金正恩の下半身まで暴く名物記者の情報源
プレジデントオンライン / 2017年9月23日 11時15分
■北からの手紙「わが国に来ませんか」
1985年5月、私は北朝鮮・平壌にいた。
その年の初め東京の朝鮮総聯から「わが国に来ませんか」と誘われたからだ。たった一人で1ヵ月という条件はきつかったが、見てみたいという気持ちのほうが勝った。
モスクワ経由で入った平壌では数々のカルチャーショックを受けが、ここではそのことを書く紙幅はない。パスポートを取り上げられ、言葉もできない人間には、通訳にいわれるがまま動くしかなかった。
さまざまな楽器を見事に弾きこなす幼稚園児。幸せそうな高層アパートの若夫婦。世界一と彼らが豪語するオペラハウス。犬の刺し身などなど。
ひと月近く滞在する中で多くの北の要人たちと会ったが、名刺一枚くれず、結局、通訳以外の人脈をつくることはできなかった。北朝鮮取材の難しさをつくづく実感させられた。
だから私は、この男の北朝鮮情報はすごいと思う。近藤大介、『週刊現代』編集次長である。9月4日発売の『週刊現代』(9/16号)で「平壌の朝鮮労働党幹部インタビュー」を署名で書いている。
一読して、失礼な話だが、この内容が事実なら国際的大スクープであると、私が連載している週刊誌評に書いた。内容をかいつまんで紹介しよう(質問は私が約してある)。
■「ただ一発だけワシントンにブチ込めれば本望」
なぜ頻繁にミサイル実験を繰り返すのか。トランプ米大統領に向けたものか?
「そんなことはない。将軍様(故・金正日総書記)は『アメリカは、こちらが強行に出ないと振り向かない。そして核とミサイルを手放した時に襲ってくる』という遺訓をのこされた。現在の元帥様(金正恩委員長)も、まったく同様に考えておられる。(中略)わが国は現在、3人のアメリカ人を拘束しているので、アメリカはわが国を軽々にはできない」
日本を超えるミサイルを撃つのは日本も標的の一つと見ているからか?
「日本はアメリカの“属国”同然なのだから、当然、在日米軍基地も標的に入っている。中でも首都、東京にほど近い横須賀基地を叩くのが、一番効果があるに違いない」
アメリカが平和協定を結ぶと約束したら、核とミサイルのどちらを放棄するのか?
「まずは平和協定を締結することが先決だ。平和協定が締結されれば、わが国の軍事的リスクが軽減されるのだから、もし必要でないものがあるなら、持っていることもないだろう」
トランプ米大統領が北朝鮮空爆を決断したら?
「核兵器を搭載したICBMを、アメリカ帝国の首都ワシントンに向けて撃ち込む。『ただ一発だけワシントンにブチ込めれば本望だ』と、元帥様も常々おっしゃっている」
■中朝関係は最悪。いつでも北京を狙えるようにしてある
そうなればアメリカは総攻撃に出るが?
「それは覚悟している。アメリカとの問題は、究極的にはプライドの問題なのだ。われわれはいかなる脅しにも屈服することはなく、本気だということを示すまでだ」
現在、北朝鮮をバックアップしている大国は、中国ではなくロシアと考えてよいのか?
「その通りだ。プーチン政権とは、蜜月時代を築いている」
ICBMの技術もロシアから得ているのか?
「現在の朝ロ関係は、過去最高のレベルにあり、ロシアが多くのことを支えてくれている。
北朝鮮と中国との関係は、かなり悪化していると考えていいのか?
「1949年に国交を結んで以来、最低レベルまで落ち込んでいると言える。朝鮮戦争(1950~53年)以降、朝鮮と中国両国は互いに『血盟関係』を唱え続けていたが、今やむしろ敵対関係に近い。(中略)すべての原因は、習近平が変節したことにある。習近平は信用ならないから、わが国のミサイルは、いつでも向きを変えて北京を狙えるようにしてある」
■「あの金正恩でも、嫁さんには頭が上がらない」
これまでも近藤による労働党幹部のインタビューはあったが、米朝関係が最高に緊張しているこの時期に、これだけの内容を北朝鮮から引き出せる記者は他にはいまい。
次の号でも「あの金正恩でも、嫁さんには頭が上がらない」というレポートを書いている。
金正恩の嫁さんの名前は李雪主。結婚したのは2年前で現在、28歳。驚くのは、李はかつて金正日総書記のナンバー2として君臨していた、張成沢の愛人だったというのである。
「張成沢が、大同江の川辺に『会館』と呼ぶ個人用宴会場を設置し、若い女性歌手たちをホステスとして侍(はべ)らせていた。(中略)上昇志向が強い李雪主もその一人だった。そんな中で張成沢は。同郷の李雪主を気に入り、愛人にした」(近藤)
■3000人処刑の「核心」とは
その後、若い金正恩を背後から操ろうと、張成沢は妻を通じて、李雪主を金正恩に引き合わせ、李は間もなく妊娠し、金正恩は李と極秘結婚したというのだ。
だが金正恩が、ある芸術団の事件を調査している中で、愛妻と張との「過去」を知ってしまった。それが張を含む3000人が無残に処刑された「張成沢粛清事件」の核心だというのだ。
李は粛清されずに、それ以来、一層パワフルになっていったという。李はあたりを憚ることなく、夫・金正恩の執政にズケズケと口出しするようになったそうだ。面白くなければ週刊誌ではない。だが、北朝鮮情報をこれほど面白く読ませる書き手はいない。
私が最初に知った近藤は、東大出の週刊誌には向かない青白いひ弱な青年だった。だが、当時から語学には天才的なものがあった。英語はアメリカ人がネイティブと間違えるほどで、韓国語も流暢だった。
その後、北京大学に留学して中国語をマスターし、おまけに同級生だったと思うが、中南海の令嬢と結婚した。台湾語も北朝鮮語も話せる。1990年の金丸訪朝、2002年と2004年の小泉訪朝団にも記者として同行している。
■北朝鮮式のスパイ教育『なりすまし』
言葉ができて、奥さんは中国人という最強の“情報ソース”を手にしている近藤だが、それだけでスクープが取れるほど北朝鮮のガードは甘くはない。
北朝鮮情報を手に入れる彼なりの「奥義」があるに違いないと、今回、この原稿を書くために聞いてみた。以下は彼の発言を私がまとめたものである。
「北朝鮮に関しては、北朝鮮式のスパイ教育『なりすまし』を参考にしました。日本人を拉致するために北朝鮮人が日本人になりすまして、日本へ侵入したり工作活動を行ったりするときの教育です。
1.徹底した日本語習得 2.日本の文化や習慣の習得 3.日本の歴史学習 4.日本人的発想の習得です。これを逆に北朝鮮に対して10年ほどやりました。
2009年から講談社北京で3年間勤務しましたので、できるだけ多くの北朝鮮人たちと付き合うようにしました。金正哲(金正恩委員長の実兄)や、別の金ファミリーの男性とも中国で会い食事をしました。
ただ、北朝鮮幹部たちの場合、その多くが一期一会で、なかなか次につなげることができませんでした。そんな中で、外国人でも自由に平壌に行き来し、現地の幹部と接触できる人がいることを知り、時間をかけて、彼らとの信頼関係を築いていきました。外交官、ジャーナリスト、ビジネスマンなどで、国籍もさまざまです。
今回はたまたま、北京時代につちかった強力なルートの中の一人が、平壌へ行って朝鮮労働党幹部と会うというので、質問を託しました」
北朝鮮スクープは一日にしてならず、である。さらに、なぜ中国や北朝鮮をテーマにしたのかも聞いてみた。
■習近平と金正恩の言動を追うのが本丸
「どうしたら自分が先輩たちと伍していけるか考えた末、思いついたのが国際部の世界でした。天安門事件、ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊、北朝鮮の核危機など、世界は激動していました。それを報道する私自身も、日々興奮の中にいました。しかしインターネットもない時代ですから、東京にいながら最新の国際情勢をキャッチしようというのは難しい話でした。
新聞やテレビの特派員たちには到底かないません。でも、北朝鮮だけは、どの社も支局がなかったため(共同通信が平壌支局を開設したのは06年)、こちらの努力次第で新聞・テレビの記者たちを出し抜くことができ、スクープも取ることができました。中国もブラックボックスの社会主義国なので、特派員との差を縮めることができたのだと思います。
こちらがある程度の水準を突破すると、今度は特派員(外信部記者)たちの方から、会ってほしいと言われるようになりました。いまでは外信記者の方々のことは、まったく意識していません。習近平と金正恩の言動を追うというのが本丸だと思っているからです」
■北朝鮮情報の遮断はむしろ危ない
現役の新聞・テレビの記者諸君、彼のこの意見を何と聞く。
彼のスマホを見せてもらった。中国から北朝鮮、韓国の現地のテレビ、新聞、インターネットサイトまで、ありとあらゆるアプリが入っている。
中国情報の中にも反政府的なものはあるが、当局がすぐに探し出し削除してしまうから、時間との勝負である。一日に読む量は膨大なものだろう。
そのためだろうか、少し前に失明寸前まで目を悪くしてしまい、何カ月か入院した。ようやく回復してきて、パソコンのメールは見られるようになってきたが、原稿を打つのはもう少し時間がかかるという。
安倍政権は北朝鮮情報を遮断しているため、国民には日朝関係を判断するための材料がほとんどない。彼の存在はますます貴重である。
最後に少し苦言を呈しておく。彼のところに情報が集まりすぎて吟味・検討するための時間が少ないのか、週刊誌育ちの習性なのか分析にやや甘いところが見られる気がする。さらなる精進を期待したい。
(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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