トランプ、「逆張り」の選挙戦略
プレジデントオンライン / 2017年1月19日 9時15分
なぜ“泡沫・暴言候補”トランプは大統領選に勝利できたのか? この連載では、「現代マーケティングの父」フィリップ・コトラーの政治マーケティングフレームワークに当てはめながら、トランプの選挙マーケティングについて解説する。今回は大統領選を勝ち抜くためのマーケティング戦略、ブランディング戦略について考える。
■ターゲットは「怒れるサイレント・マジョリティー」
セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングとは、市場を同じような購買志向をもった顧客グループに分解し(=セグメンテーション)、市場のなかで自社が狙うべきセグメントを特定し(=ターゲティング)、顧客の意識のなかで自社の商品が独自の地位を占めるようにすること(=ポジショニング)である。
これらの3つのプロセスを繰り返し行い、内部・外部環境分析の結果に最も合致した最適なターゲットとポジショニングを策定することが、政治マーケティングにおいては狭義のマーケティング戦略とされるくらい重要なポイントである。
大統領選挙におけるセグメンテーションの手順は、図1で示される。有権者全体のマーケットを政党別支持者層で分類する第1次セグメンテーション、それを受けて通常の商業マーケティングのように、人口動態などのデモグラフィック要因、有権者の行動パターン、心理パターンなどでさらに分類する第2次セグメンテーションに大別される。
また図2は、第2次セグメンテーションのなかでも、人種・民族という視点からセグメンテーション・ターゲティングを行ったもので、今回の大統領選挙においてトランプ陣営が中核に据えたものの1つだ。
トランプは、「現状に怒りや不満を抱くサイレント・マジョリティー」の典型として、白人労働者層をメインターゲットに置いた。そして、同じ感情を抱く共和党地盤の白人層全般、男性層、さらには無党派層が多いとされる中間所得層の取り込みを図った。
第2次セグメンテーションのなかでも、州という視点からセグメンテーション・ターゲティングを行ったものが図3だ。トランプ陣営の戦略の中核を成すものである。
選択と集中を戦略の要にしたトランプ陣営は、特にスイングステートと呼ばれる激戦州での勝利にこだわった。トランプの勝利の重大要因として、衰退した工業地帯である「ラストベルト(錆びた一帯)」4州(ペンシルバニア州、オハイオ州、ミシガン州、ウィスコンシン州)を攻略し、白人労働者層を支持者として取り込んだことが指摘される。彼らは今後のトランプ政権のコア支持層であり、政権運営マーケティングでも重要なステークホールダーになると考えられる。なお、ミシガン州はトランプが白人労働者への支持拡大を狙った最重要州の1つであり、側近のピーター・フークストラ氏は私にも、共和党候補が同州で勝利したのは1988年以来のことであると強調した。
■泡沫候補が勝ち進むための「逆張り」戦略
ここまでを踏まえると、トランプのポジショニング戦略は以下のようにまとめることができるだろう。
◆ターゲットは「現状に怒りや不満を抱くサイレント・マジョリティー」
◆スローガンは「旧き良き時代」を羨望する層に向けた“Make America Great Again”
◆シンプルで明快な対立軸を立てる
―「変化vs.現状維持」
―「正直・本音vs.偽善」
―「暗いvs.明るい」
―「怒りvs.喜び」
雇用創出、減税、インフラ投資、移民政策など過激でわかりやすい政策を掲げてきたのは、これらのターゲット層に強力に訴えかけるためだ。
選挙戦でトランプ陣営は、L-P H-T戦略というターゲット戦略を使ったと言われている。これは、Low-Propensity High-Trumpの略だ。L-Pとは投票に行く確率の低い政治意識の低い人達、H-Tとは、トランプが選挙戦において演じていくキャラクター像(政治マーケティングにおけるポジショニング)に合致した人達のことだ。
つまりは、従来の選挙術がH-P、すなわち投票に行く確率の高い政治意識の高い人達をターゲットにしていたのに対して、トランプ陣営は、泡沫候補の段階から勝ち進んでいくための選挙戦略として、「逆張り」を行ったのだ。トランプ自身はこの表現をあえて使わないが、「サイレント・マジョリティー」とはまさにこの層のことを指す。
■「正直で、変化に強いリーダー」と思われたい!
政治マーケティングにおけるブランディングの中核とは、有権者のハートとマインドにシンプルで明快なポジションを、ライバルと対比しながら自らに有利となるよう描いていくことである。米国のマーケティング実務において多用される“ハートとマインド”というキーワードは、心臓と脳を意味する。論理的に納得感を高めるとともに、有権者の感情や潜在意識に深く刺さることが求められるのだ。
トランプの政治マーケティングの全体構造をまとめたものが図4である。トランプがブランディングで最後まで強くこだわったのが、自らを「正直・率直×変化」の強いリーダーとして、有権者の意識・潜在意識(ハートとマインド)にプロットすることだったと考えられる。図4の真ん中にある「ポジショニング・マップ」では、数ある対立軸のうち「変化vs.現状維持」、「正直・率直vs.偽善」の掛け合わせが見られる。
このポジショニング・マップを心理的武器として、図5で示されるようなベネフィットや価値を、有権者に提示しようとしたものと観察される。
◆「自分が好む価値観が取り戻せるかも知れない」「生活が今よりも楽になるかも知れない」「雇用が増えるかも知れない」「税金が安くなるかも知れない」という機能ベネフィット
◆「現状への怒りや不安をわかってほしい」「現状への怒りや不安を代弁してほしい」「現状への怒りや不安を代りに吠えてほしい」「うれしい・たのしい・元気になる」という情緒ベネフィット
◆「もっと強くあってほしい」「変化してほしい」「今よりはもっとよくなってほしい」という価値やインサイト
ドラルド・トランプという名前や“Make America Great Again”というスローガンを目にする度に、これらの価値やベネフィットを有権者に想起させることこそ、トランプの政治マーケティングの最重要ポイントの1つであろう。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、オランダABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)、東京医科歯科大学医療経営学客員講師、グロービス・マネジメント・スクール講師等を歴任。著書に『ミッションの経営学』など多数。
http://www.rikkyo.ac.jp/sindaigakuin/bizsite/professor/
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(立教大学ビジネススクール教授 田中 道昭)
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