橋下徹「英国民のEU『離脱』選択はポピュリズムなのか? 僕が現地で感じたこと」
プレジデントオンライン / 2016年7月4日 12時15分
6月23日、EU離脱派が勝利を収めたイギリスの国民投票。橋下徹氏は投票1週間前からイギリスに滞在して、「離脱」「残留」両派の声を取材した。大阪市長として「大阪都構想」の是非を問う大規模な住民投票を行った経験のある橋下氏が、「英国EU離脱」という歴史的大事件をどう見たか。公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.13(7月5日配信)の一部をお届けする。
■EU問題は「東アジア共同体」構想に置き換えると考えやすい
今回のイギリスの国民投票を日本人が論じるには、日本のことに置き換えて考えると分かりやすい。国民投票を否定して議会制民主主義が重要だというなら、永田町の国会議員の判断をそんなに信用できるのか。国の重大な方針をすべて国会議員の判断に委ねるのか。日本では、憲法改正においては国民投票を求めている。
離脱という選択は間違っているというなら、かつて旧民主党の鳩山由紀夫さんが熱心に提唱していた日中韓が一つにまとまる「東アジア共同体」構想を考えるとよい。日中韓が外交的に良好な関係を築くことは当然としても、共同体まで目指すのか。中国人がパスポート審査なしで、どんどん日本に入ってきて、自分たちの街に大量の中国人が住んでいる状況。彼らは日本人と異なるマナーで生活し、そして安い賃金で働いている。こんな社会を想像してみてよ。
東アジア共同体による単一市場化によって企業が活動しやすくなったとしても、僕はそんな日本は嫌だね。企業活動だけが重要なんじゃない。現実の暮らしがもっと重要だ。
もし僕より若い世代が、日中韓・東アジア共同体構想を進めたいというなら、進めてもらって構わない。若い世代の意思を尊重したい。そしてそのような構想が進む中で生まれてくるさらに若い人たちは、東アジア共同体に違和感を覚えず賛同するだろう。でも、僕は違う。「俺の目が黒いうちは、日本を感じるところは残しておいてね」と言うだろうね。僕もあと30年くらいの人生。その間にどんどん日本がなくなってしまうことには危機感を覚えるだろうね。だから若い世代の意思を尊重しつつも、東アジア共同体構想がある一線を超えれば、僕は離脱派になる。
そのときに、離脱という判断はポピュリズムだ!! 感情的だ!! と言われたら頭に来るね。さらに企業活動がおかしくなって経済が停滞する!! と言われても、経済だけを考えるな、バカ、と言い返すだろうね。なぜ離脱なのか、冷静に論理的にいくらでも主張できる。東アジア共同体構想のおかしいところをいくらでも指摘できるし、東アジア共同体残留派を論破できる自信がある。
にもかかわらず、東アジア共同体離脱の主張は、感情的で非合理的なのか? 論点は何で、双方の主張の合理性はどうなのか。ここを徹底的に吟味しなければならないのに、離脱派の主張はポピュリズムだ!! で片づけられたらたまったもんじゃないよ。
■離脱派だけでなく残留派の「脅し」や公約違反も公平に問題にすべきだ
最近、日本のメディアは、離脱派が国民投票前に唱えていた主張が嘘だったと報道している。イギリスの選挙ではもちろん、日本の選挙でもそんなことはよくあること。キャメロン首相は移民の数を10万人以下に抑えると公約して総選挙を戦った。ところが現実は移民の数は30万人。現在、イギリスに移民を制限する手立てはない。にもかかわらず移民を抑制すると言い放ったのは大嘘つきで、とんでもない公約違反だ。離脱派の公約違反を指摘するなら、残留派の公約違反も指摘しなければならない。残留派はイギリス政府がはじいた経済予測を持ち出し、EUから離脱すればこれだけイギリスにマイナスになる!! と主張した。日本の自称インテリも同じことを言っている。
しかし官僚や政府の予測が外れるなんて日常茶飯事。そう言えば、つい最近では、消費税を8%に上げても日本の経済には何の影響もないと言い続けていた財務省の予測が、まったく外れたことは記憶に新しい。
イギリスでも同じ。イギリスはEUに加盟する際、統一通貨のユーロに入らず独自通貨のポンドを維持する、そして人の移動の自由を保障するシェンゲン協定にも入らないという決断をした。この際、現在残留を主張している人たちは、ユーロに入らなければ、シェンゲン協定に入らなければイギリスは孤立する、経済は衰退する!! と脅しに脅しをかけた。では現実はどうか? EUの中でイギリスはドイツと共に経済は好調だ。今回、残留派の主張にも多くの嘘があるだろう。ここは公平に検証すべきだ。
ここで少し、EUとシェンゲン協定について解説します。
この2つを混同している人が多い。イギリスはEUに加盟しているがシェンゲン協定には加入していない。EUに加盟すると、加盟国間の人の移動や居住は自由になる。EU国民は、EU域内の移動は自由であり、どこにでも居住できる。つまり不法滞在という概念がなくなる。
シェンゲン協定は、パスポートチェックをしないということ。こちらは手続きの話。そうするとイギリスは、EU国民がイギリスに入ってくることは保障するけど、パスポートチェックだけはしますよ、というもの。したがってEU国民に対してはパスポートチェックは形式的なものになる。非EU国民に対してのみパスポートチェックの意義が存続する。
ちなみにシェンゲン協定加入国はEU国民はシェンゲン協定圏内をパスポートチェックなく自由に移動でき、居住できる。さらに非EU国民がシェンゲン協定圏内に一度入国すると、非EU国民もシェンゲン協定圏内をパスポートチェックなく移動できる。
元へ。イギリスはEU国民を原則無制限に受け入れなければならない。ただし一応のパスポートチェックはするが、それはEU国民の入国管理、すなわち受入数管理を伴うものではない。パスポートチェックは形式的なもので、パスポートコントロールはないに等しい。
■これから起きる地政学的大変化! 日本にとってのメリットは何か!?
日本にとっての影響も、単純な経済の面だけではなく、地政学的な大局観で考えるべきだ。世界地図を見るとユーラシア大陸の東に日本、西にイギリスがある。両島国でユーラシア大陸を挟んでいる。そしてイギリスは旧植民地などとともに53国でイギリス連邦を構成している。このメンバーの国の位置をみたら凄い。アフリカにインドに、シンガポール、オーストラリア。北アメリカではカナダ。それに海にちりばめられた数々の島。イギリス連邦ではないが、アメリカはもちろん特殊な関係だ。
日本はこれらの国とがっちりネットワークを組むことに大きな利益があるはずだ。これまでイギリスはEUに足を突っ込んでいたが、日本側に引き込めばいい。冷戦構造が崩壊し、アメリカ一極体制が続いたが、それも崩壊した。中国が大きく台頭し、ロシアも大国への復権を虎視眈々と狙っている。そこにEUというヨーロッパの塊ができつつある。
このような状況下で、学校でいえばイギリスの「クラス替え」が起きたのだ。これは日本にとってメリットも大きいはず。これからの世界のパワーバランスは、中国、ロシア、EU、そして海洋国家ネットワークという構成にもなり得る。中国、ロシア、EUは大陸系だ。インドやシンガポール、オーストラリア、カナダをはじめとするイギリス連邦に、アメリカ、日本を加えた海洋国家グループ。それぞれの国の価値観もばっちり合うだろう。新しい国際政治パワーを作るには、イギリスをEUから引き離す戦略が効いてくる。ポリティカル・コレクトネスや経済的な側面だけで、EUは一つ!と言い続けることの方が思慮に浅い。
イギリスがEUに残る方が日本にとっていいのか、離脱する方がメリットなのか、深く戦略的な賢い思考をしなければらない。そのためには、離脱は感情的、ポピュリズムの判断だ!という今の日本の自称インテリの思考こそ駆逐しなければならない。
と、ここまで書いたところで、イギリスでは保守党党首選の行方が混沌としてきた。離脱派勝利の立役者であるボリス・ジョンソン氏が不出馬。代わってゴーブ氏が出馬するも、党内議員の間では残留派のメイ氏が強い。イギリスの政党党首選は、最後は一般党員が決する。まさに議会制民主主義を直接民主主義が補完する形。一般党員による投票が、感情に流される!! 非理性的だ!! ポピュリズムだ!! なんていう声は聞かない。だから国民投票自体をポピュリズムだと批判する声も、当のイギリスでは聞かない。ポピュリズムという言葉を多用するのは、日本くらいで、まだまだ民主主義が成熟していない証拠。
元へ。ここで残留派のメイ氏が、残留を主張して党首に選ばれたらどうなるか。保守党党員投票と国民投票の結果が異なることになるが、保守党党首選である以上、保守党党員の投票を重く受け止めなければならないことは間違いない。保守党党員の投票結果を受けて、今後、メイ氏が総選挙でさらに残留を訴えて勝利したらどうなるか。
結局のところ、今回の国民投票には法的拘束力がないことが将来の不確実性の最大の原因だ。今回の離脱騒動は、国民投票の結果を受けて、政治家が離脱を「政治的に」決断することに過ぎない。法的な話ではない。であれば、諸般の事情によって、「政治的に」残留に変えることもできる。そのためには、残留派のメイ氏が、残留を唱えて党首選に勝ち、残留を唱えて総選挙に勝つ必要がある。その上で残留に変更、そこまでできなくてもEUへの離脱の通知を遅らせる。
これだけの政治的プロセスを踏んでイギリス国民の残留の意思を表に出したら、イギリスからの離脱通知が遅れてもEUは文句を言えないだろう。そうこうしているうちに、離脱に沸いた国民の熱も冷めるかもしれない。いずれにせよ、残留派が、国民投票をポピュリズムだと批判するだけでは何の進展もない。それは口だけの人のいつものパターン。離脱という今回の国民投票の結果を尊重しながら、残留にもっていくには、政治的なプロセスが必要。それは、保守党党首選と総選挙を使うしかない。これが問題解決のための実行プロセスだ。
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.13(7月5日配信)の一部です。
(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 撮影=市来朋久)
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