「日本代表選手」は選考者のエゴで決まるのか
プレジデントオンライン / 2016年8月1日 6時15分
■代表選考を巡るトラブル
リオデジャネイロ五輪が迫ってきた。
日本が送り込む選手団は総勢331人(7月19日現在)。派遣選考レース、競技会は長い間かけて行われてきた。つまり、331人分の選考ドラマがあったわけだ。
「選考に備える努力」は前回五輪(選考会)が終わった瞬間から始まっている。正味4年間を費やしているのだ。代表選手は、その年月が正当に評価されたが、その他の選手の中には正当に評価されなかったため、代表入りを逃したケースもあるかもしれない。
今回レポートするのは冬の競技に関することである。アスリートたちが戦っているのは、レースだけではないことがよくわかる事例となっている。
去る6月27日、女子スケルトン選手の4名が連名で「日本ボブスレー、リュージュ、スケルトン連盟」を相手取り、日本スポーツ仲裁機構に申し立てを行った。
その内容はこうだ。
今年の秋以降のワールドカップなどを含む海外派遣試合の選考レースのひとつが8月の上旬に行われるが、この大会は例年だと9月の開催だった。ところが、その変更は連盟からは一部の選手にしか通達がなかったという。
実は、実績のある3名の選手は選考対象外とすることが決定されていて、選考レースは全選手平等に行われず、同じスタートラインに立っていない状況だったことになる。
代理人の岡村英祐弁護士は記者会見で次のような点を連盟に求めた。
●2016、17年の3人の選手を選考の対象選手から外すことの取り決め、決定の取り消し。
●申立人らが未だに選考対象の地位にあることの確認。
●選手選考の基準など、海外派遣事業計画の見直し。
■選考はヘッドコーチの主観で?
さらに、選考にはヘッドコーチの主観による人間力という概念の評価が加味されるのだという。
人間力とは何か。
精神的に強く、誰からも慕われ人間的に優れていることはスポーツ選手としては望ましい。しかし、それがコーチの意に沿う、言うことを聞くなど上の者に従う人間、ということも含まれているとしたら話が違う。
代表チームのいわばトップが「好き嫌い」によって選手を選ぶということだ。
言うまでもなく、選ぶ側の恣意的な要素が加味される不合理性はあってはならない。タイムで争うような競技の選手の優劣は数字で明らかになる。人間力なる曖昧な概念が加えられていいとは思えない。
最近、日本の五輪代表選考会では一発勝負が増えてきた。水泳は選考レースで基準タイムに届かないと1位になっても派遣されない。アメリカは以前からこの一発選考が行われていて、上位何名までがそのまま五輪代表となるかが決まっている。よって後からもめることもない。
日本のマラソンは複数レース選考型の典型だ。
数レースを行い、その中から総合的な判断で3名を選んできた。毎回、「私を選んで」と言う選手が現れてきた経緯があるのは皆さんご存知の通りだろう。
もちろんレースの天候だったり地理的条件だったりに左右される競技の特異性もあるだろうが、ほぼ毎回もめている。
選考でもめるケースはなぜ、もめるのか?
簡単に言えば、情実が入るから、だろう。連盟の上層部の所属団体の選手、教え子とか、過去に実績のあるコーチや英雄的な人物の息のかかった選手だとか。
いかにも人間臭い世界だが、こうしたゴタゴタはスポーツ界だけに限らないだろう。企業の中でも見受けられることだ。
例えば、プロジェクトチームのメンバーに実績のある社員が適材適所で加えられず、上司の好き嫌いで抜擢されない、といったケース。
人事異動の一部は上司の情実で成立するとは言い過ぎだろうか。
上の言うことに対して文句を言わずやる者は使いやすいと重宝されるが、イエスマンの集団は上がコケれば、自分たちも一緒にコケる運命。同族会社、カリスマ経営者が居座る企業にありがちだろう。言いたいことの言えない風通しの悪い組織はどの道、滅びる。
■選手に対するセクハラ・パワハラ
さて、前出の申し立てを行った4人のスケルトン選手の中の年長者である中山英子選手はこう言う。
「私は選考で不当な扱いを受けてきました。体も壊しました。不明瞭な選考では競技にも集中できません。一部の強化責任者の意向が強く反映され恣意的な運営が行われました。選考レースが変更された理由の説明もありませんでした。問い合わせをすると、文句を言う人間、というレッテルを張られ、さらに遠ざけられてきていると感じます」
話を聞けば、トリノ五輪(2006年)以降、強化責任者とコーチの2人に権力が集中し、その他のスタッフが連盟を去っていったという。よってバンク―バー、ソチなどは強化責任者とコーチ所属のチームから選手が派遣された。その後、その他の選手には海外での滑走練習をするためのライセンスさえ発行してくれないこともあったそうだ。
さらに、件のコーチはセクハラ黙認が問題(2013年夏)になってスケルトン女子のコーチを外されたという。
監督、コーチに意見する人間はいなかったようだ。
「女子選手に対して放置状態で連盟も見て見ぬふりを何年も続けていて、これでは強化にならない」と関係者はいう。
コーチによるパワハラは恒常化していたようだ。女子選手に「ちょっといい成績だったからといっていい気になるな」というくらいなら叱咤激励だが、「練習でできたことがレースでできないなら意味がない。辞めた方がいい」と大会中に怒鳴ることもあったという。
そして、悔しくて泣いた選手に向かって「女は泣くからダメなんだ」と追い打ちをかける。また、別の選手は常習的なパワハラ言動に鬱になったという。
■水泳・千葉すず選手の場合は……
今回のスケルトン以外の競技では、過去にも選手が選考を不服として国際裁判所に仲裁を申し出たケースがある。
シドニー五輪の時の水泳・千葉すず選手だ。
選考レースで国際標準記録を破ったが、日本代表には選ばれなかった。この時、裁判所は、千葉すずの訴えは全面的には認めなかったが、日本水泳連盟の派遣の決定は曖昧さがあるとして、裁判費用の一部を連盟が負担するようにという判決を出した。
当時、千葉は言いたいことは言う、「歯に衣着せぬ物言い」の選手として、連盟などにとって、やっかいな人物だったようだ。また、練習拠点をカナダにしていたことも当時は異色だったかもしれない。
また大会代表選考ではないが、2012年12月、女子柔道選手が監督から暴力、パワハラを受けた、とJOCに告発した事例がある。
この時はロンドン五輪代表を含む15選手の連名だった。監督、コーチから合宿中、平手や竹刀での殴打や暴言が行われていた。
その後、監督が辞任したが、選手は「監督の辞任だけでは問題の解決にはならない。パワハラを行ったのは園田監督だけではないですよ」と怒りは収まらなかった。
代理人は「なぜ指導者の側に選手の声が届かなかったのか、選手、監督・コーチ、役員間でのコミュニケーションや信頼関係が決定的に崩壊していた原因と責任が問われなければならない。
強化体制や、その他連盟の組織体制の問題点が明らかにされないまま、ひとり前監督(園田氏)の責任という形をもって、今回の問題解決が図られることは決して私たちの真意ではありません」と全柔連に指導体制の抜本的な見直しを求めた。
■弱者が泣き寝入りする場合が多い
今回のスケルトン選手の代理人を務める辻口信良弁護士は会見で次のような主旨の訴えをした。
<スポーツは「する」「見る」「支える」という3つの要素があって、それがトータルでスポーツ文化だと理解している。その中で一番大事なのは「する人」。「アスリートファースト」だ。今回、相手方になる連盟は「支える」側だ。そこにはガバナンス、コンプライアンスが求められる。支える企業は選手たちが言いたい事をきちんと言える環境づくりをすることが非常に大事なことだ。それが選手の「自立」ということにつながり、スポーツを真に文化にすることにもなる。
以前、全柔連の事件を担当したが、この時も、選手はスポンサーや所属企業に対しての配慮、会社への気持ちを忖度する中で、自分の名前を出しにくい、出したくないという切実な悩みを聞いてきた。自分の意見を言えないということは残念なことだと思う>
最近は内部告発者を守る制度も整備されてきたが、まだまだ弱者が泣き寝入りする場合が少なくないだろう。平等な権利を与えられ、自分の意見を余すことなく言えて、社会に役立てられる。快適な生活を送る、楽しい時間を過ごすという、そんな普通の日々でありたい。
今回、中山選手たちによる提訴で評価できること。それは、勇気を振り絞って理不尽さに声を上げたということではないだろうか。組織の中で、理不尽不条理な状況に直面したとき、それに正面から立ち向かおうとすることはそれほど簡単なことではないのだ。
なお、今回日本スポーツ仲裁機構に申し立てをされた同連盟は選手への書面での回答で「選考は厳正に行われている」としている。
(フリーライター 清水 岳志)
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