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なぜドン・キホーテには“中国で認知度ゼロ”でも訪日客が集まるのか

プレジデントオンライン / 2016年5月30日 10時15分

■中国人旅行客のうち訪日はわずか2%

訪日外国人旅行客、いわゆるインバウンドの勢いが急加速している。2015年の訪日客数は過去最高だった14年の1341万人の約1.5倍、2000万人到達が視野に入った。旅行消費額も14年の年間2兆円強が、15年は3兆円を超える見通しだ。

「今後も20年の東京オリンピックに向け、訪日客は増え続けます」

インバウンド専門の研修、コンサルティングを手がける「やまとごころ」の村山慶輔社長はそう予測する。

「一番多いのは中国人旅行客です。中国全体の海外旅行者は昨年は約1億1000万人ですが、日本にはそのうちのわずか2%しか来ていません。中国人旅行客もまだまだ獲得できます」

今後は「団体客から個人客化への流れ」も本格化するという。外国人旅行者が増えたとはいえ、昨年は世界22位、アジア7位だ。政府の掲げる目標「2020年までに3000万人」に向け、どう対応するか。ここに紹介する「ドン・キホーテ」は「弱み」を「強み」に変え、インバウンド界の「勝ち組」となった。その成功の秘訣を探る。

■中国の旅行会社の認知度ゼロ

中国人旅行客の爆買いの光景の代表格といえば、家電量販店「Laox」や、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」が思い浮かぶが、「Laoxはターゲットが団体客、ドンキは個人客で対照的」と前出の村山氏はいう。

団体客が対象の店はツアースケジュールに来店を組み込んでもらうかわりに、旅行会社やガイドに手数料やキックバックを支払う。ドン・キホーテには、それが難しい事情があった。

「ドン・キホーテは無駄をそぎ落とし、1円でも安く提供するディスカウントストアです。キックバックの原資などない。ビジネスモデルが違うのです」

と話すのは、同社でインバウンド対応のプロジェクト責任者を務め、13年からはノウハウを社外にも広めるため、社内起業してJ.I.S.(ジャパン インバウンド ソリューションズ)を設立した中村好明社長だ。

ドン・キホーテは08年に旅行客からの要望を受け、中国人の大半が決済に使う銀聯カードを導入して以降、全店での免税対応、多言語のHPや店舗POP、訪日外国人客専用コールセンター設置、無料Wi-Fiなど、いち早く受け入れ環境を整備してきた。今や訪日客の来店は急増し、14年のインバウンド売上高は年間400億円と7年間で40倍だ。しかし、7年前に中村氏が責任者に就いたとき、中国の旅行会社における同店の認知度はゼロだったという。現地の旅行博覧会に出展すると、配ったパンフレットはゴミ箱に捨てられ、「悔しい思い」をした。

団体客用キックバック原資もなく、知名度も低い。ゼロから始めて7年、その足跡をたどると、「点」から「面」へ、「地域連携」への戦略の進化が浮かび上がる。

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(上)ドン・キホーテ新宿店の外観。免税の看板やのぼりが目立つ。(左下)ジャパン インバウンド ソリューションズの中村好明社長。現在ではドン・キホーテグループだけでなく、国、自治体、民間企業のインバウンド分野の相談や教育などにも携わる。(右下)店内には、日本語、中国語、韓国語、タイ語で書かれた商品ポップを設置。

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■戦略進化1:知名度を上げた「使える」マップ

ドン・キホーテが個人客向けに本格的なインバウンド戦略を開始したのは10年3月のことだ。東京・新宿のホテルから、「訪日客が夕食後の夜の時間帯も楽しめるようにしたい」と要請を受け、域内2店舗とホテル群を結ぶ多言語マップを作成した。

「“点”から“点と線”の情報発信へ。最初の進化です。配布地域も順次拡大していきました」(中村氏)すると今度は、札幌でマップを見た訪日客から、地域のグルメや観光情報もほしいとの声が上がった。この要望を受けて生まれたのが、ドン・キホーテの店舗周辺の飲食店の場所とその店の特典情報を掲載した「ようこそ!マップ」だ。10年秋に札幌、新宿、大阪からスタート。制作は地元広告代理店に委託し、経費は協賛広告でまかなう方式をとった。

「“点と線”から“面”への進化です。訪日客は街を楽しみたい。インバウンド対応は、売り手の都合以上に、旅人目線に立たなければならないことに気づきました。すると、業績も目に見えて上がりました」(中村氏)

欲しい情報なら、捨てられることはない。「ようこそ!マップ」は中国での旅行博でも、配らなくても来場客が手に取っていくようになり、2年前の雪辱を果たすとともに、ドン・キホーテの知名度を押し上げていった。

■戦略進化2:ニーズをつかんだ特典付きカード

マップと同時に取り組んだのが、日本人向けの会員制サービスのシステムを応用した訪日客向けの「ようこそ!カード」という各種特典付きカードだ。国内外の旅行会社700社と提携し、チケットと一緒に渡してもらう仕組みを導入。ホテルでは、チェックイン時に手渡してもらった。

「ようこそ!カード」の特徴は、海外のどの提携先で配布したカードが日本のどの店舗で使用されたかがわかることだ。免税販売のデータと合わせれば、どの国の旅行客がどの店でどんな商品を買っているか、自社のインバウンドの市場動向をリアルタイムでつかみ、各店舗の品揃えに活かせる。

「商品の全ジャンルに関するデータを持っている点では、ドラッグストアさんより多分優勢でしょう」(中村氏)ドン・キホーテの訪日客の時間帯別売上高のピークは夜10時台で、昼間の3倍も高い。夕食後、マップを手に街を散策しながら、ドン・キホーテの店舗に入ると、そこには自国の言語のPOPがついた売れ筋が並ぶ。24時間営業で「夜の観光」需要の取り込みに成功したのも戦略の進化の成果だ。

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(左)商品の使い方がわからなければ、訪日客専用コールセンター「ウェルカムデスク」へ。同センターには、英語、中国語、韓国語、タイ語を話せるスタッフが常駐。各店舗とiPad のテレビ電話でつながる。(右)中国元、USドルなど7通貨に対応し、外貨でレジ精算ができる機械も設置。お釣りは日本円。

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■戦略進化3:地域連携で街を目的地に

インバウンド戦略に本格的に取り組んでから1年後、中村氏は山梨県の石和温泉組合の幹部から提案を受け、一歩踏み込んだ取り組みに挑戦する。幹部いわく、「訪日の宿泊客は午後7時過ぎには何もすることがなくなる。そこで、旧正月(春節)に、ドンキさんのいさわ店と温泉街を結ぶ夜間シャトルバスを走らせたい」。組合側の熱意に応え、店舗では中華圏の縁起物の水餃子や甘酒を用意し、中国人スタッフも泊まり込みで対応。シャトルバスは大好評を博した。

「当社対関係先という関係ではなく、地域で共生し、共栄していく。これが地域連携の原点になったのです」(中村氏)

11年旧正月のドン・キホーテ全体のインバウンド売上高も飛躍的に伸び、過去最高を記録する。ところが、翌3月11日、東日本大震災発生。震災の影響で、地域の事業者に広告出稿してもらう方式は難しい。

そこで中村氏は行政との連携を模索する。地方が広域で連携する訪日プロモーション事業に国が補助金を出す仕組みを活用したのだ。例えば、店舗のある広島地域の周辺5県をワンセットにした「ようこそ!マップ」を作成。エリア内の好きな街に行ってもらうよう、仕かけたりした。

「広島の店舗の訪日客数は目に見えて増えました。ただ、行政との連携事業は入札制で単年度主義。補助金を得る公共事業方式のプロモーションは持続性を担保できない問題がありました」(中村氏)

■戦略進化4:大型店もスクラム「街を売る」

広告方式でも、公共事業方式でもない新しい方式へ。進化のきっかけは意外なところから到来した。13年暮れ、三越伊勢丹ホールディングス幹部から新宿エリアでの連携企画を持ちかけられたのだ。

「伊勢丹さんも訪日客の自然増に応える受動型でなく、積極的な戦略を打つべきだという議論が社内でわき上がったようで、新宿で実績のあったわれわれJ.I.S.に声がかかったのです」(中村氏)。

名門百貨店の伊勢丹新宿店と激安のドン・キホーテが組み、ほかに京王百貨店、マルイ、東急ハンズ、ビックカメラ、ルミネの7社12店舗が「相互送客」の理念を掲げて共同販促の実行委員会を組織。スクラムを組んで翌14年1月31日から2カ月間、「新宿ショッピング・キャンペーン2014春」を開催した。

店舗情報と訪日客向け特典を掲載した4カ国語のガイドマップを作成し、J.I.S.の提携先の海外の旅行会社と域内20のホテルに計8万部配布。期間中、通りには多言語フラッグが掲げられた。この年の旧正月のドン・キホーテの域内2店舗のインバウンド売上高は前年比400%を超えた。

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(上)中国人客に人気の商品を集めた一角。農薬や防腐剤などを取るために野菜を洗う粉など、日本人にはなじみの薄い品も。(下)新宿店にある「免税館」。訪日客からニーズの高い商品をまとめているため、効率よく買い物ができる。

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その後も継続を求める声が高まり、新宿観光振興協会と組んだ常設の「新宿インバウンド実行委員会」が発足。中村氏が会長職に就いた。高島屋や小田急百貨店なども参加して13社に増え、年2回発行のガイドマップ「新宿エクスプローラー」は発行部数が累計100万部を超えた。外国人が日本人に道を尋ねるときのため、地図には日本語表記もあり、旅人目線が徹底されている。

中村氏は同時に、従来品目が限られていた消費税の免税対象を一定条件下で全品に拡大する法改正を求める働きかけにも参画。これを実現に導き(14年10月から拡大)、訪日消費増大へと結びつけていった。7年間でドン・キホーテをインバウンドの勝ち組へ押し上げ、斯界の第一人者となった中村氏は戦略のポイントをこう話す。

図を拡大
全商品が消費税免税対象になり、右肩上がり

「街を楽しむアーバンツーリズムを求める訪日客に価値を提供するには、ドン・キホーテ単独では原資もなく限界がある。事情はどの事業者も同じです。そこで行き着いたのが実行委員会方式でした。日頃のライバル同士が共通の目的に向かって、お金、労力、知恵を出し合い、地域で訪日客を呼ぶ。インバウンドという新しい市場の成長力を取り込むには、Win-Win関係をいかにつくれるかがカギです」

中村氏は新宿と同様の組織を主要都市で設立もしくは準備中で、全国連絡協議会も設置した。

地域連携について、前出の村山氏もこう指摘する。

「東京ディズニーランドは単独で訪日の目的地になりえても、例えば、百貨店も、エルメスで世界一の品揃えを誇る伊勢丹新宿店でさえ目的地になりえない。一方、“お台場にある○○”のように、地域にひもづけすると、外国人には響く。連携してエリアを売る発想がより重要になっていくでしょう」

日本人客相手では競争しても、訪日客相手では連携する。ドン・キホーテの成功法則は、戦い方の転換がインバウンドの成否をわけることを示しているといえるだろう。

(ジャーナリスト 勝見 明 葛西亜理沙=撮影)

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