日本国憲法の「アメリカの影」を直視せよ
プレジデントオンライン / 2017年7月28日 9時15分
■憲法と国連憲章、日米安保の連続性
現在の改憲論議のポイントが、自衛隊の位置づけの明晰性にあるのは確かだ。ただし、その背景にあるのは、国際協調主義を掲げる日本国憲法と国際法秩序の関係であり、さらには憲法と日米安保との関係である。もともと日本国憲法は、第二次世界大戦時に孤立していた日本が、国際社会の一員へと復帰していくために制定されたものだ。高度経済成長時代以降の日本では、その要請の切実さは、忘れられてしまった。しかし時代背景は変わっても、憲法が日本の国際社会での活躍を助けるものなのか、阻害するものなのかは、我々日本人にとって、決定的に重要な論点であるはずだ。
実際の憲法典とその背景を冷静に見れば、それらは全て調和している。そもそも常識的に考えれば、アメリカ人が起草した日本国憲法が、アメリカが主導して作られた国連憲章を中心とする現代国際法や、アメリカの外交政策の一環である日米安保体制と矛盾しているはずはないのである。
日本国憲法を起草したのがGHQのアメリカ人たちであったことは、史実として実証され、広く知られている。(例:五百旗頭真『日本の近代6 - 戦争・占領・講和 1941~1955』、中公文庫)。日本国憲法の実質的な最終原案は、ダグラス・マッカーサーの指示によってGHQの民生局(GS)が作成した、いわゆるGHQ草案である。その事実に不満を感じるかどうかは、憲法解釈にあたっては重要ではない。解釈にあたって重要なのは、日本国憲法は、(国連憲章の底流ともなっている)アメリカ憲法思想の伝統の強い影響下で起草された、という点である。
■「押し付け憲法論」を忌避するあまり
ところが長い間、日本の憲法学者は、日本国憲法と国連憲章(及びそれを中心とする国際法)と日米安保体制の、調和的関係を崩すことに専心してきた。「憲法は国際法を凌駕する」「憲法は日米安保を認めない」といった、奇妙なイデオロギー的な文言解釈で、憲法理解を惑わせて続けてきた。
その背景には、「護憲派」としての東大法学部系の主流の憲法学者たちが、「押しつけ憲法」改正論を唱える「改憲派」勢力と、政治的な確執を持ってきたことがある。マッカーサーによって押し付けられた憲法は否定し、新たに自主憲法を制定すべきだ、という議論を警戒する余り、「押しつけ」にかかわる要素、つまりアメリカ人の介在を一切認めないという立場を彼らはとってきた。
「実は、ポツダム宣言受諾時に、国民が主権を握る革命が起きていた、その国民こそが憲法を制定したのであり、アメリカ人が憲法を制定したのではない」。このような「物語」を、憲法学者たちは「八月革命説」と呼ぶが、荒唐無稽な絵空事とはされていない。東大法学部教授・宮沢俊義によって提唱された「八月革命説」は、京都大学系の憲法学者らの厳しい批判の繰り返しにもかかわらず、憲法学界の「通説」あるいは「多数説」といった地位を得ている。すべては、アメリカ人が憲法を起草した、ということを認めると、「押しつけ憲法」改正論の連中に利用されかねない、という政治的思惑から広まった「神話」である。
今や国際政治学者であっても、憲法解釈を整理することに躊躇すべきではないかもしれない。イデオロギーで凝り固まった訓詁学(編集部注:一つ一つの字句の意味を研究する学問)的な憲法解釈ではなく、日本国憲法の前文に書かれている「国際協調主義」の精神に沿った、より常識的な憲法解釈が求められているからだ。
■国際的平和構築の文脈で憲法を読む
アメリカの影を認めながら憲法を論じるとは、どういうことだろうか。日本国憲法は戦後平和構築の政策的配慮によって作られた、ということを認める地点から、議論を開始するということだ。主権者である国民の意思にしたがって憲法が制定された――といった極度に抽象化された言い方でのみ、憲法制定の経緯を述べるのではなく、具体的な時代状況の中で、憲法制定の背景を語るべきだ、ということである。そして、「革命が起こったので日本国憲法が制定された」といった非歴史的な言い方で憲法を説明するのではなく、現代世界の数多くの諸国の法体系が説明されるときのように、平和構築の政策的配慮をふまえて、憲法を説明していくべきだ、ということである。
次回は実際に、日本国憲法のテキストを、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が起草したときのスタイルに近い英語で、読者の皆さんと一緒に読んでみることにしよう。
----------
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程終了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保」(風行社)、『ほんとうの憲法 ―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。
----------
(東京外国語大学教授 篠田 英朗)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
〈総裁選前に初公開〉国民が政治家を見極めるための「“真正保守”政治家10カ条」《保阪正康氏が考案》
文春オンライン / 2024年9月23日 17時0分
-
岸田から次期総裁への置き土産「憲法改正」は総選挙に向けた「裏金問題」隠しか
ニューズウィーク日本版 / 2024年9月11日 13時53分
-
自民党を「ビッグモーター」にしたくなかった…石破茂が「裏切り者」と言われても"自民批判"を躊躇しないワケ
プレジデントオンライン / 2024年9月10日 10時15分
-
「自衛隊=レスキュー隊」という認識が強すぎる…ロシア・ウクライナ戦争でわかった日本の大きな課題
プレジデントオンライン / 2024年8月27日 9時15分
-
「憲法9条」でも「人員不足」でも「サイバー領域」でもない…私が考える日本の防衛上の最大の弱点
プレジデントオンライン / 2024年8月26日 9時15分
ランキング
-
1被災者支えたスーパーにも被害…能登地方を襲った記録的豪雨 地震乗り越え生活再建を目指す住民から嘆きの声
東海テレビ / 2024年9月23日 22時24分
-
2輪島市の水害 復旧作業は長期化か…7人が死亡 6人の安否や行方が不明 重機入れず人海戦術での捜索活動も
CBCテレビ / 2024年9月23日 19時10分
-
3自民党内で野田佳彦・立民新代表への警戒感…石破氏「言論の雄だ。決して甘く見てはいけない」
読売新聞 / 2024年9月23日 23時1分
-
4新米「コシヒカリ」240キロ盗まれる…出荷に向け倉庫前に置いていた玄米、夜間に被害か
読売新聞 / 2024年9月24日 6時54分
-
5さよならイトーヨーカドー“福住と共に30年“”に幕 ハムにアイドル…ドームの記憶も一緒に…
STVニュース北海道 / 2024年9月23日 16時20分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください