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トランプ大統領で世界は「ポピュリズム化」する

プレジデントオンライン / 2016年11月11日 15時15分

写真=ロイター/アフロ

メディアや調査会社の事前調査では、ヒラリー優勢が8割を超え、ほとんどの人がヒラリー勝利を疑わなかった。では、なぜトランプは予想を大きく覆して「革命的な勝利」をおさめることができたのか。「戦うこと、攻撃すること」でトランプは、ますます強くなったのではないか。トランプ大勝利の背後に隠れた真実に迫る。『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社刊)からの抜粋です。

■「忘れていた怒り」を上手に票に変えたトランプ

トランプは、移民排斥の傾向をうかがわせる発言でたびたび物議を醸した。有名なのは、メキシコとの国境に移民の侵入を妨げる壁をつくれ、との主張である。彼はこの発言を何度も繰り返し、果ては「壁建設の費用をメキシコ政府に出させる」とまで言い出した。彼は2015年の著書『傷ついたアメリカ』でも、以下のような訴えを展開している。

 何度でも言わせてくれ。いずれにせよ、メキシコはその費用を払うべきだ。いかにして? 入国に関する様々な料金を上げればいい。短期ビザの取得手数料を上げればいい。不法労働に基づく収入を送金する際に没収することだってできる。

直截的で攻撃的な彼の言動に、良識ある米国民は顔をしかめた。

しかし、一部の米国民は喝采を送った。トランプは彼らの目に、忘れていた怒りを久々に取り戻してくれる人物として映ったのである。

怒りは、人生にとって重要な要素である。怒ることによって、人々は若返る。敵を見いだすことによって、自らのアイデンティティーを再確認する。仲良く付き合い、共存するだけでは、世の中は随分つまらない。戦うことで、攻撃することで、個性も、文化も、国家も生まれてきた。

米国とメキシコ、カナダの三カ国は関税障壁を廃止する北米自由貿易協定(NAFTA)を締結しているのに、勝手に関税をかけるとどうなるか。ビザ取得や入国を困難にすることによって、両国の貿易にどんな影響があるか。トランプが主張する政策は、現実の世界では疑問だらけである。しかし、そのような実務的な問題は、トランプにとってどうでもいい。肝心なのは、メキシコを敵と定め、敵と味方との間に壁をつくると宣言することだ。そうすることで、現代の社会が置き去りにしてきた敵愾心や闘争心を回復できる。自らと一緒に戦う人々を集めることができる。

■フランス右翼ポピュリズム政党党首ルペンの口癖

移民攻撃は、何もトランプに限らない。むしろ、欧州のポピュリストが十八番としてきた手法である。

『ポピュリズム化する世界』(国末憲人・プレジデント社刊)

フランスの右翼ポピュリズム政党「国民戦線」は、移民排斥を主張の中心に置いている。現在の党首マリーヌ・ルペンも「フランスで最も重要なテーマは移民である」と、口癖のように繰り返す。

欧州で2015年から深刻化した難民危機は、彼らの主張をより際立たせることにつながった。

地中海を渡ってくる難民の数は、北アフリカや中東諸国での民主化運動「アラブの春」が進展した2011年頃から急増していたが、シリアでの内戦が激化した2015年に入り、エーゲ海をトルコから渡るルートが定着し、欧州内でも政治社会問題と化した。シリアでの内戦を止められず、逆に介入して拡大を促した責任の一端は、確かに欧米諸国にあった。だとしても、そこから流れ出る何十万人という難民を引き受けるには、欧州は脆弱すぎた。

欧州の大陸に上陸した多数の難民たちは、ドイツや北欧を徒歩で目指した。その映像がテレビにあふれた2015年9月5日から6日にかけて、フランスの右翼ポピュリズム政党「国民戦線」は南仏マルセイユで「夏季大学」を開いた。夏季大学は、フランスの各政党が長いバカンス明けの9月初めに開催する政策論議の集会である。

私がのぞいたその会場では、党首のマリーヌ・ルペンが、壇上から熱弁を振るっていた。

「恐怖の移民危機が日に日に重症化しています。難民申請を口実にした不法移民は、以前からまかり通ってきたのです。もう、一人たりとも入国させません」
「難民問題にも、利点はありました。私たちの長年の訴えが正しかったと証明したからです。移民問題に関して、『国民戦線』の主張はフランス人の羅針盤となっているのです」

他の弁士の多くも、経済や外交の小難しい政策論議よりも、わかりやすい移民排斥の訴えに時間を割く。これを機に人々の恐怖心をあおり、党勢拡大に結びつけようとする戦略が、透けて見える。

難民に対してどれほどの財政負担がかかるのか、といった実務的な問いかけは、ここで大した意味を持たない。「とにかく大変だ」と不安をかき立てることが重要なのである。

人々が抱く不安が増殖する空間に、ポピュリストは生息している。

難民や移民がプラスかマイナスかは、大いに議論のあるところだ。経済界には歓迎する声が根強い。先進国はどこも少子化に悩んでいる。難民は、計算できる労働力なのだ。今回欧州を目指したシリア難民らの多くは渡航費用を捻出できた比較的裕福な層であり、高等教育も受けて、即戦力として期待できる。しかし、そうした現実や詳細に、ポピュリストたちは踏み込もうとしない。

■気迫に引きずられて攻撃に加わる市民

トランプやルペンが目立つことから、「ポピュリスト」とはすなわち「反移民」政策を掲げる人物だと受け止められがちだ。しかし、それは大きな間違いである。彼らの目的は、基本的に政策にはないからだ。もっと手前の、政策以前の場所で感情に訴えかけるのが彼らの得意技である。その結果、人々が難民を「敵」と見なせば、彼らの目的は達成されるのである。

それに、ポピュリストが常に移民を標的としてきたわけでもない。フランスの国民戦線を例に取ると、「反移民」を前面に出すようになったのは1980年代も半ばになってからであり、1972年に創設されたこの政党の初期の資料を見ると、移民のことなど何も問題にしていない。この政党は結党から10年ほどの間、戦う相手として共産主義とソ連を選んでいた。当時、西側社会にとってソ連はわかりやすい敵であり、移民以上に恐怖を与える存在だった。逆に、移民は経済発展を支える有り難い人々として歓迎されたのである。

ソ連であれ移民であれ、敵を定めて突進するポピュリストの特性を、ここでは仮に「ドン・キホーテ症候群」と名付けてみたい。スペインの国民作家セルバンテスが描くドン・キホーテは、風車を敵と定めて突進する。彼の意識の中で、風車は巨人が姿を変えたものであり、打ち倒すべき敵となっていた。現実には、風車は風車である。単なる風車をいかに手強い敵として描けるかは、ポピュリストの才能次第なのだ。

端から見ると、ドン・キホーテの振る舞いは、どうしようもない滑稽な姿に過ぎない。しかし、その気迫に引きずられて攻撃に加わる市民もいるのである。攻撃される風車にとっては、たまったものではない。

(朝日新聞GLOBE編集長/青山学院大学仏文科非常勤講師 国末 憲人 ロイター/アフロ=写真)

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