売れる雑誌は"正しさよりも楽しさ"がある
プレジデントオンライン / 2017年9月12日 9時15分
■「こんなに丁寧に料理できない」と思った
レタスクラブの編集長、松田紀子氏は、仕事と家事・育児を両立するワーキングマザーだ。しかし、もともと料理は苦手であり、一児の母となってからは、それこそ歯を食いしばって料理をするようになったという。レシピを中心に掲載する『レタスクラブ』にも、仕事で関わるようになるまではまったく興味がなかったと話す。
「初めて誌面を見た時、『こんなに丁寧に料理する時間はない』という徒労感を覚えましたね。仕事で疲れて帰宅しているのに、この上、夕食に4品もつくるなんて無理だ、と。今の時代、働くママたちはもちろん、専業主婦の方も子どもの習い事や送り迎えで多忙な日々を送っています。外食への抵抗も薄れましたし、そこまでちゃんとした料理をつくらなくても、明るく元気に過ごしている家庭はたくさんある。それなのに、多くの女性たちはいまだに意識の奥底で『家事をきちんとできない自分』に、罪悪感やジレンマを感じているのです」
周囲の人たちに話を聞いてみたところ、「レタス(クラブ)のようには(料理を)作れない」「レシピが難しそう」という意見が8割を占め、「できない私はダメな母親だ」と自分を責める人もいた。
「当時のレシピも、よく読めばそう難しいものではないんです。でも『良妻賢母による、正しい料理』を思わせる誌面は、今の時代の読者からは遠く、ともすれば、彼女たちが自分を責めるきっかけにもなりかねないように感じました。もう、女性たちは『家事をちゃんとやらなければいけない』という呪いから解放されてもいいじゃないかと思ったんですよ」
■新コンセプトは「正しさよりも楽しさ」
そんな中、隔週刊から月刊化されることが決定した。編集長就任から半年後のことだ。松田氏は、リニューアルにあたって、「これまでのやり方を全て変えなければ」と考えた。長年の愛読者も大事にしつつ、新たな読者層をつかむためにどこまでやるべきなのか。どういう方針にすればいいのか、編集部のメンバーとも散々話し合ったが、結論は出なかった。
「この半年間に感じたことから『正しさよりも楽しさ』が肝になると考えました。良き母、良き妻になることより、毎日やらねばならない家事を少しでもラクにし、少しでも楽しむほうがいい。優等生の路線を捨て、本音をさらけ出す内容を誌面に反映していこうと。コンセプトは、『悩まない、考えない、生活はもっとラクできる』に決めました」
■リーダーとしての決意がメンバーに腹をくくらせた
松田氏は、自ら決めたゴールイメージを実現するために、どんな要素が必要なのかを繰り返し書き出し、何度も雑誌の構成を作り直していった。正解かどうかは、結果が出るまではわからない。だが、自分の中で積み重ね、導き出した一つの答えがある。そこに揺るぎない自信を持ち、メンバーの前では不安をおくびにも出さないことを決意した。
「リーダーが堂々としていなければ、メンバーは皆不安になります。失敗するかもしれないという不安を見せず、『ついてきて!』という態度を示すことが大事ですね。それまでは、編集会議で『でも』『だって』という言葉が出ることもあったのですが、月刊化という大きな舵きりのタイミングで、全メンバーが腹をくくってくれました」
1色ページをやめて、誌面はオールカラーに。レシピの切り口は食材ではなく、「解決! マンネリごはん」「手間なしおかず」など、読者の悩みをズバリ解決し、共感を呼ぶようなものとした。
「新しい読者層をつかむために、『手抜きしてもOK』という価値観を打ち出す一方、料理好きな長年の読者も満足できるよう、時間を掛けて“豆をじっくり煮る”などの企画も残しました。どちらも共存できるような内容を目指しています」
また、編集長を引き受けた時点から、コミックエッセイを入れることはマストだと考え、リニューアル前から数本の連載をスタートさせていたという。
「現在は9本を連載しています。月刊化が決定する前、周年記念号にコミックエッセイの別冊付録を付けてみたら、反響は上々でした。コミックエッセイの内容は、日常を描くもの。レタス(クラブ)との親和性も高かったようで、狙い通り、あちらのファンが流れてきてくれたと感じましたね」
また、映画や本といったエンタメ情報を紹介するページを一新。人気男性声優・増田俊樹がエンタメ作品を紹介する形の連載を開始した。「ジャニーズ・タレントの連載や、宝塚のスターを紹介するコーナーが以前からあったので、次に狙うべきは、多くのコアファンを持つ声優だと。『なぜレタスにあの声優が?』とファンの間で話題になれば、その1ページのために購入し、ハマってくれる人も出てきます。SNSで広めてもらえるだけでもありがたいですね」
■ネットやSNSを雑誌の企画に生かす
松田氏はネットを使い、企画へ生かすのが非常にうまい。例えば「オタクに学ぶ 多すぎるものの収納術」(2017年6月号)など、従来のターゲットとは異なる層から話題を集める企画も多い。この企画はネットでも話題になった。
「この時は、アニメ映画『君の名は。』のバッグを付録にした特別号を発売するタイミングでした。付録目当てで買ってくれる人も満足できるコンテンツが欲しいと考え、メンバーから出た案を採用したのです。実際には、大きな収納企画のうち、2ページを割いたのみでしたが、ツイッターでこの企画についてつぶやいたら、なんと8000件ものリツイートがあったんですよ。これだけ話題になった以上、期待外れの内容ではマズイと思い、慌ててオタク収納の記事を3本追加することに。紙媒体には間に合わないので、ネットチームと連携してWebサイト(レタスクラブニュース https://www.lettuceclub.net/)に掲載しました」
また、SNSの使い方も特徴的だ。編集部の全メンバーにもツイッターのアカウントを取得してもらい、日頃から発言を促すようにしているが、そこでつながりが生まれ、企画へと発展したものもある。
「埼玉県志木市の文化スポーツ振興公社の公式キャラクター・カパルくんの登場は、ツイッターのやりとりがきっかけです。『料理が趣味で、レタスクラブを愛読している』とつぶやいていたので、『編集部においでよ』と声をかけました。メンバー全員でやりとりするうち、カパルくんのファンが盛り上がり、企画に登場してもらうことにしたんです」
現在もさまざまな企画の展開を模索し続けていると話すが、そこに迷いがある場合にはどうしているのだろうか?
「読者数名とLINEのグループを作っていて、企画について投げかけ、率直な意見を返してもらっています。また、読者アンケートも『ぶっちゃけ、今月どーでした?』と言うタイトルにし、編集部メンバー全員の似顔絵を掲載してご意見を楽しみに待っていることを伝えています。顔の見えるコミュニケーションを意識することは、メンバーの当事者意識を高めることにもつながりますね」
■どうやったらもっと面白くなる?
こうした多くの反応や反響を見ながら、メンバー各自が企画を持ち寄り、ワイワイ自由に意見を出し合い、みんなで判断していく。そんな中で、現在の『レタスクラブ』はつくられているのだ。現在、松田氏が常に心がけているのは、読者の話も、メンバーの話も面白がって聞き、その場でジャッジメントせずに広げていくことだという。
「特にメンバーの場合、否定すれば、失敗を恐れて思考停止してしまいます。ですから、『それいいね。どうしたらもっと面白くなる? どうすれば実現できる?』と投げかけ、全員に何かを発見してもらうことが大事です。今ではほんの数分で、大喜利のようにいろんな意見が出てきますね。私たちが手がけているのはエンターテインメントですから。楽しい方向に持っていけば、楽しい企画が生まれるものだと思っています」
松田氏の編集長就任からわずか1年強。地道なチーム・ビルディングから始まった改革は実を結び、多様なジャンルを巻き込む発想で読者層を大きく広げた。『レタスクラブ』はもう“主婦向け料理雑誌”ではない。老若男女、既婚、未婚を問わず、家事に携わる全ての人を対象としたコンテンツ作りを目指し、快進撃が続いている。
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レタスクラブ編集長。1973年生まれ。タウン誌やリクルート『じゃらん九州』にて編集を経験後、2000年、メディアファクトリー入社。コミックエッセイの編集者、編集長として活躍。KADOKAWAとの合併後の2016年、コミックエッセイ編集課とレタスクラブの編集長を兼任。
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(上野 真理子)
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