米国第一を批判できない産経の"日本第一"
プレジデントオンライン / 2017年8月28日 15時15分
■産経社説に「穏健な現実主義」といわれたくない
8月22日付の産経新聞の社説(主張)は、バノン氏の解任を前向きに捉え、「現実路線への転換求める」という見出しをつけている。記事では「期待されるのは、米国が国際協調と自由貿易を重視する穏健な現実路線へ転換することである」と書く。
産経が「国際協調」「穏健な現実主義」と書くと、違和感がある。産経が強調する「現実主義」はいつも過激だからだ。
続けて産経社説は「先月末、軍人出身で規律を重視するケリー大統領首席補佐官が就任し、政権立て直しに着手した。バノン氏解任は、その一環でもあるのだろう」と書いたうえで、バノン氏をこう批判していく。
■「すべてバノン氏の責任」なのか?
「バノン氏は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱やメキシコ国境の壁建設、移民・難民の入国規制など『米国第一』政策を次々と主導した。それが行き過ぎて分断を招かなかったか」
「地球温暖化防止のための国際枠組みであるパリ協定からの離脱を進めたのもバノン氏である。北朝鮮やシリアなど国際問題への関与には消極的だった」
「バノン氏は左派系誌に、北朝鮮への軍事攻撃を選択肢とする政権の方針に反し『軍事的解決策はない』と語り、これが解任の決定打になったとされる」
TPP離脱、メキシコ国境の壁、移民・難民の入国規制、パリ協定からの離脱……。産経社説はこれらのトランプ政権の異常さが、すべてバノン氏によるものだったと読者の脳裏に擦り込んでいく。
■読者を混乱させる産経社説の主張
産経社説は「これまでも『独走』するバノン氏は政権の内紛の火種だった。だが、大統領選では、バノン氏の排他主義的主張が、白人労働者層の支持を広げた。トランプ氏勝利の『功績』は小さくない」と書いた後、次のように主張する。
「そのバノン氏を切る政治的なリスクをあえて選ぶ以上、明確な路線転換を示してもらいたい。この際、トランプ氏自身が変わり、『米国第一』一辺倒でない、柔軟姿勢を取り入れてはどうか」
米国第一主義を否定し、柔軟姿勢を目指せというのである。
ここで産経の読者は混乱する。なぜかと言うと、これまでの産経は、トランプ政権を擁護していると受け取られても仕方のない記事を載せることが多かったからである。
■「日本第一主義でいこう」という空恐ろしい産経コラム
たとえば今年1月22日付の紙面(1面)に編集局長名で掲載された「トランプ大統領就任 『日本第一』主義でいこう」というコラムである。
前半で「『アメリカ・ファースト(米国第一)』のたった一言で、トランプ大統領はさっそく世界を動かしている」と指摘し、「英国のEU完全離脱が現実化しつつあるいま、世界は行き過ぎたグローバリズムの調整期に入った。世界で最も豊かな8人が貧しい36億人分の資産を保有している世界は、明らかに異常だ。同じ金持ちでも『俺たちの気持ちがわかる』と労働者に信じさせたトランプ氏が米大統領になったのは何の不思議もない」と言い切る。
そのうえでこう指摘する。
「TPPやNAFTAなんぞはくそ食らえ、メキシコとの国境にはもちろん、壁をつくる…」
「これまで『自由の国』米国では、思いもよらなかった政策が次々と現実化するのをわれわれは目撃することになろう」
そして後半でこう主張する。
「『米国第一』主義には『日本第一』主義で対抗するしかない」
「日本人は日本でつくった製品を買い、この国の農産物を食べよう。安全保障も米国におんぶにだっこではなく、もっと防衛力を整備しよう」
このコラムを読むと空恐ろしくなる。これまで世界が築き上げてきたグローバリゼーションを真っ向から否定しているからだ。ただ幸いなことにトランプ氏の政策はどれも成功していない。
それにしても1面に編集局長名でこんなコラムを掲載してきた産経新聞ゆえに、社説で「元凶はトランプ氏自身だ」とストレートに主張できないのだろう。
■「辞任ドミノ」と書く読売社説
読売新聞の社説(8月23日付)は見出しが「側近更迭を機に路線を見直せ」である。産経社説と似ている。
だが読売社説はトランプ氏を明確に批判している。
たとえば書き出しでは「最近1カ月間で、高官が辞めるのは4人目だ。首席補佐官や報道官らの重職の『辞任ドミノ』を引き起こしたのは、トランプ氏にほかならない」と指摘している。
続けて「問題なのは、トランプ氏が就任後も、選挙戦の成功体験から、政治や行政の見識を欠くバノン氏に強大な権限を与えたことだ」とも書く。
「辞任ドミノ」と書かれると、この沙鴎一歩も「なるほど」と思わず納得してしまう。トランプ氏の側近が次々と更迭させられていくのを見るに付け、トランプ政権の傲慢さが浮き彫りになったからである。
■「人種の亀裂を容認した」と批判
さらに読売社説は「政権内では、トランプ氏の長女夫妻が穏健派で、国際協調を重視する。軍人出身のケリー首席補佐官、マクマスター補佐官(国家安全保障担当)も現実主義者だ」と指摘する。
そのうえで「思想信条が異なるバノン氏が、安定した政権運営の障害となるのは自明だったのではないか」とバノン氏の解任を評価する。
そして「ホワイトハウス内の対立は収まっても、最大の懸念材料が残る。トランプ氏自身の資質である」と書く。この読売社説はトランプ氏への攻撃の手をまったく緩めない。
さらに「南部バージニア州の衝突事件で、『非は双方にある』と語った。人種差別に反対する活動家を、白人至上主義のKKKやネオナチなどの極右勢力と同列に並べた」と書き、「人種による亀裂を容認したと受け取られても仕方ない。与党の共和党や経済界も含めて、反発の声が広がったのは当然だろう」と付け加える。
さまざまな人種が集まっているのがアメリカという国である。そのアメリカで「人種の亀裂を容認した」という表現でトランプ氏を批判する。
最後に読売社説は「トランプ氏の家族と元軍人の勢力が政権内で影響力を持ち、外交や経済などの専門家が不足しているのは気がかりだ」として、「北朝鮮情勢が緊迫化する中、国務省などの高官ポストの空席を早急に埋めて、体制を強化せねばならない」と強調する。
その通りである。高官ポストの空席は、日本の安全に関わる大きな問題だろう。
■日経社説は「トカゲのしっぽ切り」と指摘
8月22日付の日経新聞の社説も「米トランプ政権は混乱の収束に努めよ」との見出しを掲げ、こう書き出す。
「米トランプ政権が一段と混迷を深めている。大統領が白人至上主義を容認すると受け取られかねない発言をし、国民世論に大きな亀裂が入った。混乱の火種と目されてきたバノン首席戦略官を更迭したのを奇貨として、国論の収束に努めてもらいたい」
産経や読売の社説と趣旨は同じである。
トランプ氏に対してはこんな書き方である。
「トランプ大統領はバージニア州で起きた暴動に際して『双方に責任がある』と語り、白人至上主義の秘密組織クー・クラックス・クラン(KKK)の肩を持つかのような態度をとった。いかなる人種差別も許容されるべきではなく、米国の国内問題として看過するわけにはいかない」
「バノン氏はいなくなったが、トランプ氏本人が姿勢を改めたかどうかは判然としない。トカゲのしっぽ切りで終われば、政権への批判は収まるまい」
ここで日経社説は「トランプ氏はバノンというトカゲのしっぽを切っただけだ」と言いたいのだろう。
沙鴎一歩もそう考えるが、その意味でも今後のトランプ政権の動きをしっかり見ていく必要がある。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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