業務の報告は「みそひともじ」にまとめよ
プレジデントオンライン / 2017年7月11日 9時15分
■お客様の心を掴むのは「業界順位」ではない
最近、メディアの方から「コンビニ業界再編」や「シェア争い」のことをよく聞かれるのですが、私はあまり本質的な議論ではないと考えています。
お客様がコンビニを選ぶとき、「1万8000店のチェーンだからここに入ろう」とか「業界3位だからここには入らない」と判断されるでしょうか。以前、中学3年生だった息子にどこのコンビニに行っているのかを聞いたことがあります。息子は生まれたときからコンビニに囲まれて育っている世代。一方、私は大阪の田舎の商店街で「竹増の坊主」と呼ばれ、学校帰りにコロッケをもらいながら育ちました。そこで、コンビニ世代の店選びの基準を知りたいと思ったのです。
自宅の近所にはローソンを含め3つのコンビニがありますが、息子はまず、A店にはあまり行かないと言います。理由は店員さんがいつも忙しそうで落ち着かないから。B店にはほとんど行かないと言う。ちょっと立ち読みをしただけで、あからさまに嫌なことをされるとか。そこでもっぱらC店を利用しているというのですが、理由は「店員さんがいつも笑顔だから」。このC店は運良くローソンでした。息子の話を聞いて、「なんだ、同じじゃないか」と思いました。時代が変わり、商店街がコンビニになっても、選ばれる店の条件は、いかに地域に愛され根差しているかという点なのです。
私たちの最大の強みは「地域愛」だと感じています。ローソンでは新規のオーナーを対象に、約1週間のBMC(ベーシック・マネジメント・コース)という研修を実施しています。研修の最後には「こんな店をつくりたい」というスローガンを書いていただくのですが、その内容はどれも「このマチで生きていく」という覚悟と愛に溢れています。
これは考えれば当然のことです。コンビニは、その地域に愛されなければ成り立ちません。ローソンはグループの企業理念として「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします」を掲げています。この理念を実践していくのは簡単ではありませんが、オーナーの方々が書いたわずか数文字のスローガンにも、「地域愛」が溢れている。ここにコンビニというビジネスの本質があるとわかりました。
■三菱商事社長が言った「たとえ話」の真意
メッセージというものは、情報量を増やせばいいわけではありません。わずか数文字のスローガンであっても、意味を正しく伝えることはできます。
三菱商事で社長の業務秘書を務めていたとき、当時社長だった小林健会長が「“みそひともじ”(31文字)で言ってごらん」と指示を出されたことが、私は忘れられません。
グループで約7万人の従業員を抱える三菱商事の業務は非常に広範囲です。経営会議などでは、これまでの取り組みを事細かに説明しようと、分厚い資料を持ち込んでくる社員もいます。事業の規模や性質を考えれば、それは当然の事なのですが、ひと通り話を聞いた後、小林会長は、日本人がはるか昔から31文字で思いを伝え合ってきた事を引き合いに出され、「31文字で」とおっしゃったのです。もちろん小林会長は自らも常に端的に要点を整理されていました。
五・七・五・七・七で構成される短歌は、「みそひともじ」とも呼称されます。1200年以上前に編まれた日本最古の和歌集『万葉集』には、男女の恋、自然や四季への賛辞、死者への哀悼など、様々なテーマの歌が収められています。これだけ少ない文字数で、これほど豊かな内容を詠むことができるのは、日本人と日本語の特性だといえるでしょう。
指示を受ける側からすれば、「そんなのは無茶だ」と思うかもしれません。しかし、実際に自分が経営者の立場になってみると、そうした指示の真意が少しずつわかってきました。
経営者は、部下から上がってきた資料やデータを読み込み、その説明を聞いたうえで、迅速に経営判断を下さなくてはなりません。そのとき、判断を下す基準は、2つです。1つは、すんなり理解できるか。もう1つは、担当者のまっすぐな情熱があるかどうか。この2点さえクリアできていれば、提案書や企画書は数行の箇条書きで構いません。極端にいえば、「31文字」で十分なのです。
■背伸びをした言葉はすぐに見破られる
どんな情報があれば経営判断を下せるか、ということは一概には言えません。しかし、当事者であれば要点はわかるはず。それが整理できていないのであれば、事案自体に問題があるのではないかと思います。また、そのような事案では担当者の情熱にも迷いが見えるものです。
不思議なもので、そうした資料は、正対したときにストンと腹落ちしてきません。時には判断に迷うこともありますが、自然体で真正面から下した判断であれば、どのような結果になっても狼狽することはないはずです。表現を変えれば、どんな経営者でも、自身の見識とキャパシティを超えた判断はできませんし、してはならないと思っています。その点において、三菱商事では大変鍛えられました。
現在の私の礎となったのは、入社時に配属された畜産部のビーフチームの仕事でした。三菱商事は豪州の牧場で牛肉を生産していましたが、91年の牛肉の輸入自由化で収益が悪化。事業の撤退が決まりました。ところがその時点ではまだ1年分の肉牛が牧場に残っていたのです。入社3年目だった私は、牛肉の営業マンとして系列会社へ出向を命じられました。
入社3年目に出向した同期はいませんでした。仲間たちがNYやロンドンへの出張を自慢するなかで、私は飛び込み営業に明け暮れました。『スーパーマーケット年鑑』の「あ」行から順番に電話をかけて、北海道から沖縄まで行脚しました。週末には店頭での試食販売のため、ロゴ入りの赤いマイエプロンをかけ、妻が手作りしたレシピ集を配りました。
私は牛肉の在庫を売るのに必死でしたが、次第にスーパーの担当者から「竹増さん、今度は豚肉を売ってよ」と声をかけてもらえるようになりました。社内からも「この商品をスーパーに売りたいんだけど」と相談を持ちかけられ、1年後には上司に本社へ呼び戻されました。商売の現場を一心不乱に走り回っていた私の背中を見てくれていたのだと感激したのを覚えています。
仕事をやりきる努力と情熱があれば、見た目は拙い資料であっても、必ず真意は伝わるはずですし、目の前の仕事に真剣に取り組めば、お天道様がその背中を見てくれているものだと思います。
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1969年、大阪府生まれ。93年大阪大学経済学部卒業、三菱商事入社。畜産部に配属され、牛肉や豚肉を扱う。広報部、社長業務秘書を歴任。2014年ローソン副社長。16年6月より社長COO。
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(ローソン 代表取締役社長 竹増 貞信 構成=山田清機 撮影=門間新弥)
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