脱プリンタに挑むブラザー"5度目の変身"
プレジデントオンライン / 2017年6月30日 8時15分
■「ミシン時代」とは段違いの規模に
かつて優良企業だった東芝の苦境が象徴するように、大企業でも将来の保証はない時代だ。環境の変化にあわせて事業を組み換えていかないと、どんな企業も生き残れない。
そこで1908年創業のブラザー工業の事例を紹介したい。かつては「ミシンのブラザー」と呼ばれていたが、国内ミシン市場が縮小するなか、いち早く事業を多角化して海外展開も加速。主力事業をプリンターに転換して一頭地を抜く存在となった。2017年3月期(2016年度)の業績は、連結売上収益6411億8500万円(前期比6%減)、営業利益591億5200万円(同0.9%増)、税引前利益612億5700万円(同7.1%増)と安定した数字を残している。
だが、ペーパーレス化の時代を迎え、プリンター事業の先行きは不透明だ。そこでブラザーは「脱プリンター」を掲げて、5度目の変身に挑みつつある。小池利和社長のインタビューを交えながら、同社の取り組みを見ていきたい。
■事業構造の軸足を「BtoB」に移す
現在、ブラザーの主力はプリンター事業だ。機能を絞った商品で、小規模オフィス(SOHO)や一般家庭向けに強みをもち、全売上高の約6割を占める。海外の売上比率が高く、前期も現地のプリンター事業は堅調だった。国内では「プリビオ」や「ジャスティオ」のブランドで展開しており、キヤノン、エプソンに次ぐ業界3位メーカーだ。ただし、主力事業を取り巻く環境は厳しい。競合のリコーは、プリンター事業の不振などで、2016年度の1年間で社員を約3700人削減している。
ブラザー工業は昨年、3カ年の中期経営計画「CS B2018」を発表した。その数値目標は後述するが、一般向けプリンター事業に寄りかかる現状の脱却を掲げる。中期計画の意図は何か? 2007年6月から同社の経営トップを務める小池利和社長はこう説明する。
「一言でいえば、事業構造の軸足をBtoC(企業対消費者)からBtoB(企業対企業)へ移すことを目指しています。タブレットの普及やクラウドコンピューティングの浸透で、消費者が紙に印刷する枚数は減っています。たとえば年賀葉書の発行枚数は2003年の44億枚をピークに減り続け、2016年は31億枚でした。毎年約1億枚ベースで減る時代です。そうなるとプリンターや複合機本体の売れゆきは鈍り、印刷に使うインクなどの消耗品も減らないので、消耗品市場も縮小します。グローバルでも、以前は『先進国で頭打ち、新興国で伸びる市場』といわれましたが、最近は厳しくなりました」
その対策として同社が進めるのが、産業用プリント事業の開拓だ。15年6月には1890億円(当時の為替レート)を投じて、英国のドミノ・プリンティング・サイエンシズ(以下、ドミノ)を買収した。ドミノが得意な産業用プリントとは、ペットボトル飲料や食品パッケージに日付やロット番号を刻印するもので、ブラザーのプリンティング事業とは重複しなかったという。買収後2年たった状況はどうか。
「ドミノ事業の17年3月期の業績は、日本円換算で売上収益593億5400万円、営業利益43億6600万円で、期初に計画していた目標を達成しました。買収当時はポンド高で、メディアや市場から『買収金額が高い』と言われましたが、私は長年米国に駐在していたので、昔からドミノ社の存在は知っており、非常に手堅く事業運営をする企業です。シナジー効果も期待できるので、ブラザーグループに迎え入れてよかったと思います」(小池氏)
わかりやすく例えれば、人口の多い中国やインドでペットボトル飲料を飲む人が増えれば、プリント需要も拡大するという構図で、トレーサビリティ(生産履歴)需要も高い産業用プリンターは、今後も年4~5%の成長市場といわれる。
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■中期計画達成に向け「人員再編」も実施
今年5月にブラザーは、中期経営計画の最終年度となる18年度の業績目標を「売上収益6850億円、営業利益630億円、営業利益率9.2%」に修正設定した。前期の営業利益は600億円に迫り、営業利益率は9.2%となるなど、一足先に目標を達成したように見える。
※16年に策定した目標数値を、為替レートの見直しなどで修正
だが小池氏は、「前期は運も味方した、本来の実力以上の結果です」と説明し、変革への取り組みを緩める気はない。
「事業構造の組み換えに伴い、人材再配置も行いました。プリンターや複合機などのプリンティング事業から、産業機器や工業用ミシンなどのマシナリー事業に200人規模で配置換えをしたのです。現時点では、再配置で喜ぶ人と戸惑う人がいます。従来よりも小さなグループで、自分の持ち味が発揮できるエンジニアもいますが、産業機器や工業用ミシンでは、プリンターや複合機とは求められるものが異なるため、視野の変更に戸惑うエンジニアもいるからです」
主な狙いは、成長分野に人材を手厚くすることだが、異なる事業に移すことで、職場も当人も"化学反応"が起き、新たな発想が生まれることを期待する。ドミノ事業も、従来の安定した業績の上積みでは満足していない。
「ドミノは大手が参入しにくいニッチな市場を押さえています。現在の課題は、そうした特殊な販路に向けて、ブラザーグループが開発した新商品を次々に供給してあげること。ドミノ事業については、ブラザーの将来の柱と期待しているので、現在の売上高の2倍、利益も1.5倍に拡大したい」
社長に就任して10年。残された課題は、これまで紹介した「事業構造の変革」と「サクセッションプラン(人材開発と後継者育成計画)」だと熱っぽく語る。
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■生き残れるのは「変化に対応した企業」
これまで110年近い歴史の中で、ブラザーは大きく分けて4度の変身をしながら、会社を発展させてきた。(1)ミシン専業だったのが、(2)編み機やタイプライターなどに多角化し、(3)ファクスやプリンターなどで電子化や情報化を推進していき、(4)デジタル複合機や通信カラオケなどで情報をネットワーク化――という流れだ。過去はBtoC事業が主軸だったが、5度目の変身は、産業用機器などのBtoBで成し遂げることを目指す。
小池氏は社内に向けては、進化論を唱えたダーウィンの「種の起源」の一説の言い回しを変えて、次のような言葉で説明してきた。
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「世の中で生き残る者は、身体の大きい者でも、強い者でもなく、変化に対応できた者のみです。私はブラザーグループを変化対応力に優れ、価値を生み出すチームにしたいと考えています」
こうして紹介すると、ブラザー工業という会社は、常に変化を求められ、ピリピリした雰囲気だと思う読者がいるかもしれない。だが、昔から家族主義で役員と社員の距離も近い社風で「モノ言えば唇寒し」の風土でもない。離職率も年に1%を切る低さだ。小池氏自身「若い頃から大口を叩き、言いたいことを言う」タイプだった。新卒で入社後に、当時の人事部長からは「ぼくが面接していたら、キミなんか採用しなかったのに」と言われたという。
そうした社内の居心地のよさは、一歩間違えれば"ゆでガエル"状態になりかねない。経営トップの思いを社員一人ひとりに伝えるために、小池氏は「そこまでやるか」というほど、社内コミュニケーションに力を注ぐ。次回はその手法を具体的に紹介しよう。
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経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト 高井 尚之 撮影(小池社長)=プレジデントオンライン編集部)
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