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「文春対新潮」情報入手のどこが悪いのか

プレジデントオンライン / 2017年5月26日 15時45分

週刊新潮が「『文春砲』汚れた銃弾」として『週刊文春』を告発する記事を、5月25日号から2号続けて掲載している。新潮は文春を「スクープ泥棒」と呼ぶ。しかし、あらゆる手を尽くして情報を取ることが一方的に悪いといえるのだろうか。『週刊現代』『フライデー』の編集長を歴任した元木昌彦氏が問う――。

■「親しき仲にもスキャンダル」

私見だが、週刊誌編集長には大胆さと繊細さが必要だと思う。毎週のようにスクープを発信している『週刊文春』新谷学編集長は、見かけは女性誌編集長のように軽やかに見えるが、その決断力と実行力は「剛毅」という言葉がぴたりとくる編集長である。口癖は「親しき仲にもスキャンダル」。

この男ただ者ではない。そう感じたのは、彼が編集長になってすぐの頃、「小沢一郎の妻からの離縁状」という特集を読んだ時だった。私は現役時代、小沢一郎批判キャンペーンを毎号続けた。そこでは政治的な話題ばかりではなく、愛人問題や別の女性が生んだ隠し子についても追及した。そのとき一緒にやっていたライターの松田賢弥氏が離縁状をスクープしたのだ。

小沢の妻が地元の有力支援者に出した手紙には、愛人のことはもちろん、隠し子についても、東日本大震災が起こり小沢が関西方面へ避難すると慌てたことにも触れていた。内容はおもしろいが私信である。訴えられたら負けるかもしれない。彼はこう考えた。

「あの手紙を報じる公共性・公益性はある。日本の政治を長い間牛耳りコントロールしてきた小沢の人物像をつまびらかにした超一級の資料」。そう決断して全文を掲載した。

彼の編集方針は出版社系週刊誌の王道である。少ない人数と情報量。あれもこれもと追いかけていたら時間もカネもかかる。そこで「選択と集中」する。育休不倫の宮崎謙介前議員は小物だが「イクメン」宣言したため注目度が上がり、ほかに女性がいるはずだと追いかけた。

ショーンKは、フジテレビのニュースの顔になるので「どんな人だろう」と経歴を調べさせた。甘利明経済再生相のスキャンダルは大新聞が断って文春に回ってきた。舛添要一前都知事は、海外視察に湯水のようにカネをかけるのはなぜかと素朴な疑問を感じて調べ始めた。ターゲットを誰にするかという選択眼がすごい。

そんな彼も一昨年の秋に大きな挫折を味わう。文春はヌードを載せないのだが、その頃「春画展」に多くの若い女性が足を運んでいるという現象があり、新谷編集長はグラビアに春画を載せたのだ。

私も見たが、見開きに極彩色の春画が鮮やかで、なかなかの迫力であった。だがこれが社長の逆鱗に触れてしまい、文春の読者を裏切ったと3カ月の謹慎を申し渡されてしまう。

■3カ月の謹慎で考えたこと

当時、彼は悩んでいた。スクープは出るが部数に結びつかない。そのために「話題だからやってみようか」くらいの軽い気持ちで掲載したのだが、裏目に出た。ビジネス情報誌『エルネオス』でインタビューした時、彼はこういった。

「社長から休養だっていわれた時には、選択肢は二つしかなくて、従うか、会社を辞めるかだと思いました。でも、辞めるというのは、やっぱり現場に対して無責任じゃないですか」

その3カ月、いろいろな人に会って、「なんか生前葬をやっているみたいな感じでした」。一緒に修羅場をくぐってきた編集部員やライターたちも新谷の復帰を心待ちにしてくれていた。その時の気持ちを彼は、「またこいつらと一緒にバッターボックスに入って、フルスイングできるのかと思ったら、やる気がみなぎって、そこへ絶好球が来たので思い切りバットを振った」と語ってくれた。

それが2016年最初の号の「ベッキーのゲス不倫」である。以来「美智子さまが雅子さまを叱った」「巨人軍の黒い霧 野球賭博元エース候補 笠原将生(25)の告白」「福原愛結婚へ」「錦織圭がのめり込む“奔放すぎる”恋人」「斎藤佑樹汚れたハンカチ」「レコード大賞を1億円で買った」と怒涛のスクープ連弾になる。

デジタルにも力を入れている。ニコニコ動画のドワンゴと「週刊文春デジタル」をやり、NTTドコモがやっている「dマガジン」では月の売り上げが2500万円を超えるという。画期的なのは、スクープコンテンツをテレビ局に1本いくらで売ることを始めた。

「私がやろうとしていることは『Web現代』で元木さんが試みられようとしていたことを、だいぶ遅れましたけど、今やっているんです。今起こっているのはコンテンツ革命というよりは流通革命で、コンテンツを読者に伝える流通経路がかなり多様化してきているので、それに対応できるかどうかだと思っています」

順風だと思われていた文春だが、ここへきてライバルの週刊新潮から、新潮の中吊り広告を早く手に入れて、スクープを盗んでいると告発されている。

新潮によれば、文春側に情報が漏れているのではないかとの「疑念」を抱いたのは14年9月11日号。新潮は朝日新聞の「慰安婦誤報」をめぐって、朝日で連載していた池上彰が「朝日は謝罪すべきだ」と書いた原稿を掲載しないとしたことで、連載引き上げを決めたという記事を掲載し、中吊りにもかなり大きく打った。

■情報のためにはあらゆる手を尽くす

この週の文春の中吊りは池上の件には触れていない。だが、新聞広告には「『池上彰』朝日連載中止へ『謝罪すべき』原稿を封殺」のタイトルがあり、「記事中の池上氏のコメントはわずか6行で、急遽差し挟まれたような不自然な印象を読む者に与えるのだ」(新潮)。

池上も、新潮の取材に対して、文春から電話があったのは新潮の取材があった後で、校了日の午後5時半だったと話している。文春の新谷学編集長は最近、『「週刊文春」編集長の仕事術』(ダイヤモンド社)という本を出した。その中で、

「池上彰さんのコラムを朝日新聞が掲載拒否した件では、同日発売の週刊新潮も同様の記事を掲載していることがわかったので、校了日である火曜日の夜に『スクープ速報』を配信した」

と書いている。そのほかにも、文春に中吊りが流れている疑惑があると考えた新潮は、文春側に「不正を止めろ」と通告するのではなく、漏洩ルートを突き止めるための調査を続けた。

新潮が誇る調査力で、漏洩しているのは新聞広告ではなく中吊り広告。新潮の中吊り広告の画像データから、そのPDFファイルがコピーされたのは、文春編集部にあるコピー機であることが判明した。

さらに、漏洩元はどこかを突き止めると、出版取次会社「トーハン」(東京)が、文春の人間に渡していることがわかった。文春の30代の男性が、受け取った中吊りをコンビニでコピーを取っているところを「激写」されている。

しかし、週刊誌といえども編集部員の数からして中規模企業ぐらいはある。梶山季之が書いた『黒の試走車』ではないが、ライバルが何をやっているのか、どんな情報を持っているのかを探ることは雑誌の浮沈、そこで生活しているフリーの記者、筆者たちの生存にかかわるのだから、あらゆる手を尽くして情報を取ることが一方的に悪いといえるのだろうか。

新聞も昔は、抜いた抜かれたで一喜一憂したものである。ここで私の『週刊現代』編集長時代の経験を話してみよう。

こんなことがあった。ライバルの『週刊ポスト』に大物女優のヘアヌード写真集が独占でグラビアに載ることが校了日にわかった。ネタ元は某印刷会社の人間。こういう時のために、その人間とは酒を飲み、ゴルフをやり、親交を深めていた。

ポストも同じ印刷所だった。私はくだんの印刷所の人間に電話して、その写真集が手に入らないだろうかと頼んだ。何とかしましょうといってくれた。

■大スクープを見過ごすわけにはいかない

数時間後、写真集が手に入った。だがその時間からグラビアに入れることはできない。写真集の版元との交渉もしなければならない。そこで考えた。活版の自社広告を2ページ落とし、見開きに写真集を開いて見ている(顔は出さない)人間を、後ろから撮った写真を大きく載せる。

キャプションには「○○女優のヘアヌード写真集が凄い話題!」。中吊り広告は間に合わないので、新聞広告を差し替えてもらって、左トップに「これが女優○○のヘアヌード写真集だ!」と特筆大書する。

当時、ライバルだが、ポストの編集長とは気が合ってよく飲んだ。私より少し下で人柄の素晴らしい温厚な人物だった。その週末も、夜、2人で飲んだ。人の悪い私は、ポストの編集長に「あんたんとこ何かでっかいスクープでもあるんじゃないか?」。彼は「そんなのがあったらいいですけど、ないですよ」ととぼける。

翌週の月曜日、新聞広告を見た彼から怒りの電話がかかってくる。「元木さんひどいじゃないか」。私はこう答える。「怒るのはもっともだけど、こちらも普段から企業努力をしてきて、あんたんとこに大スクープが載るのを黙って見ているわけにはいかないんだよ」。

彼とはしばらく会わなくなるが、そのうちまた銀座の場末のバーで飲むことになる。彼は編集長を辞めて50歳の若さで亡くなってしまった。「ライバルは憎さも憎し懐かしき」である。

文春のやり方に違和感があるのは、自分のところのスクープでもないものを、速報として流してしまうことだろう。それはやってはいけない。私のような週刊誌のすれっからしには、まあ、バレたんだから中吊りを手に入れていたことは認めて、だが、これからもあらゆる手段を使って必要な情報は取りにいくとでも発表したらどうか。

冒頭書いたように、編集長は大胆なだけではだめだ。万が一を常に考える繊細さも要求される。新谷編集長はそれができる人だと思う。

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元木昌彦
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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