"事なかれ主義"いじめを隠す教委は無価値
プレジデントオンライン / 2017年6月12日 15時15分
■調査メンバーはすべて中高年の男性
「なぜいじめと認めなかったのかおしえてください」
5月31日、謝罪に訪れた取手市教委の幹部に、菜保子さんの父親は言った。実は教育長が両親に会うのは、この謝罪が初めてだった。父親は「なぜ会ってくれなかったのか。ことがこれだけ進んでから、やっとこうやって出向くのはいかがなものか」と訴えた。
菜保子さんは亡くなる前、日記に「いじめられたくない」と悲痛な思いをよせていた。寄せ書きには、「うざい」「くそ」などと書かれており、いじめがあったと証言する友人もいた。
これらの資料は取手市教委に提供されていたにもかかわらず、市教委は去年、「いじめにより心身に大きな被害があったとする重大事態に該当しない」と議決した。なぜなら、市教委によるアンケート調査の結果、「いじめとは確認できるものはなかった」からだ。
議決後、立ち上げた第三者委員会は、女子中学生によるいじめの疑いが強かったのにもかかわらずメンバーはすべて中高年の男性で、女性も入れてほしいとの両親からの要望は聞き入れられなかった。
■「いじめがなかった」ことが前提
第三者委員会の調査は、「いじめがなかった」ことを前提にすすめられ、聞き取り調査では、いじめの有無よりも、「ピアノを嫌がってなかったか」「コンクールがうまくいってなかったか」など、菜保子さんが2歳から習っていたピアノについての質問が多かったという。
両親から第三者委員会の解散を求められた文科省は、「普通に考えて明らかにいじめそのもの」と認め、市教委の姿勢を「アンケートでいじめという記述が無かったから、いじめはないという決めつけは極めて不適切」だとして再調査を指導した。すると市教委はそれまでの態度を一転、いじめを認めて「自殺したことそのものが重大事態だった」と議決を撤回した。文科省の指導後、取手市の教育長は会見を行ったが、議決撤回の具体的な理由は示さず、「不適切だった」と繰り返すばかりだった。
いじめ問題が発生するたびに、問題視されるのは「教育委員会」という組織の姿勢だ。今回も、「一般社会通念でとらえて、いじめではないのか」と文科省より指摘されるほど、取手市教委の判断はあまりにも一般常識から乖離していた。
そもそも教育委員会とは、地域の子どもたちがよりよく育つために、教育環境の改善に取り組む組織だ。委員は専門的、政治的に偏らないよう、地域から多様な人材を幅広く集められる。筆者も取材で教育委員会の委員にお会いする機会があるが、仕事を持ちながらも、教育をよりよくするために熱心に取り組んでいる方が多く、頭が下がる。
■「見て見ぬふり」や「いじめ隠し」が横行
一方で、委員は選挙で選ばれるのではなく、首長による任命制で、委員の議論も公開の義務はない。このため教育委員会の意思決定は「ブラックボックス」といわれる。誰が意思決定をしたのかわからないからだ。
ある学校関係者は、教育委員会のこうしたあり方に憤りを隠さない。「委員はお飾り、名誉職で、提案はしますが人事権などの権限はありません。下の行政組織が実質、ほとんど決めますが、この行政組織がなかなか動きません」。
教育委員会の仕組みに詳しいティーチ・フォー・ジャパン(以下TFJ)の松田悠介代表理事は、専門的な知見が組織内で周知徹底されていないことが問題だと指摘する。
「教育委員会の事務方の半数は役所の職員ですが、2~3年に1回人事異動があり、せっかく政策を考えても実行する人は別の人になります。たとえば大津のようないじめ問題がおこると引き締めが行われますが、人が変わると風化する、の繰り返しです。いじめは2~3年に1度ぐらい社会問題化していますが、教育委員会の人事ローテーションの間隔と重なりますね。」
文科省は、「いじめ問題はどの学校にもおこるもの」「いじめの件数の多い学校は、いじめにきちんと向き合っている学校」としており、きちんと把握と報告を行っている学校を評価するように指導している。しかし学校や教育委員会には、いまだに「いじめのある学校や地域は問題だ」という意識が強く、「見て見ぬふり」や「いじめ隠し」が横行している。
「評価を変えますよと言われても学校の現場では無理。じゃあ、いじめをいっぱい作ろうとはなりませんよね。学校は怒られるのが嫌だからいじめを隠蔽します。なので、教育委に上がるのは重篤なものになります」(前出の学校関係者)
では、教育委員会がいじめ問題にしっかり向き合える組織になるにはどうすればいいのか? TFJの松田氏は、ヒントはアメリカにあるという。
「取手市のケースでは、コンプライアンスとガバナンスが機能せず、委員会は対応が後手後手になりました。アメリカの場合だと、学校では法律の専門家の知見を取り入れたガイドラインが作られていて、いじめが起きた場合に教育委員会がするべきことも明文化されています」
松田氏によると、アメリカではいじめ問題の一次対応は法律の専門家が行い、学校の先生は関与しない。しかし日本では、「教育行政の独立」という錦の旗のもと、学校や教育委員会が対応するものの、「ガイドラインがないため対応に一貫性がなく、不信感が増幅することが多い」(松田氏)という。
■学校外の知見を入れよ
また、「スクールソーシャルワーカー」として中学校の支援にあたっている弁護士の平林剛氏も、いじめ問題の解決には学校外の知見を入れることが必要だと強調する。
「学校の先生たちはすべて自分でやろうとしています。しかしいじめの対応には、事実認定能力やスキルのある弁護士、精神科医、カウンセラーなども入り、多種多様な人たちの立場を生かしたチームワークが必要です」
平林氏は、教育委にもさまざまな知見、特に対人援助に優れた人材を集めることが必要だとしたうえで、「福祉行政には専門性のある福祉職の採用があるように、教育委員会にも教育の専門職を採用することも検討するべき」と提案する。
取手市教委の問題は、決して他山の石ではない。「いじめはどこでもおこる」との意識を教育現場でさらに徹底すること、そして学校や教育委は多様な知見を結集し、開かれた組織となることがいよいよ必要だ。
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フジテレビ解説編集部シニアコメンテーター
1961年北海道生まれ、神奈川県育ち。早稲田大学政治経済学部卒業後、農林中央金庫に入庫し外為ディーラーなど歴任。1992年フジテレビ入社。営業局、報道2001ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。ライフワークは教育取材。趣味はマラソン、トライアスロン、映画鑑賞と国政選挙分析。3男の父。フジテレビ「ホウドウキョク」(https://www.houdoukyoku.jp/promotion/app)に出演中。
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(フジテレビ解説委員 鈴木 款)
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