安河内哲也「道具としての英語」をどう身につけたらいいか
プレジデントオンライン / 2016年7月11日 16時15分
■テストマニアがつくったスピーキングテスト
【三宅義和・イーオン社長】先生が約2年間の歳月をかけて開発に関わられた新しいスピーキングテスト「E-CAT(English Conversational Ability Test)」についてお聞きします。なぜいま、新しいスピーキングテストをつくろうと思われたのですか。また「E-CAT」の設計思想はどのようなものなのでしょうか。
【安河内哲也・東進ハイスクール講師】実は私はテストマニアでして、大学生時代から英検を皮切りに、TOEFL、TOEICなどありとあらゆるテストを何度も受けてきました。通訳案内士国家試験、国連英検、観光英検といった毛色の変わったものまで受験しています(笑)。そうした経験から、英語のテストというのは、その結果を踏まえて次の目標を決めるための役に立つツールだと確信しています。
さて、あたりまえのことですが、リスニングとリーディングの2技能のテストを目的化した勉強をいくらやっても、スピーキングができるようにはなりません。2技能のセンター試験をがんばったのに話せるようにならなかったと悔やんでいたはずですね。それにもかかわらず社会人になって、また同じような2技能の試験に向かって努力し、そこだけで高得点をとってもしかたないでしょう。
それは「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ということなのでしょうか。英会話学校などに通う英語学習者の大半は「英語が話せるようになりたい」のです。すると「話せるようにしてあげたい」という指導と「どれだけ話せるか」を見るテストも、一体化させることを目指すべきでしょう。そこで、日本、いや世界中の誰もが自分の実力がどのレベルかを測れるスピーキングテストが必要だったんです。
このE-CATは、既存のスピーキングテストではカバーしていなかった初級の学習者までをカバーし、モチベーションアップのための目標となることを目指しています。ある企業で実施し、アンケートを取ったところ、30%以上の受験者が受験後に「楽しかった」と答えています。受験後に3割が楽しかったと答えるテストなんて他に思いつきますか。このテストで英語を話す楽しさを実感していただき、さらにTOEIC Speaking TestやVersantなどのテストにも挑戦する人がたくさん出て、世界のスピーキングテスト人口が増えるということも、このテストを開発した大きな目的でした。
■英語の「評価方法」はこの10年間進化した
【三宅】英語の指導は、英語の評価と表裏一体の問題です。特にスピーキング指導を行う場合、それをどのように評価したらよいのかはとても難しい問題です。例えば5段階評価でもスピーキングスキルも加味して、どうやって「5」や「1」をつけるのか、とまどう学校の先生もいらっしゃいます。現実には1技能ずつ評価するわけではなく、4技能を統合して評価するのでしょうが、学校教育の場合、先生はどのようにスピーキングの指導と評価をするのが望ましいとお考えですか。
【安河内】スピーキングやライティングの評価方法は、この10年間でめざましい進化を遂げました。CEFR(ヨーロッパ言語圏の国際標準規格)を軸に、世界中のテスト機関が、競争し合い、協力し合い、評価の妥当性と公平性に関しての研究を重ねてきました。現在ではそれに従い、発話の各側面を世界標準に準拠した形で測定することができるようになってきています。
また、このような評価方法の概略は各テスト機関から原則として公表されており、それを学校現場でも活用することができます。ただ、学校の場合には、それに「コミュニケーションをとろうとする態度」という非常に重要な指標が加わりますね。単純に発話を客観的に分析するだけでなく、姿勢や態度を大きな指標として評価することが、学校の現場では重要だからです。
【三宅】社会人へのテストの話がありましたが、スピーキング指導はいかがでしょうか。例えば、センター試験の英語は満点、あるいはTOEICスコアは900点を超えているという人でも、実際には「話せない」という日本人もすくなくありません。ですが、今後の英語教育改革が進めば、将来、英会話のできる新入社員、部下が会社に入ってくるかもしれません。いま英会話が苦手な社会人は、どのようなことに取り組んでいったらよいとお考えですか。
【安河内】あたりまえのことを言うと、リスニングできるようになりたければ、リスニングテストを目標にすればいい、リーディングができるようになりたければ、リーディングテストを目標にすればいい、ライティングができるようになりたければ、ライティングテストを目標にすればいいわけです。最近、何かと話題に上るTOEICリスニング・リーディングテストですが、どんなに得点狙いだと非難される裏ワザを用いたとしてもこれで高得点がとれる人は、リスニングとリーディングの最低実力は持っていると判断してよいと思います。
ただスピーキングの能力はわかりません。測ってないわけですから。だから、スピーキングができるようになりたい人は、スピーキングテストを目標にすべきなのです。それなのに、社員のスピーキング力を伸ばしたい企業が、別技能の試験を使用するというのはナンセンスだと思います。イーオンさんも英会話学校なのですから、生徒さんの効果測定をする方法にスピーキングテストを使用されるとよいと思います。
■英語は目標ではなく、英語を道具に何ができるか
【三宅】「通じる英語」ということがよく言われます。文法がメチャクチャでも身振り手振りでただ通じればよいのか、それとも英語の達人レベルの正確で間違いのない英語で話す必要があるのか。安河内先生が考える、「日本人が目指すべき英語」とはどのようなものでしょうか。
【安河内】はい、私も初学者の皆さんには「間違いを恐れるな」「デタラメ英語でも話せ!」とよく言っていますが、永遠にそれでいいと思っているわけではありません。「リスナーズエフォート」という言葉がありますが、目標としては、聞き手がストレスを感じない程度の英語を目指すべきだと思っています。母国語の影響が強すぎて、言っていることがチンプンカンプンであるというようなレベルからは脱却すべきでしょう。
外国語として英語を学ぶ人が皆、ネイティブのように話せるようになるはずはないわけですから、国連で発表しているノンネイティブの英語を上限と考えて励めばよいのではないでしょうか。ネイティブに憧れる気持ちは私も強いので共感できますが、人生は英語の勉強ばかりに費やせるほど長くはありません。英語を学んでも、使いもしないで、磨き上げるための勉強ばかりしているのでは、もったいなくありませんか。英語を目標にするのではなく、英語を道具として何かをやってみた方が面白いと思います。
ただ「道具としての英語」の定義も時代によって変遷すると思います。例えば、日本が後進国だった時代。幕末から明治維新、富国強兵で海外の先進国に追い付かなければならなかったにもかかわらず、英語ができる人は少なかった。まず、必要とされたのは先進国からもたらされた貴重な文献を万人が読めるようにする翻訳者だったでしょう。維新後は外交も重要になり、世界情勢を知るために、翻訳者に加え、通訳を仕事とする通詞たちの育成も急務だったことでしょう。そのような時代には「訳す力」が教育の中心であったのも当然だと思います。
いまや日本は、世界に冠たる経済大国、技術大国です。世界と対等に肩を並べているわけです。そんな中、英語の文献を読み、情報をすばやく理解し、それを英語で書いたり話したりして発信する力が求められています。大学間においても、ビジネスにおいても情報のやりとりのスピードはかつてないほどに速くなっています。そんな中、日本語を挟まずに英語のまま双方向で情報をすばやくやりとりするスキルが、多くの人に求められるようになっています。
私もテスト開発というビジネスを米国の仲間たちとやっているわけですが、資料を日本語に訳したりしている時間などありませんし、会議でもメールでも、即座に英語で反応しないとひんしゅくをかいます。英語を英語のまま、インプットしアウトプットしなければ、世界から取り残される。いまはそういう時代なんだと思います。
【三宅】最後に安河内先生が考える「グローバル人材」とは、どのような人物なのか。またそうなるために、日本人英語学習者への励ましのメッセージをお願いします。
【安河内】まず、1つ目は、郷土に対する誇りと愛情をもって、世界の人々と接することができるということです。そうすれば、相手の国や文化に対する理解や尊敬心も深まります。ただし、日本文化が諸外国の文化よりも優れていると考えるのは少々危険だと思います。文化に優劣はなく、お互いに尊重し合う。そのような人間関係を築いていけることが、グローバル人材の姿だと考えます。
2つ目の要素は「学問としての英語」ではなく「道具としての英語」を使う力だと思います。数々の悲劇を生んだ戦争や植民地支配を経て、世界の実質的な共用語となった英語ですが、現在では旧宗主国の人々の全英語使用人口に占める割合は極めて小さくなってきています。そのような意味では、英語は「彼らの言葉」ではなく「私たちの言葉」に代わってきていると言えます。
これから、世界を相手にビジネスをする場合には、アメリカ人やイギリス人も彼らにしかわからないスラングや、難しい語彙や特殊表現を使うとマイナスになります。ネイティブスピーカーですら、世界でビジネスを成功させるためには、ノンネイティブに合わせなければならない時代になってきました。
今日の対談では話がいろいろな深い方向に飛びましたが、学習者の皆さんは、深く考えすぎず、日々の英語練習を楽しんでください。最後に一言。
Enjoy practicing and using English!
【三宅】本日はありがとうございました。
(イーオン代表取締役社長 三宅 義和 岡村繁雄=構成 澁谷高晴=撮影)
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