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シンガポールが日系企業にラブコールを送る理由

プレジデントオンライン / 2016年2月15日 10時15分

GDPの2割は製造業――(上)日本の電子部品メーカーが設けた工場(シンガポール経済開発庁=写真提供)。(下)シンガポール南西地区にあるジュロン工業団地の居住区画(時事通信フォト=写真)。

■現地工場で指導者が務まる熟練技術者

「日本の企業、特に世界的なシェアを持つBtoBのメーカーに来ていただきたい」――シンガポール経済開発庁副次官・リム・スウィニェン氏のリクエストは直截的だ。

「1965年に英国から独立して以降、シンガポールには旧松下電器産業(現パナソニック)、住友化学など数々の日系大手が工場を構えました。しかし今、我々の強みを最も生かせるのは、優れた技術を持ち、世界のマーケットで高いシェアを保っている中堅企業です。海外進出の選択肢の一つとしてお考えいただいていいのでは」

アジアの金融センターであり、富裕層の住む世界的な観光地。工業団地が立ち並ぶ光景はいま一つイメージしにくいが、シンガポールという選択肢のメリットとデメリットを検証してみたい。

シンガポール経済の先行きについて、三菱UFJモルガン・スタンレー証券・李智雄シニアエコノミストは慎重だ。ネックは、他ならぬ中国経済である。

「そもそもシンガポールは輸出依存度が高いが、依存度トップは実体経済の減速が懸念される中国。マレーシア・香港など他の輸出先も、中国への依存度が高い」

実体経済以上に、中国の購買力の減速が気がかりだ。一国の購買力は為替レートが大きく左右する。

「元安の進行で、アジア経済全般は中国向け輸出もインバウンドも伸びず厳しい状態。他国よりはしっかりしているシンガポールも、新たな成長エンジンを見つけねばならない状態といえます」(李氏)

その新たな成長エンジンを担う一翼として、日本の中堅企業に注目している、というわけだ。

シンガポールのGDPの約2割を占める製造業を概観してみよう。

「昔は他のアジア諸国と同様、ソニーやアップル、モトローラの製品を大量生産していました。しかし、BtoC製品の価格競争が激しくなった今は、工業部品や工作機械、生産設備の組み立て等々、工程が複雑で付加価値の高い製品を多く手掛けています」(リム氏)

仏ロールスロイスが現地で航空機エンジンを製造するほか、工作機械のヤマザキマザックなども工場を構えている。

「生産ラインを1日に2、3回変えて別タイプの製品をつくるなど、複雑な工程を手掛けることのできる技術者が豊富です」(同)

 

技術者の多くは30代後半から40代。中国・インド・マレーシアなどの母国語プラス英語が堪能で、工場の指導者になれるだけの経験と技術を積んでいるという。

「彼らは20代の頃に日本をはじめ海外企業の本国で研修を受講。その後も本国で学んでおり、シンガポール以外の国や地域に工場を設ける際、現地で指導者を務められるだけの経験を積んでいます」(リム氏)

たとえば、自転車部品で世界的なシェアを誇るシマノは、73年からシンガポールに拠点を置く。2001年のチェコ新工場の設立はシマノシンガポールが主導、初代工場長にシンガポール人を選んでいる。米フィリップスが北京で設立したカラーテレビの工場は、華僑を中心としたシンガポールのエンジニアが立ち上げたという。

シンガポールの技術者の強みは、ものづくりにおける日本人独特のやり方を知っている、理解できることだとリム氏は言う。

「欧米人は、勤務時間内は一生懸命仕事をするが、時間外は絶対に仕事をしない。日本人は勤務時間中も時間外も仕事をする。シンガポール人はその中間で、両方の考え方を理解し、適応できるのです」

現地の技術者が日本人とより近い意識を持つことは、スムーズにコミュニケーションを取れるという安心感に繋がりそうだ。

同様に、今や企業の死活を握る知的財産の保護については、法整備に加え、実際に製品を手掛ける従業員の意識が極めて重要である。

「最先端の技術を使った製品を安心してつくれるよう、法整備をはじめ欧米式のやり方でノウハウが外に漏れないよう工夫しています。我々シンガポール人の国民性は、起業家よりもどちらかといえばサラリーマン。常にルールに従う、守るという意識が強い」(リム氏)

図面を勝手にコピーしたり、それを基に親族で同じものをつくったりするメンタリティとは縁遠いようだ。実際、米ファイザー、英GSKといった製薬大手が、“知財の塊”のような医薬品の工場をシンガポールに設けているという。

■知る人ぞ知る税制面の多大なメリット

ただ、それだけの技量を誇る技術者の人件費はどうなのか。現地で幾つかの案件を手掛ける経営コンサルタントの平塚俊樹氏は、「国土が東京23区並みと狭く、人件費と地代は正直、日本より高いですね」という。リム氏もそこは認めたうえで、安価なBtoC製品を大量生産する方式が最早立ち行かないことを強調する。

「給与は決して安くはありませんが、それに見合った生産性と付加価値がつけられます。単なるコストダウン目当てではなく、新たなアイデアやビジネスモデルの構築といった価値を生むための環境を、我々は提供できると考えています」

シンガポールでビジネス展開するうえで知る人ぞ知るメリットは、ズバリ税制面である。16年度に法人税の実効税率を29.97%に下げる日本と単純比較するとシンガポールのそれは低率だ。

「法人実効税率は17%。国内にどんな機能を持ち込むかにもよりますが、個別対応で15%、10%、5%に下げることが可能です」

シンガポール在住の弁護士によれば、原則としてキャピタルゲイン課税がないシンガポールに地域統括会社を設けることで、税制上の恩恵が受けられる可能性がある。たとえば、シンガポールと租税条約を結んでいるベトナムにシンガポールの統括会社を通して孫会社の法人を持つ場合、同法人からの配当には、シンガポールにおいては課税はなされない。

無論、資金面に関しては、シンガポールは外国為替取扱高で日本・香港を抑えてアジア首位、世界3位を誇る金融センターである。

「USドルやユーロ・円はもちろん、東南アジアの通貨をことごとく扱っており、14年以降は人民元の決済規模が香港に次ぐ世界2位。100以上の外資系金融機関が東南アジア本部をシンガポールに設けているので、個々のお客様に適した金融商品が提供できるし、資金運用も選択肢が広い」(リム氏)

英国の植民地時代以来の、アジア貿易の拠点という地の利は揺るがない。経済成長率5~6%を維持する東南アジア市場に位置し、北に中国、西にインド、南に豪州、ニュージーランドが控える。

「東から西、西から東へ向かう航路のちょうど中間地点で、オイルタンカーの航路であるマラッカ海峡も間近。現在、コンテナの取扱高は香港に次ぐ世界2位です。日本郵船、佐川急便、ヤマト運輸も拠点を置いています」(同)

経済成長がひと段落し、岐路に立つシンガポールだが、事業環境はかくの如し。平塚氏は「『コストが高くてもしっかりやりたい』という前向きな気持ちがあるメーカーならOK」とキッパリ。「我々をうまく使って、新しいビジネス展開を」(リム氏)という熱いラブコールに応えれば、新たな成長の道をともに歩めそうだ。

(プレジデント編集部 シンガポール経済開発庁=写真提供、時事通信フォト=写真)

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