トランプ支持者が特定メディアを見る理由
プレジデントオンライン / 2017年3月21日 9時15分
トランプ支持者とクリントン支持者では見るメディアが異なる!?――トランプの選挙前後の戦略からSNS時代の主要メディアの在り方を考える。
■トランプのメディア戦略の本質
トランプが主要メディアとの対立を先鋭化させている。もともと大統領選挙戦中から主要メディアとは対立してきたトランプではあるが、最近では主要メディアの報道をフェイクニュースであると激しく罵ったり、メディアとの定例の夕食会にも欠席したりするなど対立を深めている。
筆者は、トランプが主要メディアと対立してきているのは、実際には冷徹な政治マーケティングに基づいたストーリー戦略によるものであると考えてきた。
トランプが選挙戦中から採用してきたのは「チャレンジャー型」ストーリー。熱烈な支持者とともに「強力な敵」や「困難な障害」に立ち向かう主人公の物語である。「強力な敵」とは選挙戦中はヒラリークリントン。大統領就任後の2017年1月20日以降はイスラム過激派テロ組織。そして「困難な障害」とはトランプを強烈に批判する主要メディア。実は、トランプが過激な発言をして、主要メディアがそれに激しく批判すればするほど、コアな支持層はますますトランプ大統領を支持するようになっているのだ。
ここで、連載の前回「トランプのメディア戦略から読み解くフェイクニュースの恐ろしさ
」で述べた、政治マーケティングにおけるソーシャルメディアの重要性という文脈のなかからトランプの主要メディアとの対立を見てみると、トランプのメディア戦略がようやく理解できるようになってくる。
つまりは、トランプのメディア戦略とは、「自らのツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディア×主要メディア」という構造なのであり、前者の「自らのツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディア」はコア支持者層の支持を集める中核的部分、後者の「主要メディア」は自らのソーシャルメディアを拡散するための手段と位置付けられるのではないだろうか。
すなわち、主要メディアや主要メディアとの対立が、トランプに利用されているのである。最近の有権者は政治のニュースをソーシャルメディアで見ることが多い。そして自分が信頼する友人がソーシャルメディアでシェアしていたマスメディアのニュースには注目する。SNSがここまで影響力をもつようになったからこそのメディア戦略なのだ。
■トランプ支持者層・反支持者層が見ているメディアに関する調査結果
ここでPewResearchのメディアに関する調査結果を紹介したい。2017年1月18日に発表されたもので、前年の大統領選挙期間中に有権者がどのようなメディアを見ていたのかを調査したものである。
◆全有権者を対象とした場合
1位:FOX(19%)、2位:CNN(13%)、3位:フェイスブック(8%)
◆トランプ支持者を対象とした場合
1位:FOX(40%)、2位:CNN(8%)、3位:フェイスブック(7%)
◆クリントン支持者を対象とした場合
1位:CNN(18%)、2位:MSNBC(9%)、3位:フェイスブック(8%)
※FOXは、アメリカのニュース専門放送局。1996年開局。メディア王のルパート・マードック所有のニューズ・コーポレーション(現21世紀フォックス)が、当時NBCの経営者ロジャー・アイレスを社長にして設立。
※CNNは、アメリカのケーブルテレビ向けのニュース専門放送局。1980年開局。タイムワーナーグループ傘下のターナーブロードキャスティング・システムが所有。
※MSNBCは、アメリカ向けのニュース専門放送局。1996年開局。放送ネットワークNBCとマイクロソフトが共同で設立。
上記の調査結果で注目すべき点は、トランプ支持者とクリントン支持者で見ているメディアがかなり異なること、トランプ支持者は主要メディアのなかでは数少ないトランプ擁護派であるFOXをよく見ているものの、トランプが対立を先鋭化させているCNNは2位とはいえ8%とあまり見ていないこと、そして連載の前回「トランプのメディア戦略から読み解くフェイクニュースの恐ろしさ」で、政治マーケティングの権威であり、共和党系の最有力な選挙マーケティング団体「アメリカンマジョリティー」のネッド・ライアン会長が指摘していた通り、主要メディアを押さえてのフェイスブックの重要性である。有権者全体で見ても、フェイスブックは、4位:ローカルTV、5位:NBC、MSNBC、ABCをおさえて3位となっている。
なお、今回のPewResearchの調査対象には含まれていないが、トランプ支持者層の間で存在感を増しているのが、アメリカのオンラインニュースサイトであるブライトバートだ。ブライトバートは急速に人材も拡充し、ホワイトハウスにも人材を送っている。極右メディアと見られているが、最近では記事によっては優れた論考で一般の注目を集めているものも少なくない。ホワイトハウスがウェブサイトで発表した簡単な内容を詳しく説明するような機能まで果たしている。ブライトバートについては、2017年2月11日から2月26日までの米国出張において、同社の複数の記者ともコンタクトをもつことができたこともあり、今後の連載で別途詳述していきたい。
■「右脳×左脳」のコミュニケーション戦略とは
米国において政治・経済・社会・技術などが急速に変化しているなかで、民主主義の根幹を担う報道の自由や知る権利自体もその在り方が問われているのではないか。それが本稿における最大の問題意識であった。ここで主要メディアが考えなければならないのは、どうしてトランプがコア支持者層から「受けている」のかということをきちんと整理しておくことである。
人はシンプルで明快なストーリーを提示されないとなかなか簡単には動かないものだ。物事が複雑なままでは多くの人は、自分がどのように考えたらいいのかわからない。
そこで「単純明快×共感」という右脳と左脳の掛け合わせによるシンプルで明快な構造を打ち出していくことが、コミュニケーション戦略として重要となる。
人間の左脳は、ロジックや論理性をつかさどっている。左脳に対しては、シンプルで明快なロジックで物事を説明してあげることで納得感が生まれてくる。いわゆる「腑に落ちる」という感覚である。この感覚が生まれてくると、人は自発的に行動しようとする意欲が湧いてくる。トランプは、例えば経済政策においては、TPPという一般の人に説明が難しい政策よりは、「メキシコ・中国・日本が米国の労働者の仕事を奪ってきた」と保護主義を掲げた。側近によると、トランプもTPPの米国に対するメリットを理解していないわけでは決してなく、その方が一般の人にはシンプルで明快でわかりやすいからTPP離脱を表明したという側面が大きいとのことである。
一方で右脳は、クリエイティビティーや感情をつかさどっている。右脳に対しては、シンプルで明快なストーリーで説明してあげることで共感が生まれてくる。共感が生まれてくると、人は自分のためだけではなく、共感を持った相手や他の人達のためにも頑張ろうという意欲が湧いてくる。
トランプは、コア支持者層が長年にわたって感じてきた「現状への怒りや不安をわかってほしい」「現状への怒りや不安を代弁してほしい」という気持ちに強い共感を示してきた。さらには単に共感するだけにとどまらず、コア支持者層の「現状への怒りや不安を代りに吠えてほしい」という切望をまさに代わりに叶えてきた。これが、トランプがコア支持者層から「受けている」理由なのである。それは、「自分自身で納得していることなのでトランプのために頑張ろう」という意識と、「自分が共感したことなのでトランプのために頑張ろう」という意識とが掛け算になっているから強力なのである。
■問われるメディアの在り方とグランドデザイン
是非はともかくとして、ソーシャルメディア時代が到来し、さらにはスマホの浸透に伴ってさらに重要性を増している「単純明快×共感」という「右脳×左脳」のシンプルで明快な構造。
主要メディアがトランプの発言こそが事実ではないと批判を繰り返していても、すでに主要メディアに耳を傾けなくなり、そもそも主要メディアに目を向けることすら少なくなくなってきているトランプのコア支持者層。また、遠くの権威ある主要メディアよりは近くにいる友人が何を支持しているかをソーシャルメディアでウォッチしているのもトランプのコア支持者層。
国を統治する権力者に対してチェック&バランスを図るという報道の自由を象徴する、民主主義のラストリゾートであるべき主要メディア。
トランプのコア支持者層が主要メディアに対してきちんと耳を傾け、そもそもきちんと目を向けるように信頼を取り戻していくのは容易ではなさそうだ。それはトランプを支援するライアン会長の団体のような組織が、草の根運動的に地道な努力をオンライン×オフラインで積み重ねてきているからだ。
もっとも、既に多くのリサーチが示しているように、トランプの発言が必ずしも全て正しいわけではなく、余りにも単純明快であることを重視し過ぎているために、失われている価値が大きいのも確かだろう。
だからこそ、主要メディアには、ソーシャルメディアがここまで大きな力をもつようになった時代においても、政治・経済・社会・技術などの急速な変化して新たなグランドデザインから構築し直し、引き続き多くの有権者が報道の自由を守る要として期待するような存在であり続けてくれることを切望するものである。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。著書に『ミッションの経営学』など多数。
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(立教大学ビジネススクール教授 田中 道昭)
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