成熟市場で「稼ぐ力」を取り戻す方法とは

プレジデントオンライン / 2017年7月18日 8時15分

『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)などの著書がある一橋大学大学院の楠木建教授は、「稼ぐ力のリアリティは会社の中のひとつひとつの事業にある。会社は事業の入れ物にすぎない。事業が『主』であり、会社が『従』。この主従関係が大切」といいます。楠木教授の講演内容を2回に分けて紹介します――。

※以下は2016年8月の講演「長期利益の源泉を考える:オポチュニティとクオリティ」の抄録です。講演の全編は、慶應丸の内シティキャンパス「クロシング」にて公開中です。

■経営は人に依る。法則はない

まず前提として、「商売ごとには法則がない」と言いたい。法則とは、再現可能な普遍的因果関係のことだ。自然科学は自然現象の背後にある法則を解明しようとする。一般相対性理論なら、誰がどういう気分で観測しても同じ結果が出る。だが、経営は自然現象ではない。「こうやればうまくいく」という法則もないのだ。

例えば、ファーストリテイリングの創業者である柳井正さんと、ZARAを展開するスペインのインディテックスの創業者であるアマンシオ・オルテガさんを入れ替えたら、両社ともに相当程度業績が落ちるだろう。人に依らないのが科学。それに対して、経営は人に依る。これが法則がないということである。

私は経営学を研究しているが、科学者ではない。真実法則の探求としての研究ではなく、「こう考えたらいかがでしょうか」という論理を実務家に提供するという仕事である。

論理というのは、「無意味」と「嘘」の間に位置する。ビジネス書を開くと、「意思決定は早くあるべきだ」など自明のことが書かれているが、それらは「無意味」だ。一方で、「こうやればうまくいく」という「嘘」を言う人もいる。法則はない以上、「こうやればうまくいく」ということはない。私が扱っている「論理」とは、法則ではないが、自明でもない、改めて考えてみるべき思考の構えを意味している。

■会社の稼ぐ力は「事業」にある

それを踏まえて今日提案するのは、日本が「クオリティ企業大国」を目指すべきだということ。日本企業が抱える経営課題は「稼ぐ力を取り戻す」という、至ってシンプルなものだ。そのためには、稼ぐ力の軸足に注目した類型論として、「オポチュニティ企業」と「クオリティ企業」を対比し、「クオリティ企業大国」を目指すことが、日本の針路になるというメッセージである。

企業における戦略のゴールは何なのか。利益、シェア、成長、顧客満足、従業員満足、企業価値、社会貢献が候補として挙げられるが、これらは全てつながり合っている。そのつながりを考えると、長期利益こそが経営の極大化すべきゴールであるといえる。

普通の競争が行われている状況であれば、一番正直に顧客満足が現れるのは長期利益だ。儲かっていないのに客が満足していたら、どこかに嘘があることになる。利益があるからこそ、雇用があって給料が出せるのであり、逆はない。また、企業ができる社会貢献の最たるものは納税だ。

■ファストリの経営方針は「儲ける」の一言

しばしば、日本のROE(自己資本利益率)は5.3%と、米国の22.6%、欧州の15.0%に比べて低く、原因は長期の継続経営を求めることにあるとされる。だが、ROEを分解してみると日米欧の総資本回転率と財務レバレッジはあまり変わらない。日本は儲け(利益率)が少ないことが問題なのだ。

たとえばファーストリテイリングの経営方針は「儲ける」の一言だ。「儲ける」はどの会社にも当てはまる言葉で、これ以外の方針は、商売ではありえない。まともな人が、まともな商売をやって、まともな論理で考えれば行き着く原理原則である。

会社はいろいろな事業が入っている器であって「企業=事業」ではない。商品・サービスがあり、お客さまがいて、競争相手としのぎを削るというのは、事業のレベルで起きていることだ。会社というのは僕の視点からするとフィクションだ。上場など事業の入れ物としての会社は必要だが、稼ぐ力のリアリティは事業にある。事業が「主」であり、会社が「従」であるという主従関係が、稼ぐ力を見るためには極めて重要である。

フィクションたる会社が前に出すぎると、主従が逆転して個別の事業の稼ぐ力はないがしろにされてしまう。最近では、重厚長大でも会社の事業構成が変わってきた。そのベストケースは日立である。日立のV字回復は、本社レベルでいろいろな事業構成に手を入れたことにある。ただ、本社が頑張ったことと、事業は別問題だ。本社はマイナスをゼロにしただけで、これからプラスにするのは事業レベルの稼ぐ力にかかっている。

会社には3つの市場と3つの評価の場がある。1つ目が「競争市場」と「長期利益」、2つ目が「資本市場」と「株価」、3つ目が「労働市場」と「働きがい」だ。長期利益があるから株価が上がり、働きがいも出てくるため、この3つは相互に関係している。その中でも、ここでは「長期利益/競争市場」に注目したい。

■稼ぐ力を社外に求めるのか、社内に置くのか

私が事業の稼ぐ力を考えるときに大切にしているのが「オポチュニティ企業」と「クオリティ企業」とを対比する視点だ。この2つでは、稼ぐ力の軸足に違いがある。事業は、大小さまざまな利益機会、すなわちオポチュニティに囲まれている。機会は現れては消えいく。変化する収益機会をうまく捉えて動くことに勝負をかけるのが「オポチュニティ企業」である。オポチュニティ企業においては本社の力が重要で、機会の出現に合わせて、機動的に行動を組み上げていく。そこでの儲かるロジックは、「先行者利益」と「規模の経済」。誰よりも早くオポチュニティをつかみ、成長を追求する。いち早く機会を押さえれば、利益は後からついてくるという構えだ。

どの国・地域にも高度成長期がある。そのときに前面に出るのは、この「オポチュニティ企業」だ。人口が増え、所得が上がり、消費も増え、道路ができる高度成長期には、次々とオポチュニティが出てくる。

一方の「クオリティ企業」は、会社の中で作る独自の価値に軸足を置き、そこに利益の源泉を求める。ここでの「クオリティ」が意味するのは、お客さまに価値を作って届ける経営と戦略の質のことであり、ものづくりやサービスのきめ細かさではない。成熟経済の主役はクオリティ企業である。成熟した経済状況では、オポチュニティがあまり出てこないため、稼ぐ力が内部にシフトし、その会社の戦略ストーリーこそがクオリティ企業の利益の源泉になってくる。

もちろん、日本のような成熟経済下でも産業でオポチュニティを捉える企業はある。ソフトバンクは日本最強のオポチュニティ企業といってよい。オポチュニティとクオリティの違いは良しあしではなく、あくまでも儲けるために持っているロジックが異なるということだ。(後編に続く)

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※こちらの記事は慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)「クロシング」の講演抄録です。クロシングは、定例講演会『夕学五十講』から厳選した講演映像を、いつでもどこでも視聴できるオンラインサービスです。詳細はこちら(https://keiomccxing.com/)
 

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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建 構成=飯田 樹)

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