人工知能から学ぶ、独創的な学習の方法
プレジデントオンライン / 2016年7月12日 15時15分
■人間の「学習の壁」
これまで、人工知能というものは計算や処理が速く精度が高いだけで、囲碁や将棋のような複雑な発想や思考が必要なゲームでは人間に勝てない、と言われていました。人間の打つ意外性のある手は、機械にはなかなか対処できないものだと考えられてきたからです。
ところが、最近の人工知能は、むしろ人間のほうが「その手は何だ?」と驚くような独創的な手を打つようになり、その上に処理の速度や精度も非常に高いわけであり、いよいよ敵わない存在になってきたようです。
先日、とあるテレビ番組の特集で、人工知能の「学習方法」が紹介されていました。僕たち人間にとって、とても示唆に富む内容だったと感じました。
番組の中では、学習段階の人工知能に簡単なテレビゲームをやらせていました。人間になにかしらのゲームを提供するような場合であれば、そのやり方や進め方、コツなどを教えるのが当然です。ところが、その人工知能には、ゲーム細かいルールや進め方などはまったく教えずに、ただ、「高い点数を取れ」という指示だけでゲームをスタートさせていました。
当然、最初のうちはどうしていいかわからずに、無茶苦茶な動きをして、すぐにゲームオーバーになってしまいます。しかし、何度も何度も失敗を繰り返しひたすら試行錯誤するうちに、偶然うまくいく方法を見つけたりしながら、ゲームの進め方を学習していきます。するとその過程の中で、もともと「やり方」を細かく教わっていないために、「より効率的な方法」や「普通ではない変わった進め方」などを自由に発見していくのです。つまり、最初から常識やパターンの枠がない分、失敗が多く効率が悪いようにみえて、結果的には独創的なやり方を身に付けることができるようなのです。
僕たちは大人になるにつれて、何かをこなすとき、まずはやり方をできるだけ細かく具体的に教わり、上手な人を真似するようになっていきます。そのほうが、当然ある程度の合格レベルまではすぐに到達することができます。しかし、枠にしばられ、それ以上の「独創的」な段階にはなかなか進めない。そんな、僕たち人間の「学習の壁」を感じました。
■失敗を恐れない人工知能
最初に何も教えてもらわずにゲームを始める人工知能は、最初のうちは当然ミスの連続です。ところが、人間と違って、そのミスをしてもまったくめげません。失敗したら恥ずかしいとか、バカにされたらどうしようとか、無難な手を打とうとか、そんな邪念が一切ありません。ダメなら、やり直せばいい。失敗を少しも恐れてないのです。何の屈託もなく何度も何度もトライ&エラーを繰り返すことで、ルールや「上手なやり方」を意識しては決して発見できない発想や方法にたどり着いていくのです。
一方で、僕たち人間は、いくらそれが糧になるとはわかっていても、何度も何度も失敗するということにはなかなか耐えられません。早くクリアしたい、成功したい。そして、基本的なやり方をマスターし、上級者のやり方を真似します。さらに、できるだけミスのないように事前にしっかりと予備知識や情報を入れてから始めるので、どうしても「無難な動き」に収まってしまいます。
もちろん、ミスや失敗を減らすことはできるのかもしれませんが、すでにパターン化された方法を少しアレンジするくらいしかできなくなってしまいます。根本的に新しい方法や発想を生み出すことから逃げてしまっているのです。
僕たち人間も、幼いころは細かいやり方や失敗などをあまり意識することなく、自由に動き回れたものです。好奇心も強く、吸収も早い。しかし、大人のような体力や思考力、技術は持っていません。子どもはいくら自由で柔軟な思考を持っていても、具体的にアウトプットする力が乏しい。
人工知能は、いわば人間の「子ども」と「大人」の“いいとこどり”のように思います。自由な発想で失敗を恐れず試行錯誤できる子どもの屈託のなさと、大人の高い計算能力を掛け合わせたもの。いや、人間の大人よりもさらに高い計算能力や集中力を持つわけですから、もはや最強です。
■「失敗サロン」のすすめ
どうすれば、僕たち人間も処理能力や技術だけでなく、失敗を恐れずにゼロから試行錯誤できる自由さや柔軟さを身に付けることができるのか。
大人の多くは、新しいことに取り組むとき、マニュアルを読んでできるだけ準備します。そのほうが、「みんなと同じ」ところまでは早くいけるからです。そして、壁にぶつかります。独創的な学習をするためには、あえて自分が「知らない」という真っ白のゼロ状態を受け入れて、ルールや常識にとらわれずに始めてみることが必要です。
それを邪魔してくるのは、失敗すると恥ずかしい、バカにされたくないという、いかにも人間らしい邪念です。一度手に入れた状態を失いたくないという気持ちも、僕たちをとことん保守的にします。独創性を身に付けるためには、この「失敗への恐怖」をまずは手放さないといけません。失敗を極度に恐れる人は世の中にたくさんいますが、「笑われて恥ずかしい」という程度のことがほとんどです。本当に大怪我をしたり、人生を棒に振ってしまったりするようなことだけ避けられるような、適度なリスクヘッジさえできればいいのです。
そこで僕が提案したいのは、「いくらでも失敗していい」という安心の場所を持つことです。たしかに、会社の中ではちょっとした失敗も評価や立場に影響してしまったりします。そこで、普段の仕事とは全く関係のない異業種の人たちや、今は別々のところで働く大学時代の同級生などと、あえて失敗する恥ずかしい状態を共有する、「失敗サロン」みたいなものがあればいいんじゃないかと思うのです。自分の所属する会社や組織内ではまだ発表しにくい途中段階の企画や意見などもどんどん発表して、失敗や不完全さの中から自由に学ぶ習慣を身につけることができたら、僕たち大人もまだまだ独創的になれるような気がします。
いまは、「継承」よりも「発展」が求められている時代です。かつて、技術の正確な継承が重んじられたのは、それを記録することが難しかったからです。紙にものを書くことできるようになっても、それを保存したりコピーしたりすることは簡単ではない。そんな時代は長く続き、弟子が師匠の技術を厳密に継承する必要がありました。今は、保存やコピーは簡単です。それをどう柔軟に発展させるかが、現代に生きる僕たちに課された重要な学習テーマのひとつなのでしょう。
ただ、それが理屈では分かっていても、「失敗を恐れない」というのは、僕たち人間にとってなかなか難しいことなのだと思います。
(慶應義塾大学特任准教授/NewYouth代表取締役 若新 雄純)
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