時期に出来上がったのだろう。
日本では、ペストは1930年代を最後に発生しなくなり、コレラや細菌性赤痢などの下痢症は60年代に患者数が大きく減った。背景にあるのは、抗生物質の開発と、公衆衛生の改善だ。とくに大きいのは水道の整備。東京オリンピックを機に上下水道が整備され、水で媒介される古典的な感染症は姿を消した。
■巨大な被害を生む新興感染症が台頭
一方、60年代以降、世界は新興感染症の脅威にさらされるようになる。新興感染症としてまず思い浮かぶのは、冒頭にも紹介したエボラ出血熱だ。エボラ出血熱は、76年に当時のスーダンとザイールで初めて発見された。発症すると39度を超える高熱が出て、嘔吐や下痢をする。空気感染はしないが、体液や血液から感染するため、衛生状態の悪い地域で感染が拡大する。最初の流行以降、数年おきに流行が起きていたが、今回ほど感染が拡大したのは初めてだ。
いまも感染者が増え続けているという意味では、エイズも脅威だ。エイズ患者が初めて確認されたのは81年。日本でも85年にエイズ患者が確認された。当初はエイズに対する恐怖と誤解からパニックが起き、感染者が差別的な扱いを受けた。現在は治療薬が進歩して、早期に発見して治療すれば死ぬ病気ではなくなった。しかし、日本でも感染者は増えていて、毎年約1500人の新規感染者が生まれている。
社会的なインパクトという点では、775人の死者を出した03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)も忘れてはいけない。発生は中国の広東省。当初は中国政府が公表しなかったため、国際的な対応が遅れ、遠く離れたカナダやシンガポールでも多数の感染者が出た。WHOが渡航制限を勧告したのは、このときが初めてだ。
■ウイルスと人間との接触が頻繁になった
コレラやペストは克服できたのに、どうして新興感染症が次々に誕生して人類を苦しめるのか。
新しい感染症が続々と出てくるのは、人類が野生動物の領域に踏み込んでいったからだ。新興感染症はウイルス性のものがほとんどだが、病原体となるウイルスの多くはもともと野生動物を宿主として昔からあった。たとえばエボラウイルスやSARSコロナウイルスはコウモリ、HIVウイルスはチンパンジーが疑われている。かつては野生動物が危険なウイルスを持っていても、人間社会との接触がなかったので問題はなかった。だが人口が増えるとともに接触が起きるようになり、そこで感染が起きて人類の脅威となった。
じつはSFTSウイルスもそうだ。日本でも山間部や周辺部の開発が進み、シカが人里に下りてくるようになった。このシカは地域によっては、SFTSウイルスに対する抗体を高率で持っていて、マダニとの間で感染のサイクルを形成していないか疑われている。
地球温暖化の影響もある。14年、日本でも70年ぶりに国内感染が確認されたデング熱は、ヤブカがウイルスを媒介する。気温が上がると繁殖効率がよくなり、生息域が広がる。そのため中南米やアジアの都市で感染者が増えた。
航空機の発達で、国際間の移動が活発になったことも無視できない。各地で人に感染するようになったウイルスが、飛行機に乗って世界中に運ばれる。これがパンデミックが起きる構図だ。
診療面も、昔と事情が違う。コレラやペストは細菌性の感染症で、抗生物質による治療が有効だ。ところが新興感染症の多くはウイルス性で、抗生物質が効かない。さらに、エイズのように先進国で感染者が増えている病気は薬の開発が進むものの、途上国に患者が集中する感染症はネグレクトされて、お金が流れていかない。
今後も人間社会が膨張を続けるかぎり、新しい感染症は誕生し続ける。まだ見ぬウイルスの中に、致死率が高く、感染性が強いものが潜んでいる可能性もある。人類と感染症の闘いは、これからが本番なのかもしれない。
■世界で大流行した主な感染症
【1869年】アメリカ海軍船内から感染してコレラが日本で流行。
【1918年】スペイン風邪が世界的に流行。日本でも39万人が死亡。
【1943年】戦時中、結核がピークに。この年、日本で約17万人が死亡。
【1968年】香港風邪が世界的に流行。日本の死者は2200人以上。
【1976年】エボラ出血熱が初流行。スーダンとザイールで死者。→2014年に最大規模の大流行
【1981年】アメリカでエイズの症例を発見。以後10年で感染者100万人に。
【2003年】中国を中心にSARSが流行。
【2009年】メキシコ、アメリカから新型インフルエンザが世界的流行。
【2013年】「殺人マダニウイルス」でSFTSに感染、国内で死者。→致死率30%!
【2013年】日本で約70年ぶりにデング熱の国内感染を確認。
※編集部作成
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加藤康幸(かとう・やすゆき)
1969年生まれ。米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院修士課程修了。都立病院勤務などを経て現職。日本で数少ない「1類感染症」(最も危険性が高い感染症)の専門家。
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(医師、国立国際医療研究センター国際感染症対策室医長 加藤 康幸 構成=村上 敬 撮影=大沢尚芳)
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