エプソンが高級腕時計を突然発売した理由

プレジデントオンライン / 2017年9月25日 9時15分

エプソン「TRUME TR-MB8001」

プリンター大手のセイコーエプソンが、今年9月、高級腕時計の市場に参入する。エプソンがアナログ時計の独自ブランドをつくるのは初めてだ。「爆買い」が一巡し、落ち着きを取り戻しつつある腕時計市場に、なぜ突然殴り込むのか。その背景には「ウエアラブル」の拡大を狙うというしたたかな狙いがあった――。

■エプソンとセイコーの「同門対決」か

プリンター大手のセイコーエプソンは腕時計で初の独自ブランド「TRUME(トゥルーム)」を立ち上げ、9月末から高機能アナログ腕時計8モデルを順次投入する。価格は24万~28万円で、全国数十の家電量販店に専用ブースを設けるなど、激戦の高級腕時計市場に割って入る。

エプソンは家庭用でキヤノンと首位争いを演じるなど、プリンター事業の知名度は高い。その半面、消費者には腕時計メーカーとしての存在感は薄い。しかし、腕時計事業はエプソンの祖業そのものだ。エプソンは1942年、当時の服部時計店(現セイコーホールディングス)の創業家と同社子会社である第二精工舎(現セイコーインスツルメント)の出資を受け、腕時計の部品製造・組立工場として誕生した会社だからだ。

エプソンはその後、第二精工舎から事業の一部を譲り受けて腕時計の開発・製造を手掛けてきた。さらに、現在もGPSソーラー腕時計「アストロン」などの高機能腕時計を、セイコーHD傘下のセイコーウオッチにOEM(相手先ブランドによる生産)供給している。

現在、エプソンの筆頭株主はセイコー創業家の資産管理会社といわれる三光起業(5%)。セイコーHDの持ち株比率は3%で、直接の資本関係が深いとはいえないが、エプソンは「SEIKO」ブランドの腕時計にとって重要な存在だ。今回、高級腕時計市場に参入することで、兄貴分のセイコーと「同門対決」を行うことになる。

エプソンは今年4月、完全子会社化した機械式腕時計で定評のあるオリエント時計を吸収合併しており、腕時計の技術力を強化している。独自ブランドの立ち上げに当たって、「1942年創業以来、磨き続けたウオッチ製造技術」とうたい上げたのは、その自負の現れだろう。

■男性人気が高い「ソーラー発電式」

高級腕時計は国産大手3社とスイス勢が激しく争う市場だが、碓井稔社長は「エプソンにしか作れない、エプソンならではの腕時計がある」と実績ゼロというハンデを感じさせない自信をみせる。

独自ブランド「トゥルーム」が目指すのは、アナログウオッチによる最先端技術を極めるブランド。ウリは得意とするセンサー技術と長年培ってきた腕時計技術の融合だ。GPSや気圧、高度、方位など豊富な機能を搭載しているが、数値は液晶ではなくアナログ針で表示する。電池交換不要のソーラー発電式の高機能腕時計は、男性からの人気が高い。

しかし、高級腕時計市場は各社がひしめく激戦地だ。セイコーウオッチは今年3月、最高級のフラッグシップ(旗艦)ブランドに位置付ける「グランドセイコー」の大幅刷新を図った。「セイコーと異なる別の高みを目指す」(服部真二会長)という狙いから、文字盤から「SEIKO」のロゴを外した。「グランドセイコー」を独立したブランドとして育て、スイス勢に真っ向勝負を挑む。

シチズン時計は買収によるマルチブランド戦略を加速させている。08年に米ブローバ、12年にスイスのプロサーホールディング、さらに昨年5月にスイスのフレデリック・コンスタントホールディングを買収。中価格帯が強みの「CITIZEN」ブランドに加え、高価格帯ブランドをそろえることで、幅広い層の取り込みを狙う。販売面では、最大市場の米国でブランドごとの販売会社を統合。日本では今年4月に東京・銀座の松坂屋銀座店跡地にオープンした複合商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」に、主要ブランドをそろえた初のフラッグシップストアを開設した。

訪日中国人の「爆買い」には、もうひと頃の勢いはない。日本時計協会の推計によると、2016年の腕時計(完成品)の市場規模は7867億円で、前年比でマイナス13%となった。ただ、足元の市場は回復基調を取り戻している。2017年4~6月期連結決算で、シチズンの最終利益は前年同期比15%増の26億円。セイコーHDは前年同期12億円の赤字だったが11億円の黒字に転換した。カシオ計算機は時計事業が減収となったものの、腕時計の主力ブランド「Gショック」の新商品投入を夏以降に本格化し、2018年3月期通期での復調を見通す。

腕時計市場は回復基調にあるが、日本勢とスイス勢で寡占できるとは限らない。ひとつのリスクは米アップルに代表されるスマートウオッチの存在だ。エプソンが高級腕時計市場に参入するのも、センサーなどの「ウエアラブル」の技術によって、大手が寡占する市場を崩せる見込みをもっているからだろう。

■時計ブランドでウエアラブル機器事業拡大

エプソンは18年度を最終年度とする中期経営計画で、一般消費者向けのコンシューマー分野の強化策としてウエアラブル機器事業を拡大する方針を打ち出している。腕時計の開発・技術などの「現有資産を活用しウエアラブル機器事業を主柱事業に育てる」(碓井社長)のが狙いで、プリンターやプロジェクターに次ぐ事業に位置づけた。

その布石として、15年には腕時計とウエアラブル機器の両事業を統合し、「ウエアラブル機器事業部」を新設した。今回の高級腕時計市場への参入は、ウエラブル事業の拡大を目指す明確な意思表示に映る。エプソンは16年度で500億円規模というウエラブル事業の売上高を、25年度までに1000億円超へと拡大させる計画だ。

エプソンの直近の業績は、主力のプリンター販売の好調さなどを背景として好調に推移している。18年3月期の連結最終利益は、従来見通しの490億円から580億円に上方修正している。ただし、持続的な成長を果たすには新たな収益事業の柱が不可欠だ。その切り札が独自ブランドでの高級腕時計市場への参入だといえる。思惑通り、未知の市場で結果を出せるかどうか。勝機を得るには、並々ならぬ覚悟とエネルギーが求められるのは言うまでもない。

(経済ジャーナリスト 水月 仁史)

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