テスラ社長が「水素は愚か」と強がるワケ
プレジデントオンライン / 2017年9月16日 11時15分
■恐竜を絶滅させた隕石のような存在
【安井】最近の電気自動車(EV)への傾斜は欧州での排気ガス問題が一つのきっかけでしたが、もう一つの要素として、イーロン・マスクのテスラの動きが自動車業界に刺激を与えていますね。
【清水】テスラは恐竜を絶滅させた隕石のような存在です。それほど衝撃を与えています。
【安井】そもそもテスラはどんな会社ですか。
【清水】テスラが人気なのはEVだからではないと思います。クルマとしてセクシーで魅力的だからです。実は2000年代初頭、テスラは英国のスポーツカーメーカー、ロータス・カーズにボディ、サスペンションなどを作ってもらって、バッテリーだけを自分たちで調達して、EVのスポーツカーを出したんです。ところがこれは少数の好き者しか買わなかったのですが、そこにものすごい大きなチャンスが訪れた。ゼネラルモーターズ(GM)の破綻です。
【安井】GMとトヨタがカリフォルニアに合弁でつくった「NUMMI」の工場閉鎖がGMの破綻で決まりましたね。トヨタも困りました。
【清水】そう。雇用問題がある。簡単に従業員は切れない。そこにテスラがその工場を買うよ、と申し出た。トヨタは雇用を守ってもらうという条件で工場をテスラに売りました。テスラは約38億円という安い値段で工場を買ったと言われています。テスラにしてみれば、トヨタが地ならししたトヨタ生産方式の工場を丸ごと買えたんです。
■テスラに吹いた「3つの神風」
【安井】テスラにとってはラッキーなことでしたね。
【清水】それがテスラに吹いた1つ目の神風。一方、パナソニックはバッテリーを提供すると言い出した。日本メーカーなので信頼性はある。これが2つ目の神風ですね。それでモデルSを作ったら見事にバカ売れ。シリコンバレーとかフロリダとか富裕層がいる地域で高級級車がテスラのモデルSに切り替わっていきました。このときはトヨタもテスラの経営手法に興味津々だったので、テスラの株を10%買って、RAV4 EVを作ってもらった。メルセデスベンツも興味があるので、ちょっと株を買ってみた。そのときにエンジニアがテスラに移動したり、メルセデスと同じ部品を使うことで色々と協力した。それが3つ目の神風です。
■伝統的な自動車メーカーの尾を踏んだ
【安井】トヨタもメルセデスもテスラをサポートした時期があったわけですね。
【清水】ところがモデルSがとても売れた。高級車市場を奪われたベンツにとってはテスラはライバルになった。メルセデスは頭にきたので株を売り払って、「打倒テスラだ」となりました。トヨタもつい最近にテスラ株を全部売って、かなり儲けたとみられています。一番プライドが傷ついたのがポルシェ。テスラは、ポルシェターボより速いという宣伝をアメリカでしていたので、ポルシェは頭に来て、ミッションEというEVを作っちゃった。テスラが伝統的な自動車メーカーの尾を踏んでしまったわけです。
【安井】そうなってくるとベンツもポルシェもみんな本気にならざるを得ない。ハイエンドのEVの戦いは激しくなりますね。
【清水】そうですね。テスラにとってのメリットはもう一つあります。
【安井】何ですか?
【清水】米国のカリフォルニア州にはZEV(Zero Emission Vehicle)規制があります。同州で車を売っているメーカーは販売台数のうち一定割合を、排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車などのZEVにしなければならないという規制です。ZEVが下回っているメーカーは罰金を取られます。それが嫌なら一定割合以上にZEVを売っているメーカーからクレジットを買い取ればいいのですが、クレジットを売っているのはテスラなどEVを積極的に売っているメーカーです。買い取っているのはトヨタやホンダ、GM、フォードなどのビッグ3です。テスラはクレジットの売却で年間数百億円の利益を上げています(2015年第一四半期で5100万ドル)。
■テスラにとって一番厄介な敵は水素
【安井】ZEV規制がテスラの業績を下支えしているわけですね。
【清水】この規制でホンダやトヨタは年間数十億円のお金をテスラに払っているわけです。それがテスラの大きな収益源になっている。このことが実は、イーロン・マスクが「水素はバカだ」と言い、燃料電池車(FCV、フューエルセル車)を「フール・セル」と揶揄している理由だと僕は思っています。
【安井】なぜですか。
【清水】テスラにとって一番厄介な敵は水素だからです。
■ZEV規制は「水素」に移る可能性がある
【清水】カリフォルニアの2018年モデルイヤー以降のZEV規制で、例えばEV1台販売した際に得られるクレジットが1だとしたら、FCは2.5ぐらいのクレジットもらえるようになるんです。カリフォルニア州の考え方として、EVはもう普及期に入ってきたから、クレジットを減らすよと言い始めた。次の高みを狙い、FCVにインセンティブを乗せるよということなのです。2018年からFCV、つまり水素のほうにカリフォルニア州は力を入れようとしている。
【安井】イーロン・マスクにとっては、今のうちにFCVを潰しておかないとクレジットがこれまでのように売れなくなるということですね。だから水素を敵にしているという見立てですか。
【清水】そうだと思います。イーロン・マスクほどの頭脳があればわかるはずです。あらゆるロビーイングで水素を潰すのが、今のイーロンの仕事だと見ています。
【安井】市場関係者やメディアでは、「もうFCVは終わりだ、次はEVだ」という見方がありますが、そうではないという見方ですか。
■ドイツも2025年頃にFCV実用化へ
【清水】アメリカの場合はシェールガスが出てきたので、輸入石油に頼らないでもエネルギー自給率は100%の国になりそうなので、どうしても水素が必要だというわけではないですが……。でも大気汚染の原因となる排ガスをゼロにして、長距離をドライブできるのはFCVだけです。さらに日本の場合は水素しかないと考えています。僕はエネルギーの自給率を高めるためにも、日本は水素をあきらめてはいけないと思います。
【安井】なんとなく今、FCVはもう終わったみたいな感じになっていて、しかもイーロン・マスクが、EVが主流になると言うものだから、市場もそう受け止めている。でもこの8月、石油メジャーのロイヤル・ダッチ・シェルとホンダ、トヨタが米カリフォルニア州北部で水素ステーションを拡充することを決め、そのプロジェクトに同州のカリフォルニア・エネルギー委員会が約1600万ドル(約18億円)の補助金を出します。カリフォルニア州はFCVの普及にも熱心ですね。
【清水】今年9月のフランクフルトモーターショーでは、ついにドイツメーカーもFCVを2025年頃までに実用化すると言い出しました。もはや水素は脱原発と脱化石を実行するなら、不可欠なエネルギーシステムだと思います。
(次回更新は9月19日の予定です)
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モータージャーナリスト
1954年生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年に自動車ラリーにデビューして以来、プロレースドライバーとして、国内外の耐久レースに出場。同時にモータージャーナリストとして、自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで活躍している。日本自動車研究所客員研究員。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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(モータージャーナリスト 清水 和夫、Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 写真=AFLO)
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