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高収入TVマンが“社会的弱者”のヤクザに100日密着「それマシンガンですか?」

プレジデントオンライン / 2016年1月10日 10時15分

『ヤクザと憲法』のワンシーンから(以下同)。取材する側とされる側の緊張感が伝わってくる。2016年1月2日よりポレポレ東中野にてロードショー中。ほか全国順次公開予定。(C)東海テレビ放送 ▼作品公式サイト http://www.893-kenpou.com/

■ナイロンバッグを指して「それマシンガンですか?」

「謝礼金は一切支払わない」
「モザイクはかけない」
「撮影素材を事前に見せない」

会長(組長)は、この3つの提示条件を受け入れた。もちろん、組の「言い分」には耳を傾けるが、その主張を作品内に残すかどうかはわからない。決定権は自分たちにある。会長は、それについても何の異存なく了解した――。

ドキュメント映画『ヤクザと憲法』がポレポレ東中野で公開されている。

約100日間。東海テレビ報道部の土方(ひじかた)宏史さん(監督)を中心とした取材クルーが大阪のある指定暴力団に密着した。ちょうど1年前のことだ。

昨年3月、東海地域の視聴者向けに放送されたこの作品が、今回、東京を皮切りに全国の映画館で順次公開される予定だという。

土方さんは今年40歳になるテレビマンだ。細身で肌が白いイケメン。歌舞伎の女形が似合うような優しい表情が印象的だ。上智大学の英文学科を卒業後、情報番組などの制作担当を経て報道部に配属された。

警察記者を2年務めたものの、犯罪事件を扱う記者に漂う疲労感や擦れた感じとは無縁な、軽やかな雰囲気の土方さんは、この作品でそのキャラクターをいかんなく発揮。組員たちの日々の活動、自宅内部、生い立ち、ヤクザの歴史などを丹念に追っていく。

眼光鋭い男だらけの濃密な組の人間関係は、いわば疑似家族といったところ。その中に明らかな〝異分子〟がのこのこ入っていくわけだから、当然ハプニングは起こる。

例えば、組事務所の片隅に横たわっていた怪しげな緑色の細長いナイロンバッグ。

「マシンガンですか?」と質問する土方さんに、元料理人の組員(推定50代)は慌てて言う。

「そんなわけないじゃないですか」

こうした潜入取材では、取材者はついあれこれ「素朴な質問」を浴びせたくなる。だが、今回は相手が相手だ。最初は丁寧な対応でも、何かが地雷となって凄まれるかわからない。だから、腰の引けたスタンスになるかと思いきや、さにあらず。

■「拳銃はないんですか?」「覚せい剤ですか?」

土方さんは、“完全アウェー”のピーンと張りつめた空気の組事務所内で平然と質問を繰り出していく。

「拳銃はないんですか?」
「置いとけないじゃないですか」
「置いとけないんですか?」
「日本の法律で決まっているじゃないですか。銃刀法」
「いざっていうときはどうするんですか? 他の組が攻めてきたり……」

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『ヤクザと憲法』(C)東海テレビ放送

自身は「本当はビビりなんですけど」と笑うが、相当な怖いもの知らずか、天然か。「何、撮っとんねん」とどやされたこともあったそうだが、100日間ひたすらカメラを回し続けた。

夜、組員の車に同乗し、ある家の玄関先でその家の主らしき人物に何かをやりとりする様子も車内から撮影。車に戻った組員に「何をしていたんですか?」「覚せい剤ですか?」と後部座席から遠慮会釈なく質問する。組員は運転席で一瞬ぎくっとした表情になり「想像にお任せします」と。土方さん、攻めに攻めるのである。

さらなる取材クルーの勇姿や、組員の逮捕、組事務所内の家宅捜索といった緊迫した瞬間の連続は映画を見ていただくこととして、読者の一番の疑問は、なぜ、本物のヤクザが「顔出し」での長期取材・撮影をOKしたか、ということではないか。

ある組員がカメラに向かって言った言葉がある。

「これな、わしら人権ないんとちゃう?」

会長自身も、ヤクザとその家族に人権侵害が起きている、と語る。彼らの言い分はこうだ。

暴力団対策法、暴力団排除条例があることで、私たち組員は銀行口座がつくれず子どもの給食費は引き落とせない。引き落とせないならば、と給食費を子どもに持たせれば、「親がヤクザだ」とバレる。ヤクザであることを隠して口座をつくると、詐欺で逮捕される(編集部注:詐欺罪を適用することに法曹関係者から異論も出ている)。

また、自動車保険の交渉がこじれると詐欺や恐喝で逮捕されることもある。弁護士に依頼しようとしても、ほとんどは「ヤクザお断り」だ。

■ヤクザは人権侵害されてもいいのか?

なるほど、これが「顔出し」のリスクを負ってまで主張したかったことなのだろう。

日本国憲法第14条はこう定めている。

<すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会関係において、差別されない>

確かに彼らが差別され、人権侵害されていると認定される可能性は高い。しかし、だからといって、私たち一般市民は彼らに同情するわけではないだろう。コワいし、関わり合いになりたくないタイプの人たちだからだ。

「銀行口座をつくれないのは、自業自得」。仮にそんな気持ちがわきあがってもおかしくないかもしれない。

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『ヤクザと憲法』(C)東海テレビ放送

作品のプロデューサー・阿武野勝彦さん(東海テレビ報道局)は「企画段階において報道局内で議論があった」という。一部に出た反対意見は次のような主旨だ。

「(法の下の平等などの)憲法や法律は、クリーンな人(一般人)が守られるためのもので、“真っ黒”な人に適用される必要があるのか。彼らを“表”の人として扱うこと自体、テレビ局としてはOB、アウト・オブ・バーンズだろう」

それでも、「反社会的勢力だとしても同じ人間。彼らが今、置かれた立場・状況を知らせるのは報道機関の務め」という阿武野さんや土方さんらの主張が通った。放送後、視聴者から電話やメールが殺到したが、「ヤクザを扱うなどけしからん」といった否定的意見は1割のみで、残り9割は「ヤクザの人権を考えさせられた」「続編をつくってほしい」と好意的なものだったという。

ヤクザのすべてを受け入れるということではないにせよ、好意的な評価が多かったのはどういうことなのか。

■ヤクザよりコワい「日本社会の闇」

その答えは、おそらく映画の中にある。

もしかしたら、大阪の指定暴力団組員の「100%リアル」を知ることで、結果的に、ヤクザよりコワい日本社会の「闇」を感じたのではないか。

密着した土方さんは言う。

「僕たちが所属する一般の企業は、今、コンプライアンス(社内の内規や社則など)を遵守することを社員に強く求めています。(パワー)ハラスメントなどをしない、といったルールを、もし守らなければ、社会的に抹殺されてしまうのではないか、というおそれを多くの人(ビジネスパーソン)は抱いているのではないでしょうか」

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『ヤクザと憲法』(C)東海テレビ放送

仕事そのものへの取り組み方やパフォーマンスだけではない。部下・上司に対する接し方にも神経を配らねばならない。それらにしくじれば、肩書きを失い、給料を減らされることも珍しくない。下手すれば、リストラで会社から放り出されてしまう。職を探そうにも、年齢が高ければ、そううまくはいかない。

社員の平均年収が1300万円近いといわれる東海テレビでも、何か不祥事を起こせば、あっという間に転落するリスクはある。

社会的ステータスの高い会社に属する土方さんはこう続ける。

「取材してわかったのですが、彼らの世界には“許す”文化があります。例えば『破門』と聞くと事実上のクビ宣告のように聞こえますが、実際は、一定の時間が経過し、ほとぼりがさめるとまた組への出入りが許されることがあります(『絶縁』は永久追放)。彼らの不文律である厳しい上下関係は、いわばブラック企業的な社風といっていいかもしれません。上の人間に歯向かえば、罰を受けます。指を切り落とすこともあります。でも、(反省の様子が見られるなら)大目に見るという、彼ら流の敗者復活の道が残されているのです」

一般社会で失われつつある、ご近所付き合いや互助の精神。一方、彼らには共に社会の底辺に生きているという“連帯感”があり、そうした文化を残しているから、よほどでなければ社会的に抹殺されることはないのだ。

だから、組員たちはカメラの前で「ここを追い出されたら、行くところがない」と本音を語る。辞める選択肢は、彼らにはないのだ。

「調べてみると、ヤクザを辞めても3~5年は正業に就けないのが実情。更生プログラムが乏しく、一般の社会的弱者と呼ばれる人よりもサポートが手薄いようです」(前出・阿武野さん)

結局のところ、「組」はセーフティネットにもなっているということだろうが、そこには人権侵害というデメリットもあるし、何かあれば警察に乗り込まれるリスクもある。その事実を組員一人ひとりがどう考えるかなのだろう。

■「(困った時)助けてくれる人いる?」とヤクザは問う

作品に、元ペンキ職人の組員が登場する。

まじめに働いていたが、お金を持ち逃げされ途方に暮れた。そこへ現在の「親分」が現れ、救ってくれた。その恩義で今、忠誠を尽くしているというのだ。

いわば成り行きでヤクザの世界に入ったこの元ペンキ職人は、土方さんに問いかける。

「(本当に困った時に、世の中に)助けてくれる人っています?」

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『ヤクザと憲法』(C)東海テレビ放送

前出・阿武野さんは語る。

「助けてくれる人が身近にいるか? との問いかけに、すぐ『いる』と心の中で答えられる人はきっとヤクザにはならないでしょう。でも『いない』『わからない』と思った人はヤクザになる可能性もあるのではないでしょうか」

社会の異物であるヤクザを徹底排除せよ。

映画を見る前は、その考えは絶対正義に見えた。違法行為や迷惑行為に泣かされる人は少なくない。ただし、映画を見ると不思議と、不慮の出来事や、何らかの原因でドロップアウトしヤクザになった人々の人権を奪ってまで排除することは正しいのかどうかわからなくなる。

私たちはカタギの世界の住人だが、そこは不安定な雇用形態と収入、希薄な人間関係……。現代人が「向こう側」へ転げ落ちる可能性は決して小さくないと感じたのだ。

(フリーランス編集者/ライター 大塚 常好 映画『ヤクザと憲法』=写真)

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