「がん離婚」を避けるために必要なひと言
プレジデントオンライン / 2017年7月30日 11時15分
■心残りが大きいほど、子どもへの愛は深い
小林麻央さんが亡くなられたのを知ったとき、ご冥福を祈りながら、麻央さんは普通の人の一生分の幸せを得て、旅立つことができたのかな? そうであってほしいな、と思いました。おかしな反応と思う人もいるでしょうが、これは私の妻が乳がん転移の肝臓がんで闘病しており、主治医から「治る見込みはない」といわれているからかもしれません。そのため、つらい闘病生活を送っている妻には、毎日少しでもいいから幸せを重ねていってほしい、と願ってサポートしているのです。
ただ、十分すぎる幸せを得たとしても、子どもが未成年の場合、心残りはあるはずです。とても死を受け入れることはできないでしょう。それは闘病者本人だけでなく、そのパートナーにとってもそうです。私の娘は今12歳ですが、近い将来、妻が旅立つことがあれば、思春期の娘をどうやってサポートし、育てていけばいいのか途方に暮れるに違いありません。海老蔵さんと麻央さんの場合、まだお子さんは小さいので、まさに身を引き裂かれる思いのお別れです。
海老蔵さんは、麻央さんが亡くなられた翌日の会見で、「5歳と4歳ですから、これから『お母さん』という存在は彼女や彼には、非常に重要な存在なわけではないですか。それをやはり、失った。僕は代わりにはなれないですけど、できるかぎりのことをやっていくように思っていますね」と話しているとおり、試行錯誤しながらも、パパとしてできる限りのことをするのはもちろん、ときにはママの役割も果たさなければなりません。
麻央さんのママとしての心残りの大きさは、想像を絶するほどだったと思います。このことは海老蔵さんが「心残りだと思います。2人のことについて、『どうすればいいんだろう』って考えても、答えが出なかったものだと思います。(中略)心配で心配でしょうがないんじゃないでしょうか」と話しているのと、「海老蔵さんが託されたことはありますか」という質問に対して「ちょっと多すぎて言葉に出せないですよね」と答えているところからも想像できます。
ただ、心残りが大きいほど、子どもへの愛は深い、といっていいのではないかと思います。苦しい闘病を続けていると、自分のことだけで精一杯になることがよくあるからです。これはサポートする側にもいえることです。自分の置かれている状況がとにかく不条理に思えて恨めしく、ほかのことを考えられなくなってしまうのです。
海老蔵さんは会見で、「麻央のほうが大変なのに、自分よりも相手のことを心配する優しさ。(中略)どこまでも自分よりも、相手のことを思う気持ち、これはいちばん多かったですね」と話していました。麻央さんの精神的な強さ、素晴らしさを感じることができます。麻央さんのお子さんへの愛は最期のときを迎えるまで、少しも色あせることはなかったはずです。
■最期の言葉「愛している」は"真の愛"
海老蔵さんの会見で、私が特に感銘を受けたのは、麻央さんの最期の言葉が「愛している」だったというエピソードでした。朦朧とする意識のなかで「愛している」と言える夫婦の愛の強さは並外れたものだと思います。私が最期を迎えるとき、妻に「愛している」といえるか、自信がありません。ただ、せめて「ありがとう」という言葉が出る関係でありたいと思っています。
明治安田生命の「いい夫婦の日」に関するアンケート調査(2016年11月)では、「配偶者から言われたい一言」は「ありがとう」が25.5%で断トツでした。次いで「結婚して良かった」(9.0%)、「感謝しています」(7.8%)となっています。
がんの闘病をサポートするのに必要なのは夫婦愛です。愛がなければ、闘病のサポートはうまくいきません。海老蔵さんの足元にも及ばないかもしれませんが、私も妻を愛しています。そのことに気づかされるのは、妻をサポートしていて心身ともに限界を感じたときです。このような状態に陥っても、「妻のために」と思えば、不思議と「まだまだ頑張れる!」と自分を叱咤激励できるのです。
もちろんイライラが治まらなかったり、手伝いをしない娘に怒りをぶつけたりしてしまうこともあります。逃げ出したくなることさえあります。情けない限りですが、それでも踏みとどまることができるのは、妻への愛が強いからだと思っています。また、妻からの愛情を感じることで、救われることもあります。この夫婦愛がなければ、私のようなダメ夫は、すでに疲労で潰れてしまっているでしょう。
夫婦愛というと、照れくさいと思う人が多いかもしれません。適当に仲良くやっていればいいという人もいるはずです。それでうまくいっている夫婦もいると思いますが、「がん」という事態が引き金となって、夫婦の関係が変わることがあります。実際、私は取材を進めるうちに「がん離婚はめずらしいことではない」と考えるようになりました。
海老蔵さんは会見でこう話していました。
「とにかく、私を、どんな部分も、どこまでも愛してくれていたんじゃないかと。うん。できればずっと一緒にいて、私のほうが先に逝って、彼女にはもっと幸せに、もっと楽しく、家族やお友達や、麻耶さんやお母さん、お父さま、そして、私が役者として成長していく過程をずっと見守ってもらいたかった存在です」
この発言からも、海老蔵さんと麻央さんの夫婦愛の深さが伝わってきます。
夫婦で健康に気を遣う人はいますが、同時に夫婦の愛を深めることも忘れてはならない。海老蔵さんの会見を見て、再確認させられました。がんは手ごわく、非情なまでに夫婦からあらゆるものを奪っていきます。心の余裕を失わずにいるために、最後の拠り所となるのは夫婦愛です。
■「がんは対岸の火事ではない」
妻が41歳で乳がんになるまで、私たち夫婦はこれといって健康に気を遣うことはありませんでした。仲はいいほうだと思っていましたが、とくに夫婦愛を深めるようなことはしていませんでした。乳がんの宣告は、まさに青天の霹靂で、そのときまでがんは対岸の火事でした。そのため、どうしていいのかわからないことの連続でした。
妻の乳がん告知から6年ちょっと、少しはマシになったとはいうものの、相変わらず私はダメ夫です。自分の器の小ささ、心の醜さに驚愕し、反省することもしばしばです。この先、わが家はどうなるのだろうか、という不安の拭えない状態が続いています。それでも改善できることはないか、妻とよく話し合うようにしています。少しずつではありますが、そうすることで、確実に夫婦愛が深まっていくと思うからです。
健康な人に、「がんと闘うには夫婦愛が必要だ」と話しても、みんなピンと来ないようです。私の妻は、自分が亡くなった後の話をよくします。聞いていて、かなりつらいのですが、よりつらいのは妻のはずです。それでも自分が亡くなってからの娘のことについて、私に話すのです。嘆きながら話すのではなく、娘のことを愛しているからこそ、心配だからこそ、現実から目を逸らすことなく、気丈に話すのだと思います。海老蔵さんの会見でも、以下の発言には特に胸が締め付けられました。
「(長女の)麗禾(れいか)は、きのうは、ずっと麻央のそばを離れませんでした。そして、彼女の横で、ずっと『寝る』といって、寝てました。(中略)きょうの朝も、麻央の横になっているところに、2人が麻央の顔をさわったり、足をさすったり、手を握ったり。そういうところを見ると、私が今後、背負っていくもの、やらなくてはならないこと、子どもたちに対して、とても大きなものがあるな、と痛感しました」
麻央さんは亡くなる2日前まで闘病ブログをつづっていました。読者の数は約260万人に達し、その影響力の大きさから、昨年11月には英BBCから社会に影響を与えた「100人の女性」の1人に、日本人として初めて選ばれました。このブログを読むと、がんの闘病において夫婦愛がどれだけ重要であるかがわかると思います。麻央さんの遺志は、一連の話を単純に美化するのではなく、得られた知見をこれからの闘病に役立てていくことであるはずです。
では、夫婦の愛を深めるにはどうしたらいいのか。まずは話をする機会を増やすところから始めましょう。そして「聴く」「話す」という場面で、相手の気持ちを考える。そうした小さな心掛けでも、少しずつ信頼関係が深まっていくはずです。
難しく考える必要はありません。大事なのは「ありがとう」のひと言。日々のちょっとしたことの積み重ねです。夫婦の愛を深めておければ、いざというとき、お互いの負担を減らすことができます。照れくさいかもしれませんが、ぜひチャレンジしてみてください。
(フリーランスライター 桃山 透)
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