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宮城「一ノ蔵」社長が合議制を守る理由

プレジデントオンライン / 2017年6月7日 9時15分

一ノ蔵 代表取締役社長 鈴木整氏(左)とアイディール・リーダースのエグゼクティブコーチ・丹羽真理氏(右)。

発泡日本酒「すず音」や低アルコール酒「ひめぜん」などで知られる蔵元「一ノ蔵」。一ノ蔵は、宮城県の4つの酒蔵が一つになって生まれた企業で、設立以来4社の合議制で運営している。2011年の東日本大震災という大きな激動を乗り越えた一ノ蔵は、今後どのような未来を目指すのか?

日本酒好きに高く評価されている宮城県の蔵元「一ノ蔵」。設立以来、跡取り4人が順番に数年ずつ社長を務め、4人が任期を終えたら次の代に譲るという「合議制」で経営を行っている。

2011年に起きた東日本大震災は、仕込み蔵の倒壊、作業中の大量な米や麹の浸水・消失など、一ノ蔵にも大きな被害を与えた。常務取締役として復旧に奔走し、2014年から代表を務めているのが鈴木整(ひとし)社長だ。一ノ蔵は震災の痛みを乗り越えて復興し、現在は特定の純米酒の売上金全額を、被災した子どもたちに寄付するなどの活動を行っている。

対話によってさまざまな課題を解決し、目標や夢の実現を目指すコーチング。その中でも経営層に特化した「エグゼクティブコーチング」を、実際に企業経営者と行う本連載。今回は、鈴木社長とアイディール・リーダースの丹羽真理さんのセッションの様子をお伝えする。震災を乗り越えた一ノ蔵は、次にどこへ向かうべきなのか。その未来を示してくれたのは、コーチが手渡した、あるアイテムだった……。

■酒蔵4社が統合した理由

一ノ蔵の「すず音」。グラスに注ぐとシュワシュワと炭酸の泡が立ちのぼり、鈴の音を奏でているようであることから名付けられた。

【丹羽】私は日本酒が大好きで、一ノ蔵さんの発泡清酒「すず音」も最近おいしく頂いたばかりです。でも、そのメーカーの代表が持ち回り制とは知りませんでした。

【鈴木】お飲みいただき、ありがとうございます。一ノ蔵は昭和48年(1973年)に生まれた、酒造メーカーとしては非常に若い会社です。この年は日本酒が最も売れた年であり、米の自由化が始まった年でもありました。大きなメーカーにとっては、それまで制限されていた、米の共有割り当ての縛りがなくなって自由に生産できるようになったため、ブランド力も生かし、販売の全国展開を始めた。その結果、東北の酒造メーカー各社は大打撃を受けたのです。

この苦境を何とか乗り越えようと、当時赤字に苦しんでいたメーカー4社が統合し一ノ蔵は生まれました。手作りに徹底的にこだわり、当時の日本酒の級別制度に挑戦する商品「一ノ蔵無鑑査本醸造」を販売しました。

この制度は平成4年(1992年)に廃止されていますが、当時は国税庁の酒類審議会の専門家による「官能による判断」という曖昧な基準で級別が分けられ、高い等級のものには高い税金が課せられていました。これに抵抗する意図で、あえて商品を審査に出さず二級酒として販売し、「本当に鑑定されるのはお客さま自身です」とラベルに明記したのです。

私の父親の代の話ですが、そういったこだわりや心意気に共感を頂いて、現在の一ノ蔵があるのかなと思います。亡くなった父はいつも私に「日本酒業界は下りのエスカレーターだ」と言っていました。何もしなければ、落ちて消えていくしかない。駆け上がって登って行かなければならない、と。

国税庁の酒類審議会に出さず、二級酒として発売した「一ノ蔵無鑑査本醸造」。写真は当時の広告(一ノ蔵のパンフレットより)

【丹羽】そんな経緯があったのですか……今風に言えばとても「ベンチャー」的であったのだと思います。そして、宮城といえばやはり震災で大きな被害を受け、そこからの復旧も大変なご苦労があったのではないでしょうか。

【鈴木】そうですね。震度6強の揺れで仕込み蔵は大きな被害を受けたのですが、貯蔵タンクは幸いにも無事でした。残された原酒の販売で、なんとか経営を立て直そうと計画していたところに、いわゆる「自粛ムード」が広がってそれも頓挫してしまったんですね。お花見シーズンだというのに注文が全く入ってこなかったのです。これは蔵を畳むことになるかもしれない……という危機感がありました。

そんな中、岩手の「南部美人」蔵元の久慈さんが、「自粛を自粛してほしい」と動画で訴えてくれたのはとても心強かったですね。

久慈さんの呼びかけをきっかけに、全国的に「東北のお酒を買って応援しよう」という動きが広がりました。一ノ蔵も寄付金付きの「一ノ蔵 特別純米生原酒 3.11未来へつなぐバトン」の販売をはじめ売り上げ全額を寄付しています。今年も600万~700万円余りを被災地の子どもを支援する団体に寄付することができました。女川でのコラボスクール、放課後学習などの活動に生かされています。コラボスクールは女川の子どもたちの7割以上が通っているのですが、そこで出会ったボランティアのお兄さん、お姉さんのように自分たちも大学に行きたい、勉強したい、という風に言ってくれるそうなんですね。10年、20年後にはあそこから素晴らしい人材が出てくるはずです。

(左)「一ノ蔵 特別純米生原酒 3.11未来へつなぐバトン」の売上をすべて、被災地の子どもの支援のために寄付している。(右)女川のコラボスクール。

■一ノ蔵の「バトンを渡す」

【丹羽】創業家が代々、代表を持ち回りで担っておられること、日本酒の伝統を守り、時には戦いながら受け継いできたこと、そして被災地の子どもたちの未来へと寄付を続けておられること、共通するのは「バトンを渡す」ということかもしれませんね。

【鈴木】なるほど、そうかもしれません。そういう観点では、「『家業』から『企業』へ」というのが一つのテーマになりそうです。われわれの父親たちは、わたしたちに対してうまくこの2つの文脈を使い分けて話をすることが多いのですが、震災からの復旧も一段落したなか、われわれも次の世代に対してどのようにバトンを渡すのかを考えたいタイミングではありますね。

【丹羽】先ほど「下りのエスカレーター」という例えがありましたが、日本酒そのものは海外での人気もあって、いま登り調子なのかなという印象もあるのですが。

【鈴木】国内市場は、女性に日本酒の需要が広がったり、先ほどの震災特需があったりして、カーブは緩やかにはなっているもののやはり減少傾向が続いています。一ノ蔵は有り難くもリーマンショックまでは、売上が伸びていたのですが、その後はやはり減少です。これは小売りの酒屋さんが減っていることが大きいかなと考えています。

一ノ蔵は他のメーカーと比べても、自前での「顧客接点活動」に力を入れているという自負があります。コンビニなど、日本酒を販売している場所の数(酒販免許数)自体は増えているのですが、一ノ蔵のような地方の中堅ブランドは、店員さんによる対面販売や試飲の機会があることがとても重要なんです。

一ノ蔵を楽しむ会

■世界中でアルコール消費が減る中、日本酒はどうする?

【鈴木】実はアルコール飲料全体の市場縮小は、世界的な傾向です。ドイツではビールが、フランスでもワインの消費量が落ちています。こうした背景もあり、今後は日本酒の輸出も重要になってきます。流通のスピードが上がったため、日本酒の輸出量は2桁パーセントずつ増えているのですが、一ノ蔵はその波には乗り切れていないというのが現状です。

おかげさまで「一ノ蔵」というブランドは全国で知っていただけるようにはなりました。けれどもブランドの認知度に対して、会社の事業規模は20億円程度と、頭でっかちとも言える状態にあるのが現状です。あくまで手造りにこだわっていますので、宣伝費をかけて大々的に売り、もっと売上を伸ばすというわけにもいきません。そのバランスをどう取っていくのかは経営上の課題でもあります。

【丹羽】なるほど。そのあたりをどうしていくのか、というのがコーチングの課題として設定できそうですね。

【鈴木】そうですね。私の前任の松本社長の娘さんが、蔵人(くらうど)として一ノ蔵に入社したばかりです。一ノ蔵を次の世代にどう受け継いでいくのか、せっかくの機会なので考えてみたいと思います。

■付せん紙に「未来の姿」を書き出してみる

【丹羽】手造りへのこだわりによって生まれた高い認知、一方で、大量生産による売上増加という安易な選択は取れないという制約があります。一ノ蔵では六次産業化にも取り組まれていて(http://www.ichinokura.co.jp/rokujisangyou.html)、原料の米の生産にも力を入れていますね。こういった要素をどのように組み合わせていくのか、鈴木さんの中でイメージができると良いと思います。

まずは、この付せん紙に10年後(2027年)のイメージを、以下の項目について書いていってみてください。「○○がこうなっている」など、状態を表すような形でお願いします。「売上比率が〇%」といった具合に定量的な書き方でも、「笑顔の社員が増えている」といった定性的な書き方でも構いません。書けるところから、書いてみてください。

* 会社全体

* 商品・サービス

* 市場・お客さま

* 社員

* 世の中

* 自分自身

(※10分ほどかけて、付せん紙に記入していく)

【鈴木】書けました。

【丹羽】ありがとうございます。一つずつ見ていきましょう。

写真を拡大

【丹羽】記入お疲れさまでした。「自分自身」のところに「副会長」というものがありますが、これは……?

【鈴木】僕の前任の社長が、現在副会長なんです。会長でもなく、副会長というのがちょっとうらやましくて(笑)。

【丹羽】なるほど(笑)。

■ブロックから見える「未来のイメージ」

【丹羽】それでは次に、こちらのブロックを、2027年をイメージしながら、思うままに組み立ててみてください。

【鈴木】色とか形は考えながら、ですか?

【丹羽】後からで大丈夫ですが、例えば「この色や形はヒトを表している」といった具合に話してくださると有り難いです。ただ、今はあまり考えすぎず、手を動かしながらイメージを膨らませていただければと思います。設計図を持たずに、手に聞きながら……。

【鈴木】わかりました……やってみましょう。

(※10分ほど組み立てる時間)

【丹羽】ありがとうございます。できましたね!

【鈴木】なんとなく、ではありますが、この白いのが会社……ベースの緑色が田んぼですかね。一ノ蔵は原料の米の生産、六次産業化にも取り組んでいますので。農業部門があって、茶色いところは土があって……、という感じですかね。黄色のところは出荷やその商品という感じでしょうか。白くて大きな建物が……これはやはり蔵ですね。赤もそこに置いたのは……、一ノ蔵のブランドカラーだからかな。ブロックを置きながら、「もう少し置きたい」という気持ちでしたね。

(左)カラフルなブロックを手渡し、自由に組み立ててもらう。(右)鈴木氏が組み上げたブロック。

【丹羽】鈴木さん、一度椅子から立って、少しブロックから離れてみていただけますか? そして「2027年について、このブロックが自分よりもよく『知っている』」という気持ちで、改めて全体像を眺めてみてください。

【鈴木】なるほど……(椅子から立つ)。蔵からお酒ができて、それが出荷されていく。黄色が出荷される商品というイメージなのでしょうね。ブロックの中でも占める割合が大きい。でも、先ほど、付せん紙には農業部門の黒字化、というのを書いたのですが、この茶色い土やそこから生まれる黄緑の作物……が、意外と大きくなっているんだな、と気付きました。もしかすると、茶色が米で、黄緑が漬物かもしれませんが(笑)。

【丹羽】一次生産物と加工品ということかもしれませんね。

【鈴木】そうですね……ブロックを眺めたときに、この黄緑のあたりに目が引き寄せられたんです。僕の割りと深いところで、田んぼや農業のことが、すごく気になっているのかもしれないですね……。

【丹羽】そこは重要なポイントですね。この青は?

【鈴木】これは……ええと、なんだろう……ああ、「海」ですね、海外ですね。

【丹羽】おお、なるほど!

【鈴木】これ、面白いですね。面白いです。自分でも意識してないことが現れますね。これ、写真を撮ってもいいですか?

【丹羽】もちろんです。写真といわず、ぜひお持ち帰りください。

【鈴木】青が海外か……海外の売上比率が、一ノ蔵は他のメーカーさんに比べると少ないんです。いま主だったメーカーでは、海外の売上が1割くらいになっているのですが、うちはまだ1%未満なんです。

【丹羽】そうなんですね。

【鈴木】ですから、1割くらいに海外比率を上げていきたい。ブロックに占める大きさにも、なんだか、そういう気持ちが表れているような気がします。

【丹羽】付せん紙の方には「アグリツーリズム」というキーワードも挙げておられました。

【鈴木】海外からのお客さまには必ず田んぼを見てもらうようにしていて、とても好評なんです。そこにも注力することで、国内だけではなく海外にもファンを増やしていきたいですね。この飛び出した部分は、海外向けのヒット商品というということかもしれない。「一ノ蔵」という製品名は海外の方には発音も難しいので、分かりやすい商品を。

アグリツーリズムでは、実際に米を作る田んぼを見学することができる。

【丹羽】わかりました。では、ブロックを全体から眺めたときに、そこから伝わってくるメッセージとはなんでしょうか?

【鈴木】やはり、最初に目が行った「農業部門をもっと伸ばそう」ということが一番ではないかなと思います。僕が周囲からの異論もあったところ、試験的に始めたものですが、もっと本格的にやりたい。

【丹羽】この部分が蔵と同様、2階建てになっていますね。それも拝見していて気になったポイントです。ブロックには何らかの意味がある、メッセージが込められているというのが、このセッションでの考え方なんです。そこにも何かあるかもしれません。

【鈴木】父がよく話していたのですが、海外で本当の意味で日本酒が国際化するためには、現地でそこに暮らす人が、原料から生産してくれるようにならなければなりません。農業部門・海外というところに僕がブロックを積み上げたのもそういうことかもしれませんね……。国際化のお手本とも言えるワインの世界でも「ワイン造りは土作りから」と言います。日本酒の国際化のためにも、六次産業化やアグリツーリズムにヒントがあるのかもしれない、と思いました。

■未来へとつなぐバトン

【丹羽】ブロックから一ノ蔵の未来のイメージが見えてきました。では、バトンをどうつないでいくか? というまとめに入りたいと思います。

【鈴木】一ノ蔵は四つの酒蔵が一つになって、持ち回りで社長を務めてきました。いま、私たち第2世代が経営を担っていて、次の世代――わたしたちの子どもたちがそろそろ、一ノ蔵に加わってきてくれているというタイミングですね。

父親たちは、厳しい環境のなか、赤字の会社同士が集まって会社を作るという挑戦をしました。国の政策にも挑戦する反骨のエネルギーにもあふれていたと思います。そういう姿を見てきましたので、正直われわれ第2世代はプレッシャーや抵抗を感じるところもありました。どこに行っても父親たちの足あとだらけ。彼らを超えることはできないだろう――僕自身、一ノ蔵を継ぐことに反発して家を出て、別の仕事をしていたこともあるくらいですから。

ただ、実際に継いでいろいろやっているうちに、だんだん開き直ってきた部分はあるんですね。俺たち2代目にそんなに期待しないでくれと。江戸幕府だって、室町幕府だって3代目で花開いたじゃないかって(笑)。

【丹羽】確かに(笑)。

【鈴木】バトンをつなぐことが僕たちの役目なんだと。気負うことはないじゃないかと。先ほどの10年後のイメージも、おそらく実現しているのは僕たちの子どもたち、3代目なんですよ。そのためのベースを僕たちは作る。土地を耕していく、ということですね。そして彼らに託せるようになったら、なるべく早く引退したいと思います。

■海外に出るために必要なこと

【丹羽】副会長に、ということですね。

【鈴木】期待しすぎてもかえって良くないとも思いますが、蔵人になりたいと言って入社してきた彼女たち3代目が、一ノ蔵をどんな風に花開かせてくれるのか、楽しみですね。

【丹羽】そのベースを整えるためには、具体的にはどのようなことをすると良いと思いますか? またやり方を変えていく方が良いと思う事はないでしょうか?

【鈴木】僕は英語ができませんが、子どもたちにはしっかりと身につけてもらってあります。そして、変えなければいけない点としては、海外営業ができる人を増やしたり、現地駐在を置いたりということをやっていきたいですね。あと、商品のラベルも、今は漢字だけで、日本人しか読めない。これも英語表記を加えるなど改良が必要です。海外向けヒット商品を作るには、という話にもつながりますよね。

農業については、まだ正直言って具体策はすぐに出てきませんが、生産効率を上げるためにも耕作放棄地の借り上げなど、田んぼの面積は増やしていきたいのです。ただ、こちらは国の政策とも絡む部分もあり不透明です。今年から減反政策がなくなるという話もありますので。ここは引き続き注視・注力していきたいと考えています。彼らの世代までには、このあたりの環境も今よりは整っているはずでしょう。

【丹羽】わかりました。一ノ蔵がこれからどのようにバトンをつないでいくのか、楽しみにしたいと思います。

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エグゼクティブコーチ 丹羽真理(Ideal Leaders株式会社 CHO)
国際基督教大学卒業、英国サセックス大学大学院修了後、野村総合研究所に入社。エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業IDELEAに参画。2015年4月、人と社会を大切にする会社を増やすために、コンサルティング会社、Ideal Leaders株式会社を設立し、CHO (Chief Happiness Officer) に就任。上場企業の役員・ビジネスリーダーをクライアントとしたエグゼクティブコーチングの実績多数。社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO」を日本で広めることを目標としている。

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(Ideal Leaders CHO 丹羽 真理、一ノ蔵 代表取締役社長 鈴木 整 構成=まつもとあつし)

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