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パナマ文書「世界で加速する税金分捕り合戦」

プレジデントオンライン / 2016年5月14日 14時15分

パナマ文書問題で窮地に陥るキャメロン英首相。(写真=時事通信フォト)

去る4月3日にICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が「パナマ文書」を公表し、各国の政治家やその親族の汚職疑惑が注目を集めている。今後、調査や捜査が進展すれば、スキームが複雑な企業による脱税や、道徳的に疑問視されるグレーゾーンの節税も明らかになっていくだろう。

すでに米国ニューヨーク州の金融規制当局であるDFS(金融サービス局)が、ドイツ銀行、クレディ・スイス、ABNアムロなど13の銀行に、パナマ文書の流出元である法律事務所モサック・フォンセカとの接触に関する情報を引き渡すよう要求している。また、フランスでは脱税やマネーロンダリングに関与した疑いで、ソシエテ・ジェネラル銀行が家宅捜索を受け、スイス、アルゼンチン、イギリス、オランダ、ドイツなど10以上の国々で捜査や調査が始まった。

これらは表向きは「正義のため」だが、真の狙いは税収増だ。今、欧米では税金の「分捕り合戦」が起きているのだ。各国とも新たな法令や徴税体制をつくり、「タックスヘイブン(租税回避地)」を利用した脱税や節税を根絶やしにする構えだ。

■泣く子も黙るIRS、違反者に莫大な罰金

この分野で先頭を走るのが米国だ。2010年に「FATCA(ファトカ/Foreign Account Tax Compliance Act=外国口座税務コンプライアンス法)」を制定し、世界のすべての金融機関に対し、米国居住者・米国籍保有者・永住権保有者の口座情報をすべて提供するよう義務付けた。従わなければ米国で発生した所得や資産の売却代金に3割の源泉税を課し、場合によっては営業停止処分や莫大な罰金も科す。

実行部隊は「泣く子も黙る」IRS(米内国歳入庁)である。米市民の脱税やマネーロンダリングに加担したとして、09年にはUBSに7億8000万ドル、12年にはHSBCに19億ドル、14年にはクレディ・スイスに28億1500万ドル(約3097億円)、15年にはコメルツ銀行に14億5000万ドルという巨額の罰金を科した。

私の住むイギリスでは、タックスヘイブンで預金をするのはごく一般的なことだった。しかし、10年ほど前から源泉徴収が始まり、その率も徐々に上がり、今では税金上のメリットは完全に失われている。それどころか、タックスヘイブンに預金を持っているだけでHMRC(英歳入関税庁)から目をつけられ、税務調査に入られる。政府は、過去の申告漏れを期限までに自己申告すればペナルティが軽くなる制度も設け、申告を促している。

14年には米国にならって「UK FATCA」という新制度も導入された。これは「CDOT(シードット/Crown Dependencies and Overseas Territories=王室属領・海外領土)」と呼ばれるジャージー、英領バージン諸島、ケイマン諸島、バミューダなど10のタックスヘイブンの金融機関に対し、残高を含む英国居住者の口座情報の提供を義務付けたものだ。

摘発の実績も着々と上がっている。スイスの軽減税率を利用し、かつコーヒー豆を市場価格より高く仕入れたり、グループ会社への金利やロイヤルティの支払いで利益を圧縮したりしていたスターバックス英国法人に対し、13、14年の2年間、所得にかかわらず毎年1000万ポンドの税金を払わせた(同社は不買運動に直面し、欧州の本社機能を英国に移し、節税策をやめた)。去る1月には、イギリス国内で170億ポンドも稼ぎながら、バミューダ諸島などに利益を移して5200万ポンドしか納税していなかった米グーグルに対し、1億3000万ポンド(約207億円)を追加課税した。

欧州諸国は、OECD(経済協力開発機構)がつくったCRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)によってタックスヘイブンへの監視を強化している。これは、加盟各国が自国の金融機関にある他の加盟国の居住者の口座情報(氏名、住所、納税者番号、残高、利子・配当の年間受取額等)を提供するシステムだ。加盟しているのは、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインをはじめとするEU諸国の大半、ノルウェー、リヒテンシュタイン、マルタ、サンマリノなど欧州各国が中心で、英国のCDOT(すべてタックスヘイブン)、韓国、コロンビア、南アフリカなども加わっている。

欧州でも、タックスヘイブンを利用した企業の税金逃れが多数指摘されている。イタリア政府はアップルがアイルランドに利益を移して不当に法人税を逃れたとして、3億1800万ユーロ(約398億円)の追加課税をした。また15年には、アマゾンが税率の低いルクセンブルクの子会社にウェブサイト運営のための知的財産権を移し、同社の世界全体の売り上げの5分の1を占めるEUでの売り上げを集めていた問題で、EUの執行機関である欧州委員会が「ルクセンブルクの税優遇措置は合法性に疑義がある」と判断した。

■ダッチ・サンドイッチのカラクリとは

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グーグルのダッチ・サンドイッチの仕組み

先進国企業の税金逃れは、発展途上国の独裁者がやるような犯罪的な脱税と違い、法律的には合法だが道徳的に疑問符が付く「グレーゾーン」のものが多い。有名なのは「ダッチ・サンドイッチ」という、オランダを2国で挟むスキームだ。前述のグーグルは、全世界の広告収入をアイルランドの子会社に集め、それを一旦オランダのペーパーカンパニーに移し、次にタックスヘイブンであるバミューダに移していた。アイルランドの法人税は管理地支配主義なので、同国の子会社の管理・運営をバミューダ法人にやらせれば無税扱いにすることができる。さらに、租税条約で源泉税が免除になっているオランダに一旦送金してからバミューダに送金することで、送金時の源泉税も回避できるのである。

■法人税ゼロのトヨタ、出遅れる日本

日本企業も、グーグルやアマゾンのような「アグレッシブ・アカウンティング」ではないにしろ、こうしたタックスヘイブンがらみの節税スキームを使っている。特に、経営の柱の1つが事業投資で、連結子会社だけで各社数百~数千もの子会社(事業投資先)を抱える総合商社では日常的である。また、オリンパスは、ケイマン諸島を使って粉飾決算を行っていた。

しかし、日本でタックスヘイブンがらみの企業の脱税が摘発された話はあまり聞かない。ましてやグーグルやアマゾンのような外国の大手企業のケースはなおさらだ。せいぜい、海外に資産を隠して相続税を免れていた個人の話を聞く程度である。これは、日本企業の税法遵守意識が高いこともあるだろうが、国税庁の戦略やノウハウ不足、外国からの捜査協力がなかなか得られないことも原因である。

リーマンショックやその後の欧州ソブリン危機で巨額の財政赤字を抱えた欧米各国は、徴税に血眼になっている。彼らにとって、パナマ文書は降ってわいたような好材料で、徹底的に利用するのは間違いない。

法人税は限られたパイの分捕り合いだ。トヨタ自動車は08年度から12年度までの5年間、海外で税金を払っていたが、国内では法人税を1円も払っていなかった。これなど外国にパイを取られた好例である。しかし、パナマ文書に関して、国税庁が調査に乗り出したという話もない。

いっぽう、イタリアは、税収増を狙って、グーグルのようにインターネット広告ビジネスを行っている多国籍企業がイタリアで広告を出す場合は、同国企業を通じた取引を義務付ける法律を13年に制定した。イギリスは、企業がタックスヘイブンを利用して逃れた利益に25%の税金を課す制度を15年に導入し、オーストラリアも類似の制度を今年から導入している。これらはいずれも「グーグル税」の通称で呼ばれる。

各国の課税強化で国際的な課税環境は大きく変わってきている。スイスやリヒテンシュタインなど、かつては非協力的だった国々も、捜査に協力的になってきた。18年からは日本もCRSに参加する。

国際的な税制の不統一や狭間を利用した税金逃れを摘発するのは世界的趨勢である。日本の税務当局も遅れを挽回し、しっかりパイを確保してほしいものだ。

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黒木 亮(くろき・りょう)
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。都市銀行、証券会社、総合商社勤務を経て作家となる。最新作は『世界をこの目で』。英国在住。

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(作家 黒木 亮 撮影=萩原美寛 写真=時事通信フォト 図版作成=大橋昭一)

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