読売が「恥の上塗り」前川会見での珍質問
プレジデントオンライン / 2017年6月12日 9時15分
■官僚らしからぬ前川元次官の「爆弾発言」
官僚は嫌いだ。だからほとんど付き合いがない。高校生の時、何でもオレは知ってると頭の良さをひけらかす嫌味な同級生がいた。そいつは東大に入り厚生省(現・厚生労働省)の官僚になった。その男のイメージがあるためか、編集者人生の中で官僚とはほとんど付き合いがない。
例外は、赤坂にあった「佳境亭」という料亭だった。そこの女将・山上磨智子は三木武夫元首相の愛人としても知られ、田中角栄をはじめ政治家もよく使っていた。政治家が来れば官僚も集まってくる。
料亭の上にカラオケ設備のある大きな広間があった。そこで月に一度だったか、官僚たちがカラオケ大会を開き、私も何度か参加したことがある。そういうときの連中は裃(かみしも)を脱ぎ捨て、悪酔いしたり怒声を張り上げたりして人間的な面を見せてくれたが、昼間会うと血の通っていない官僚に戻っていた。
だが、加計学園問題で爆弾発言をした前川喜平・前文部科学事務次官(62)はいい。安倍首相の意を受けたか忖度してのことだろう、「これは官邸の最高レベルがいっていること」「総理のご意向だと聞いている」と安倍へのゴマスリ連中が文科省に圧力をかけてきた。そのやり取りを記録した文書は存在すると、記者会見まで開いて断言したのだ。
NHKと朝日新聞が前川の持っていた文書を入手し報じた。次いで『週刊文春』(6/1号)が前川の「独占告白150分」を掲載した。そこで前川は、2016年6月に事務次官に就任して、すぐに直面したのが加計学園の獣医学部新設問題だったと話す。
■「ここまで強い言葉は見たことがなかった」
文科省は獣医師の供給不足はない、新設するならば、既存の獣医学部で対応できないニーズに応える獣医師を養成する場合に限るという原則を決めていたが、16年8月に大臣が代わり、新たに「安倍のイエスマンのような存在」(官邸関係者)の山本幸三が地方創成相に就任すると、話が動き出し、山本が率いる内閣府が学部新設へ前のめりになっていったという。
「内閣府からの文書の中に『これは官邸の最高レベルが言っていること』などの文言が入り、『これは厄介な話だな』と思った記憶があります。官邸の最高レベルというぐらいですから、総理か官房長官かな、と受け止めていました」と前川は語る。
さらに追い打ちをかけるように、2018年4月開学を前提として内閣府は進めている、それも「総理のご意向だ」と言い募ってきたのだ。
前川は「これは藤原審議官の表現であって、本当の総理のご意向なのかどうか確認のしようがありませんが、ここまで強い言葉はこれまで見たことがなかった。プレッシャーを感じなかったと言えばそれは嘘になります」と、総理のご意向という言葉に次官といえども恐れおののいた。
結局、内閣府が描いたスケジュール通りに事は進んでいった。それも加計学園に有利な条件に変更された。前川はこう反省している。
「本来なら、筋が通らないと内閣府に主張し、真っ当な行政に戻す努力を最後まで行うべきだったと思います。『赤信号を青信号にしろ』と迫られた時に『これは赤です。青に見えません』と言い続けるべきだった。それができなかった、やらなかったことは、本当に忸怩たる思いです。力不足でした」
「公平公正であるべき行政が歪められてしまった」。その忸怩たる思いが前川の心を突き動かし、守秘義務違反に問われる危険を冒してまで証言したのであろう。
■「出会い系バー通い」の内実
省内にいるときは我が物顔に振舞い、官僚らしくないといわれる輩は多くいる。だが、辞めてからも筋を通す官僚は極めて希だ。
慌てた官邸は、菅官房長官が「怪文書みたいなもの」と強く否定し、官邸のポチ記者たちに「前川は首を斬られたのを逆恨みして出したもの」と、安倍の代弁をして前川証言や文書の正当性を打ち消させた。たしかに前川は、天下り問題で責任を取り1月に引責辞任しているが、「引責辞任は自分の考えで申し出た」と逆恨み説を否定している。
それだけでは足りないと官邸サイドは考えたに違いない。読売新聞が5月22日付朝刊で「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」と見出しを付けて報じたのである。
自ら安倍の“ポチ新聞”だと公言したのも同然だ。読売には、数百件の読者からの批判の声が寄せられ、社内でも動揺が広がっていると『AERA』(6/12号)が報じている。不買運動も広がっているそうだ。元上毛新聞記者で民進党の宮﨑岳志衆院議員はこう話す。
「私が知る読売記者は『こんなことをやらされるなんて』と泣いていました。他にも、複数の記者が会社のやり方に怒っていて、『すべての読売の記者が同じだと思わないでください』と。8割はそういう良識のある記者でしょう。でも、越えてはならない一線を越えてしまった」
前川はこのことについて聞かれ、「その店に行っていたのは事実ですが、もちろん法に触れることは一切していません」と答えている。
彼は現役時代から夜間中学、外国人学校、障害のある子供や不登校児が通う学校、フリースクールなどへ身銭を切って通っていたと元上司が話している。また『週刊文春』(6/8号)の取材で、前川とその店で知り合った女性が、前川には身の上相談などにのってもらっていたと証言している。
さらに読売は、前川の記者会見で恥の上塗りをしてしまったと『週刊文春』(6/15号)が報じている。
読売の記者が前川に、そうした文書があると明かすのは「守秘義務違反では?」と質問したのだ。会見に出席した与良正男毎日新聞専門編集委員が、
「本来、守秘義務との壁と戦う記者の側からそうした質問をしたというのは驚きましたし、ジャーナリズムの危機だと思います。読売は官邸からのリークだと疑われることを覚悟した上でルビコン川を渡ったのでしょう」
とジャーナリズムを放棄した読売のやり方を批判している。安倍首相とお友だちの「もり(森友学園)かけ(加計学園)疑惑」は、安倍首相のポチ・メディアと反安倍メディアの戦いの様相を呈してきている。
■「身内的問題」に黙ったままでいいのか
私の父親は読売新聞だったから読売のことには多少詳しい。残念だが、読売の伝統はトップが新聞を私物化することだ。
だが、今のナベツネ(渡辺恒雄主筆)のように権力ベッタリというやり方をした人間はいない。超ワンマンだった正力松太郎は、新聞よりもその販売益で事業をすることのほうが私には大事だといい放って、当時、社会部にいた本田靖春(ノンフィクション作家)を激怒させた。正力の発言を受けて、本田はあれほど好きだった新聞記者を辞めることを決意する。
「正力物を私は単に嫌っていたのではない。社主による紙面の私物化という、公正であるべき報道の大原則に悖(もと)る事態が現に進行しているにもかかわらず、社内でだれ一人として批判の声を上げないだらしなさに、心底、煮えくり返る思いがしていたのである。(中略)私が職場で常に強調していったのは、自分が現に関わっている身内的問題について、言論の自由を行使できない人間が、社会ないし国家の重大問題について、主張すべきことをしっかり主張できるか、ということであった」(本田靖春著『我、拗ね者として生涯を閉ず』講談社)
本田の言葉を今の読売新聞の記者たちは何と聞くのか。それとも安倍御用新聞とでも名前を変更するのだろうか。安倍政権もメディアも正念場である。
(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)
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