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トヨタの未来を担う新入社員教育「モノづくり研修」に潜入!

プレジデントオンライン / 2016年7月21日 9時15分

エンジン製造45年のスペシャリストが講師を務める。手作業で組み立てていた時代の経験を交えながら、順序よく研修を進める。

■「現地現物」「教え教えられる風土」復活へ

「新入社員研修を見ると、今その企業が一番大事にしたいもの、残していきたいと考えているものが何なのかがわかります」と、話すのは、今回、取材に同行した東京大学の中原淳准教授。専門は人材育成だ。新入社員研修を通じて、トヨタ自動車が未来を担う新人たちに残したいものとは一体何なのだろうか。

トヨタは、2015年度から全社的な教育改革に乗り出した。きっかけは、09年から10年に北米で起きた大規模リコールにつながる品質問題だった。00年代に入り、急激に生産台数が増える中で、業務の効率化や職務の外注化が進み、「業務をやりきる」機会が減ってきたうえ、「教え教えられる風土」や「現地現物(現場に足を運び、実際に現物を見て触れることで本質を見極める)」といったトヨタ社内で大切にされてきた価値観が失われつつあるのではないか、企業の成長に人材の成長が追いつかなくなっているのではないか、という問題意識が生まれたからだ。

教育改革の大事な入り口になる新入社員教育プログラムは、期間をこれまでの半年から1年に延ばし、「基礎固め徹底プログラム」として刷新された。入社半年後の9月に各部署に仮配属し、OJTも含めて1年間を見習い社員として徹底的に鍛えるという。

新入社員教育プログラムの大きな特徴は、トータルで5カ月に及ぶ販売店、工場での実習だ。まさにトヨタが重視してきた「現場」を大事にしてほしいという思いが込められたプログラムとなっている。

4月に入社した新入社員は2カ月間、「トヨタウェイ」といわれる理念や心構え、「トヨタ式」の仕事のやり方などを学ぶ集合研修の後、6月から8月半ばまで、まずは全国各地の販売店(ディーラー)に送り込まれる。

販売店では、車を売る仕事を通して販売、サービスの最前線を体感し、「お客様第一」の心構えを学ぶ。

9月からは仮配属となり、配属先での部門別研修となる。そこでは、部門内の様々な仕事をOJTで経験し、部門全体の理解を深めていく。

年が明けて、1月から3月にかけて、今度は配属先部門に関連のある工場に送り込まれての実習が行われる。工場実習では実際にラインの中で働くことで、モノづくりの重要性、トヨタ生産方式など、トヨタ流の仕事の仕方を理解するという。

また、OJTでの研修以外にも、ビジネススキルやトヨタ流の仕事の仕方などをEラーニングで学ぶ課題があり、定期的な試験も設定されている。

現場での研修以外に、集合研修も大幅に拡充された。春の4週間だけだった集合研修は、春と夏の2回に分けて計11週間行われ、トヨタの歴史を学ぶなど会社理解のプログラムのほか、ドライビングレッスンなど、トヨタパーソンとして「クルマへの興味・関心を向上する」ための研修が加わった。

そうした研修の1つが、今回取材した「モノづくり研修」だ。なんとこの研修では、3日間かけて手作業でエンジンとトランスミッションの組み付けを行う。以前は技術系の新人がメインに受講していたが、3年ほど前から文系の事務職も含めた新入社員全員が受講することになった。

当然のことながら、現在のトヨタでは、生産工程はほぼオートメーション化されており、ネジを一本一本手で締めてエンジンを組み付ける現場は国内にはほぼない。また、ハイブリッド車の販売比率も年々高まってきており、50年にはガソリン、ディーゼル車の新車発売をほぼゼロにする、といった方針も掲げている。なぜ、今になってエンジンの組み立て研修なのか。答えを求めて愛知県豊田市の元町工場内にあるTPS推進センターを訪ねた。

新入社員向けの「モノづくり研修」が行われていたのは、以前エスティマの生産を行っていたという工場の一角。現在は技能系の研修施設として活用されている。朝8時、作業着にヘルメット姿で集まったのは男女8人の新入社員たち。安全靴を履き、作業用保護メガネ、軍手までしっかり身につけ、準備万端だ。

集合時間となり、「おはようございます」と声をかけたのは昭和46年入社、この道45年という製造のスペシャリストだ。定年退職後、嘱託契約で勤務し、研修の講師を務める。

「モノづくり研修」は3日間かけて行われる。最初の2日間でエンジンの組み付けを行い、3日目はトランスミッションの組み付けを行うという。研修を見学したのは、エンジン組み付けの2日目。予定表を見ると朝から16時まで「バランスシャフト組み付け、クランクシャフト組み付け、ピストン組み付け……」と、ひたすら部品の組み付け作業が続く。その後、理解度テストと振り返りがあり、17時に終了、というプログラムだ。

■ネジ一本一本手作業でエンジンをつくる

研修で組み付けられるエンジンはカムリやアルファードなどに使われている2AZという型のもの。部品はネジなど細かいものも含めてすべて定位置に納められており、作業を行う室内も整理整頓され、余計なものが雑然と置かれていることがなく、トヨタ式の「5S」(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)が徹底されていることが感じられる。

「これからバランスシャフトベアリングの組み付けを行います」。講師は「要素作業要領書」と呼ばれる作業ごとの説明書をモニターに映し出した。海外の技術者に説明するときもわかりやすいよう、各部品の名前や形状、組み付け方法などがイラスト入りで丁寧に記されたマニュアルを使用する。それぞれのシートには、各作業時間の目安が秒単位で記されている。講師は部品を手に取り、実際に作業をやってみせながら、部品の組み付け方法や作業のポイントを説明。その部品がエンジンの内部でどのような役割をしているのかなど、内部構造についても一つ一つ丁寧に解説していく。

8人が4人ずつ2班に分かれ、エンジンを組み付ける。指示役と作業役に分かれ、正確に工程を説明する難しさも経験する。

研修では、8人の新入社員が2班に分かれ、4人で1つのエンジン組み付けを行う。「では作業を始めてください」と声がかかっても、新人たちの動きは鈍い。「この部品だよね」「何番って書いてある?」などとまごまごしたり、部品がはまらなかったり、ネジを間違えたりと、ぎこちない。時折、部品を落としたり、部品同士をぶつけたりして大きな音を立てている。特にネジ一本一本について、トルクレンチを使って規定範囲内のトルク(ねじりの強さ)で締め付けられているかどうかを測りながら締める作業はなかなか思うようにいかず、苦戦していた。

全員がマーケティングや海外営業、企画、広報など文系の事務職という新入社員たちは、事前にエンジンの構造や組み付けについて学んでいるものの、「正直、話の意味は、半分もわかっていないです」と話す。実際、この研修を一度受けただけで、エンジンの組み付けができるようになることはないだろう。では、この研修を通して、新人たちは、何を学ぶのだろうか。

講師は2つの作業台を行き来しながら、「この部品を左手でこう持って、こちらを右手で押し込んで」「部品の番号を確認して」「オイルを付けるのを忘れないで」などと声をかけていく。その指示は、部品の持ち方からネジを付ける順番まで、とにかく細かい。しかし、一見、細かすぎるように思える手順も、講師の説明を聞くと、安全のため、効率のため、ネジの緩みを無くすため、部品の焼き付きを防ぐためなど、すべてに合理的な理由があり、現場での弛まぬ「カイゼン」の積み重ねによって突き詰めた末の最適解であることが伝わってくる。

70年代からトヨタの製造現場で働いてきた講師にとっては、エンジンの組み付けは単なる作業ではなく、自身が歩んできた道そのものだ。部品に付いているちょっとした溝についても「これは80年代に環境基準が変わったときにこの形状にしました」などと、その意味が語られる。部品1つを組み付けるたびに、その部品の重要性から作業上の工夫、オートメーション化したときに苦労した話などが次々と飛び出す。新人たちは、こうした講師の生の言葉から「もっといいクルマ」を目指して試行錯誤が重ねられたトヨタの歴史を感じとることだろう。

軽々とネジを締めたり、部品を組み付けたりする講師の手つきや身のこなしにも、たびたび感嘆の声が上がっていた。実際に作業を体験してみると、これらの作業は想像以上に難しい。講師が軽々と持ち上げてみせた部品も、新入社員たちが持ち上げようとすると持ち上がらないのだ。「このクランクシャフトは18キログラムあります。私が入社したばかりのときは、これを1日1000個、持ち上げていました」といった話を聞くと、高度経済成長をけん引していた頃の活気あふれる「モノづくり」現場が目に浮かぶ。

■エクセルではわからなかったクルマ一台の重み

新入社員たちは、この研修で何を感じたのだろうか。企画部で海外の需給状況の調整をしているという新入社員は、「いつもは車一台一台が、エクセル上の数字でしかなく、どこかリアルに感じられないところがありましたが、今日は実際に手でつくっていくことで、一台の重みを感じました」と話していた。ほかに、「実際に作業することでエンジンに愛着がわいてきました」「講師の先生はエンジンのことを何でもご存じで、すごいですよね」といった声も。中には「ネジの発注をする部署にいるが、どう使われているか初めて知った」と話す新入社員もいたという。

トヨタでは用具一つひとつを決まった位置に出し入れしている。新入社員研修でも、このことが徹底されていた。

実際にこの研修を見学した中原准教授は、「実際に手を動かし、『モノづくり』を体感するこの研修で伝えようとしているのは、『エンジンの組み付け方』や『エンジンの構造』といった知識だけではない。むしろ熟練工である講師を通じて、トヨタの競争力の源泉である『現地現物』『現場』『ものづくり』の大切さといった価値や理念を伝えようとしているのではないか。その背景には、オートメーション化によって、製造工程がブラックボックスとなり、大切にしてきた『モノづくりの現場』が急速に失われつつあることに対する危機感があるのだろう」と話す。

新入社員たちがこの研修を受けたことで、すぐに何かが変わることはない。しかし、自らの手でエンジンを組み付けた体験は身体のどこかに記憶され、未来のトヨタを支える“一本のネジ”となっていくことだろう。

(ライター 井上 佐保子 的野弘路=撮影)

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