「バカ真面目な人」が介護で親を殺す衝動
プレジデントオンライン / 2017年5月27日 11時15分
■親を心から愛している。だから、親を殺す
介護によって精神的・肉体的、あるいは経済的に追い詰められ、要介護者である自分の親を殺すまでに至ってしまう――。『介護殺人 追いつめられた家族の告白』(新潮社刊)では、そうした事例について加害者の証言を交えて考察しています。プレジデントオンラインでは、3人のケアマネージャーに本書を読んでもらい、座談会を行いました。現在、介護の現場で働いている人たちは、こうした事例をどう読み、どう感じるのか。前回(http://president.jp/articles/-/21972)の続編です。
『介護殺人』を、Iさん、Sさんなど複数のケアマネージャーに読んでもらいました。Sさんは、「自分の担当家族でも起こり得ることで重く受け止めた」と言いつつ、「心中、殺人にまで至らないで済む手だてはあるのではないか、とも感じました」と語りました。
「この本の事例に登場する人(加害者)には、ある共通項があると思いました。真面目で実直。そして要介護者である親や配偶者に人並み以上の愛情を持っていることです」(Sさん)
真面目で情に厚い「いい人」はかえって……
真面目で実直、情に厚いというのは褒め言葉。つまり「いい人」です。しかし、介護では「いい人」であることがアダになることがあるとSさんは言います。
「真面目で情がある人ほど介護が始まると、すべてを背負い込み、完璧にやり遂げようとしてしまう傾向があるんです。でも、現実には完璧な介護なんて不可能。だからこそ介護保険があり、我々のような介護サービスの専門家がいる。そうしたサポートも含めて、ひとりで背負い込まない。そしてベストではなくベターを目指す。介護は、そのくらいの気持ちでした方がいいのです」
また、Iさんは「真面目な人は、世間にあまり迷惑をかけたくないという意識が強いような気がします。だから、追い詰められてしまう」と言います。
■「他人に迷惑がかかる」から認知症母を殺す
本書では「最も有名な介護殺人」といわれる2006年に京都で起きた事件もとりあげられています。桂川の河川敷で冬の早朝、認知症の母親(当時86)を一人息子(56)が殺し、自分もその後を追おうと自殺したが、死にきれなかったという事件です。
裁判ではそこに至ったいきさつや、心中を図る場面が明らかになり、多くの人が涙しました。が、Sさんはこの加害者(書籍では仮名で竜一と表現)こそ、真面目な「いい人」であるがゆえに追いつめられた典型だといいます。
竜一が追い詰められていく過程は、次のようなものでした。
家業を継いで友禅の染め物職人になったが、着物の需要が減り廃業。その後は電化製品の製造工などをした。1995年に父親が病死すると、母親に認知症の症状が出始める。1998年、リストラで職を失い、経済的苦境に陥る。その後、工場の派遣従業員になるが、母親の認知症は進行し、事件の1年ほど前の2005年春には仕事と介護に追われる生活が始まった。同年6月になると徘徊が始まり、「母を1人にしておくと他人に迷惑がかかる」と考え、派遣会社を休職。収入は母親の年金だけになった。
この時、福祉事務所に出向き、復職できるまで生活保護を受けたいと願い出たが「働けるのだから」と断られる。この状況では暮らせないため、9月に会社を退職。失業保険で3カ月をしのいだ。再度、生活保護の申請をしたが、今度は失業保険の受給を理由に断られた。生活資金が尽き、アパート(親族所有で家賃は月3万円)の家賃が払えなくなった1月31日、「もう、ここには住めない」と家を出た。そして一昼夜、車いすに乗った母親とともに思い出の詰まった京都の街をさまよい、2月1日早朝決行した。
真面目だから懸命に介護、会社も休職して行き詰まる
「本の記述だけでは、竜一さんが置かれていた状況は断片的にしかわかりませんし、どんな心理状態にあったかもうかがい知れません。ですから“こうしておけばよかったのに”などと軽々に語れないですし、彼を責めることもできません。ただ、同様の状況にある利用者さんにアドバイスする立場で言わせてもらえば、この悲劇は防げたと思います」
Sさんは、そう言って、ひとつのポイントをあげた。
「お母さんの認知症が進行して、介護と仕事で疲れ切り、さらに徘徊が始まって“世間に迷惑がかかるから”と会社を休職してしまったところです。介護に頑張り過ぎたのも、迷惑を考えてしまったのも竜一さんの真面目さゆえでえしょう。しかし、だからといって収入の道を閉ざしてはいけない。経済的に行き詰まれば、介護も破たんするわけですから」
■徘徊する親の介護 仕事と両立する具体例
前回記したように、介護における肉体的負担(睡眠不足など)を減らす方法はいくつかあります。それを取り入れることでなんとか仕事と両立させることが大切だといいます。徘徊についても同様です。
「私が担当する利用者さんにも徘徊で困っている方はたくさんいます。竜一さんのように、迷惑を考え、また心配でもあり、離職すべきかどうか相談してきた方もいました。でも、経済的不安がない方を除いて“仕事は辞めないでください”と言ってきました」(Sさん)
徘徊にはいろいろなタイプがあり、それぞれ対策がある。
一般的なのはデイサービスの利用。デイサービスで人と接してほどよく疲れることで、夜眠ってもらうのです。また、かかりつけ医がいる場合は睡眠薬を処方してもらい、睡眠をコントロールする方法もある、とSさんは言います。
親の靴を「位置確認できるGPS付き」にする
他にも、徘徊対策はある。
「徘徊は織り込み済みで、親が履いて行く靴を位置が確認できるGPS付きのものにする。地区の民生委員や近所の人に“徘徊の傾向があるから”と事前に伝えておく。そんな対策をとる家族もいます。また、他人の家に上がり込んだり、大声を上げたりといった本当に迷惑をかけてしまうようなタイプは、精神科の病院への入院という選択肢もある。こうした対策をしたうえで、みなさん仕事を続けておられます」(Sさん)
つまり、「世間に迷惑をかけるから」と思い詰め、仕事をやめることはないということです。
■真面目だから生活保護を受けることに引け目
一方、Iさんは生活保護の申請をした場面が引っかかるといいます。
「竜一さんは2度、生活保護の申請をしていますが、断られるとあっさり引き下がりますよね。生活保護の財源は限られているわけですから、確かにそう簡単に認められるものではないでしょう。ですが、そこは引き下がってはいけません。粘り強く何度でも申請するのです。ところが竜一さんは2回で諦めた。これもある意味、真面目さゆえなのでしょう。実直に働いてきた人だから、国の金をもらって生活することに引け目や自分のふがいなさを感じただろうし、恥ずかしいという思いもあったと思う。ただ、この時の竜一さんは、そんなことを言っていられる状況ではない。福祉の職員に何度も交渉するのがつらいのであれば、担当のケアマネージャーに相談すべきだったと思います」
ケアマネージャーは中立公正が大原則であり、担当する利用者が、お金持ちであろうが、生活保護受給者であろうが、対応に差をつけることはほぼないといえます。実際、生活保護受給者を担当することも少なくなく、窮状の訴えには誠実に向き合い、事態の解決に知恵をしぼるはずだということです。
最後の最後は「措置入所」で“悲劇”を回避する
「役所の福祉の職員も同様です。対応は職員のタイプによって異なり、親身に話を聞いてくれる人もいれば、事務的な感じの人もいます。ただ、窮状を訴える側からすれば、要望は通りにくいというイメージがあるかもしれません。しかし、職員が最も避けたいのが担当地域での介護にまつわる心中や殺人、虐待といった事件。それが起きかねない事態には解決に向けて全力で対応するんです」(Sさん)
そして竜一さん親子が迎えたような進退窮まった事態にも救いは残っています。
それは、措置入所です。これは、経済的な理由などにより自宅で養護を受けることが難しくなった高齢者や障害者を、自治体(市町村)が法律に基づいて老人ホームや障害者支援施設などに入所させることを指します。
たとえば、安価な施設である特別養護老人ホームは需要が供給を大幅に上まわり、なかなか入所できません。しかし、措置入所が認められれば入所が可能になるのです。入所できれば、介護者は介護から解放され、新たな仕事を見つけて生活を立て直すことができる。『介護殺人』に書かれたような悲劇は防げるというわけです。
「措置入所は限界を迎えた家族に対して最後の最後に残された救済策であり、安易に適用されるものではありませんが、救済の手段は残されている。絶望することはないのです」とSさんは言葉に力を込めました。
(ライター 相沢 光一)
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