動かない。働かない。すぐ帰る。それでも頼りにされる秘密【前編】
プレジデントオンライン / 2016年3月22日 8時45分
入社3年間の評価が20年後にも影響する──。組織行動学には、そんな調査結果がある。しかし諦めるのは早い。逆転の方策はある。
■「成果主義」が生んだ、おべっか社員の台頭
日本の会社組織における「評価」の歴史を振り返ったとき、最も大きな変化は、2000年前後に注目を集めた「成果主義」への対応です。
それまで個人への評価は「年功・能力主義」が主流でした。ベースにあるのは能力に応じて部長や課長などの職務を与える「職能資格制度」。この場合、能力への評価は基準が抽象的で、結局は在職年数という「年功」が重視されがちでした。
そこで注目を集めたのが「成果主義」です。セットになるのは「目標管理制度」。つまり従業員一人ひとりに具体的な目標を設定させ、その達成度で評価する仕組みです。
2000年前後、年功序列型の賃金制度への批判を追い風にして、日本の会社組織には成果主義が一斉に拡がりました。ところが、導入からしばらくすると、「成果主義は失敗だった」との声も目立つようになりました。その批判のひとつが、「評価が偏っている」というものです。今回のテーマである「なぜか評価の高い人」という存在も、不平等な評価をめぐる不満といえるでしょう。
なぜこうした問題が起きるのか。私の専門である組織行動学でのある研究結果をご紹介しましょう。
名古屋大学名誉教授の故・若林満氏は、大手百貨店の新入社員を対象に、23年間にもわたる追跡調査を行いました。その結果、(1)入社後3年間の上司との信頼関係(2)入社後3年間の職務実績(上司・同僚などからの多面評価結果)が、長期的なキャリアの成功に強い影響を与えることがわかりました。
すなわち、入社後3年間の2つの要因が、入社13年後の「昇進スピード」「職務成果(パフォーマンス)」「給与水準(給与・ボーナスの支給額)」に、さらに入社23年後においても「昇進スピード」に対して、強い影響を与えていたのです。
組織行動学では「上司との信頼関係」を「上司-部下間交換関係(LMX/Leader-Member Exchange)」と呼びます。上司は部下に、ある水準の成果を期待する。部下はそれに応えたり、応えられなかったり、期待以上の成果を出したりする。こうしたやり取りは、上司と部下の心理的な交換関係といえます。若林氏の調査によれば、組織内で長期的なキャリアの成功をつかむためには、「LMX」の構築が欠かせません。入社3年目というキャリアの初期の段階において、上司の期待を超える水準で仕事をこなし、確実に社内評価を固めておくことで、その後の出世ルートに乗りやすくなるわけです。
■「仕事ができる人」とは「できるように見える人」
それでは「仕事ができる」とは、どういうことなのでしょうか。「できる」という言葉は評価を含んでいるわけです。評価には自己評価と他者評価がありますが、この他者評価を本人がどれだけコントロールできるか、つまり極端に言えば「本当に仕事ができるかどうか」に加え、「できるように見えているかどうか」を自己管理することが重要です。
どうすれば周囲の人に認めてもらえるか、印象がよくなるか。心理学には「印象管理」という考え方があります。「仕事ができる人」は、印象管理がうまい人だと言い換えることもできます。自分自身では成果を出していると考えていても、その仕事を評価するのは上司なり他者の目によるわけです。上司の印象が悪ければ、「できるように見られる」というのは難しいはずです。
ただし印象管理にもさまざまな種類があり、効果的でないものもあります。興味深いことに、私たちが実施した共同調査では、上司に媚びたり、お世辞を言ったりする人は、評価が低くなることがわかっています。
組織行動学では、上司に媚びたり、へりくだったりする行動を「迎合行動」と呼んでいます。我々の研究チームが2007年の産業・組織心理学会で発表した研究報告では、迎合行動をとる人は、翌年の人事考課が下がる傾向がみられました。上司にはお見通しなのです。
人はなぜ迎合行動をとるのでしょうか。仕事に対するモチベーション(達成動機)は2つに分類できます。ひとつは他者をしのぎ、他者に勝つことで社会から評価されることをめざす「競争的達成動機」。もうひとつは、他者との競争にはとらわれず、自分なりの達成基準への到達をめざす「自己充実的達成動機」です。
このうち「競争的達成動機」をもつ人は、迎合行動をとりやすく、結果として評価でも損をしています。仕事の意味を十分に理解し、自分なりのやりがいをみつけられている人ほど、評価も高くなりやすいのです。
働きかけの方法は、迎合行動だけではありません。組織行動学では、部下からの上司への働きかけを「上方向への影響戦略」と呼び、その種類を「合理性(理由や根拠を説明する)」「迎合性(へりくだる、機嫌をとる)」「主張性(はっきりと要求する)」「権威性(より地位の高い人の支持を得る)」などに分類しています。既存の研究によれば、このうち上司に最も影響力をもつのは合理性の影響戦略。一方、権威性や主張性はあまり影響力をもたず反発や抵抗を招くことがわかっています。
つまり上司は、部下から理由や根拠を説明されることを期待しており、それに応えてくれる部下ほど、いい印象をもつのです。反対に、自分の考えばかりを主張したり、周囲に媚びてばかりの部下は、信頼されません。当たり前のように思われるかもしれませんが、やはり上司は部下をよくみているのです。
■箱根駅伝の優勝監督が「感情表現」をみる理由
箱根駅伝で、総合優勝を果たした青山学院大学の原晋監督は、学生への評価をめぐって興味深い考え方をおもちのようです。テレビ番組のインタビューで、選手をスカウトするポイントを2つあげ、ひとつは跳躍力や持久力などの身体能力、もうひとつは感情表現やコミュニケーションスキルの豊かさをみると話していました。
たとえば、いくら身体能力が高くても、監督の指示に「はい」という返答しかできない選手は、ポテンシャルが低い。一方で、感情表現が豊かで、人間関係をつくるのがうまい選手は、現時点の走力は高くなくても伸びしろがある。そう判断するそうです。原監督はかつて中国電力の営業マンとしてビジネス経験が豊富だそうです。選手の見分け方にも、その経験がいきています。
会社組織においても、上司に評価され、実際に大きな仕事をやり遂げる社員とは、業務遂行能力だけでなく上司や周囲への配慮ができる人です。与えられた指示に対して「はい」としか言わない部下に、上司は「本当にわかっているのか」と疑念を抱きます。与えられた指示を単にこなすだけでなく、具体的な対処法や根拠を示す。そうしたロジカルな対応が、「こいつには任せられる」という評価につながるのです。
もし「自分は評価されていない」と感じるのであれば、これまでの「上方向への影響戦略」が間違っていたかもしれません。より地位の高い人を使って、上司をやり込めてしまったことはないでしょうか。自分の主張ばかりを押し付けてはいないでしょうか。長期的なキャリア形成においては、初期の評価がとても重要です。戦略を見直すのであれば、できるだけ早いほうがいいでしょう。
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2003年名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程修了(博士〈学術〉)。その後、独立行政法人・日本学術振興会特別研究員(SPD)、東京理科大学経営学部准教授、青山学院大学大学院経営学研究科(戦略経営・知的財産権プログラム)准教授等を経て、2012年より現職。専門は組織行動学・人材マネジメント論。
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(早稲田大学ビジネススクール准教授 竹内 規彦 構成=稲田豊史 撮影=小倉和徳)
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