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ここがスゴイ! 「孫正義の英会話」大解剖

プレジデントオンライン / 2016年9月16日 6時15分

西任暁子氏

アメリカ市場に本格進出するソフトバンクの強力な武器は孫社長の英語力。ちょっと聞くと単なる「日本人の英語」だが、なぜアメリカ人の心に響くのか?

■本筋とは無関係のようで大切なこと

孫正義はいま月の半分ほどをアメリカで暮らし、アメリカ市場の開拓に取り組んでいるという。通信業界関係者や、一般のビジネスマン向けに英語でスピーチする機会も少なくない。あらゆる業種で国内から海外市場へ成長の軸足を移す動きが続いているが、社長自ら海外に駐在し、英語でトップセールスを繰り返す例はさすがに珍しい。しかも、孫の場合は「英語のプレゼン」が着々と成果を生んでいる。

孫の英語はどこが凄いのか。プレジデント編集部はアメリカにおける孫の最新英語スピーチを分析し、その秘密に迫った(詳細は文末参照)。指南役は、スピーチコンサルタントとして経営者や第一線ビジネスマンに実践的な話し方を教える西任暁子と、NHK国際放送のリポーターとして活躍するアメリカ生まれの英語ナレーター、ジョン・ドーブだ。

第1のポイントは、いかに聴衆の興味を惹きつけるか。西任は、スピーチのなかで孫が語るパーソナル・ストーリーに着目する。

「孫さんはスピーチのなかで、自分自身の生い立ちについて触れていますね。このような個人的なストーリーを英語ではAnecdote(アネクドート)といいます。一見、本筋とは関係ないように見えますが、実は聴衆の共感を得るうえでとても大切です」

なぜなら「聞き手は、基本的には自分に関係のある話しか進んで聞こうとしません。『彼のストーリーはマイ・ストーリー』と感じてもらえるアネクドートで聴衆の興味を引き寄せ、関係性を構築したうえでビジネスの話をする。そうすれば、聴衆はビジネスの話にも好意的に耳を傾けてくれるようになるのです」。

しかも孫のアネクドートは必ずしも輝かしいものではない。韓国系の貧しい家庭に生まれ、苦労をしながらアメリカへ留学したことを述べている。それがかなりの効果を挙げているのではないか、と西任は分析する。

「ほとんどのアメリカ人は『純粋なアメリカ人』ではありません。多くの人は移民であるか移民の子孫です。だから、韓国からの『移民』であるという孫さんは、それだけでアメリカ人の共感を得ることができるのです」

ただ、孫のアネクドートはだいたいスピーチの終盤に登場する。アネクドートの役割は聴衆の興味を惹きつけること。だとしたら「本当はスピーチの冒頭部分で話すほうが効果的」(西任)なのである。

■話し言葉を印象付けるには

第2のポイントは、話の内容にどうやって説得力を持たせるか。それには話し手の「自信」が伝わることが大事だとドーブは力説する。

ジョン・ドーブ氏

「孫さんのスピーチからは、彼自身の生き方や、扱っている製品に対する強い自信が伝わってきます。聴衆は孫さんを単なるスピーカーではなく『ソフトバンクの象徴』『ビジネスそのもの』と見ています。その人が自信を持っていなければ説得力がありません」

話し方からくる印象もさることながら、Vocabulary(語彙)が豊富であることも「ビジネスへの自信」を強く印象付けるという。

「孫さんは原稿を見ることもせず、自分の言葉でビジネスを細部まで力強く説明します。これは素晴らしい。なかでも驚くのは技術用語の豊富さです。『この人はITの専門家だ』『ビジネスをよく知っている人だ』という印象を与える語彙力です。それによって、聞き手は孫さんがビジネスを人任せにせず、自信を持ち、情熱を傾けて取り組んでいると感じます」

第3のポイントは、強調したい点を際立たせるやり方だ。西任は孫がキーワードを2回、3回と繰り返していることに着目する。

「書き言葉と違って話し言葉は、あっという間に消えてしまいます。ですから、重要なポイントは繰り返し言わなければ相手の記憶に残りません。一度言っただけではだめなのです。1回目は『hear it』、つまり音として聞き取ります。2回目は『listen it』、聞いて内容を理解する。3回目にしてようやく『know it』、腑に落ちるようになるのです。その点、孫さんはスピーチのなかで特定の言葉を何度も繰り返していますね。たとえば『structurally partner』『strong commitment』『fight back』。こういった言葉は、聞き手の印象に残ります」

ただし、聴衆の心に強い印象を残すには、「tone(トーン)が決定的に大事です」とドーブは厳しい顔をする。ここからが第4のポイントだ。

ドーブが言うトーンとは、声の抑揚や音域、沈黙のタイミング、間の使い方のこと。その意味でドーブが「素晴らしい」と称賛するのは、2020年オリンピック招致の際の日本チームのスピーチだ。日本人の多くは抑揚が大きすぎると感じたはずだが、グローバルの場で相手にメッセージを届けるには、あのレベルが必要だとドーブは言い切る。

「多少発音が悪くても、パッションが伝われば中身は聴衆にきちんと届くのです。オリンピック招致のプレゼンでもおわかりのように、スピーチでは発音以上にトーンが大事です。ところが孫さんのトーンは、まるで大学教授のように一本調子。英語の発音はきれいで、話すスピードも遅すぎず速すぎず、耳で聞いたことを脳に処理していくのにちょうどよい速さ。でも、あのように一本調子では、長く聞いているうちに飽きてしまうかもしれません」

ソフトバンク=写真

私のような日本人が聞くと、孫のスピーチにはほどよい抑揚もあり、聞き心地がよいと思えるのだが――。

「でもアメリカ人はそう感じません。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのスピーチからは情熱が伝わってくるでしょう? そこに豊かなトーンがあるからです。聴衆はトーンに引き寄せられるのです。大学教授の一本調子のトーンでは、それができません」

ドーブが指摘する孫スピーチのもう一つの欠点は、「フレーズの短さ」。

「英語では『choppy』といいますが、孫さんのスピーチは、ぶつぶつと途切れてしまっています。英語に比べて日本語は抑揚もなく、音域も狭いので、日本語の呼吸法は英語に比べて浅い。浅いまま英語を話そうとすると、音域が広がらず、呼吸も続かない。だから文章を短く切ってしまうことになり、結果として、聴衆には聞き取りづらくなるのです。孫さんにアドバイスするとしたら、意識してフレーズの長いパートをいくつかつくり、大波にしたり小波にしたりして変化をつけるといいと思います。リズムがあると人の心が一緒に動いて、スピーチについてきてくれます。音楽と同じなのです」

■ジョブズのようなヒーローを目指せ

第5のポイントは接続詞。これも修正点だ。西任が指摘する。

「接続詞に『so』や『but』がとても多いのが気になります。ほかの接続詞を用いて、バリエーションをつけたほうがいいでしょう」

たとえばテキサス州サンアントニオでの16分のスピーチでは「so」を実に19回も使用している。「これだと話の方向性が見えないので、聞き手は不安を感じます。『so』の代わりに『to start』『first of all』『after that』『in addition』『additionally』『at the same time』『moreover』『likewise(同様に)』といった接続詞や表現を用い、話の方向性を明確にするといいでしょう。順接か逆接かの区別をするだけでもずいぶん違います」。

スピーチの場にはそぐわない慣用句が使われているところもある。

「それは『blah,blah,blah』というフレーズです。女子高生や主婦が使う言葉で、アメリカ人はビジネスの場ではまず使わない。孫さんに限らず日本人のCEOはオフィシャルな場でも使っているようですが、『えっとねー、あのねー』と言っているような幼稚な印象を与えてしまうので、今後はぜひ避けてほしい」(ドーブ)

ファッションについても触れておこう。今回参照した2つのスピーチでは、孫はブラックスーツにネクタイというフォーマルなスタイルだった。

しかし「スピーチの内容からすると、孫さんは聞き手の人たちと『つながりたい』と思っている。だったら、スティーブ・ジョブズがそうしたように、タートルネックを着るとかドレス・ダウンするといい」(同)。

なぜなら「アメリカではCEOというと高い報酬をもらっているのに責任逃れをする悪い人、というイメージがあるけれど、ジョブズみたいな人は例外で、ヒーローだと思われている。孫さんもジョブズを目指していると僕は感じる。だったら、カッコよくドレス・ダウンするべきだ」(同)。

もっとも、西任とドーブが声をそろえるのは「CEOという立場の人が人前に出てきて、母国語ではない英語で自信を持って語りかけることは途方もなくいいこと」。トーンや接続詞や慣用句の使い方に気を付け、ファッションにも目配りをすればジョブズのようなヒーローになることは間違いない。私もそれを期待したい。(文中敬称略)

※今回参照したのは、孫氏が2014年3月に首都ワシントンとテキサス州サンアントニオで行った2つのスピーチ。ソフトバンクは13年に大手キャリアのスプリントを買収し、アメリカの携帯業界に参入した。スピーチではその背景と意義を語るとともに、孫氏自身の日本での経験などを吐露した。ワシントンでのスピーチは1時間ほど、サンアントニオでのスピーチは16分ほど。スピーチの映像はソフトバンクがネット上で公開している。http://www.softbank.jp/corp/irinfo/presentations/2013#18980

(ジャーナリスト 野崎 稚恵 ミヤジシンゴ=撮影 ソフトバンク=写真 指南役:西任暁子=スピーチコンサルタント/ジョン・ドーブ=英語ナレーター)

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