カンボジアで中国に敗れる日本のしょぼさ
プレジデントオンライン / 2017年9月27日 9時15分
■日本の存在感は私たちの想像よりもはるかに小さい
カンボジアと聞いて何をイメージするだろうか? 往年を知る人なら、1990年代に内戦の収拾にあたった国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)のトップを、日本人の明石康氏が務めた歴史を思い出すかもしれない。カンボジアはその後も、JICAによるインフラや社会制度の支援、島田紳助氏や渡辺美樹氏をはじめ有名人による学校建設など、「援助」の絆で日本と強く結びついてきた。ゆえに当然ながら、現地の人たちの対日感情は良好で、日本の存在感は極めて大きいはずである――。
といった想像は、実は半分は事実と異なっている。多くのカンボジア人が日本に感謝しているのは確かだが、同国における現在の日本の存在感は私たちの想像よりもはるかに小さい。家電用品店では韓国のLGや中国のハイアールばかりが並び、電子ガジェット市場もファーウェイやZTE(中国)、サムスン(韓国)などの独壇場だ。プノンペンの街角のシティホールや大統領官邸・スタジアムなどはいずれも中国の支援で建設され、中国銀行や中国工商銀行の支店が中国国内さながらの様子で多数軒を並べている。
なかでも特徴的なのは、プノンペン市内南東部のKoh pich地区だろう。ここは街全体が中国系企業(一部、カンボジアや第三国の華僑資本も含む)が開発した「中国島」になっており、パリの凱旋門を模したオブジェなどド派手な建築物の工事が続々と進行中である。大量の高層マンションと数百軒の欧風別荘の建築工事も進み、中国国内で派手な投資ができなくなった中国人富裕層が不動産の「爆買い」に訪れている。Koh pich地区ではクメール文字よりも簡体字が幅をきかせ、さながら雲南省あたりの街に近い雰囲気が漂う。
■アメリカ留学の経験があるエリートを直撃
昨年に某誌の取材でカンボジアを訪れた私は、プノンペン市内で茂木次男氏という日本人と知り合った。茂木氏は過去の商社勤務を経て、新興国への日系中小企業の進出支援にたずさわる経営コンサルタントである。そんな彼を介して紹介してもらったのが、カンボジア人ビジネスマンのK氏だった。
40代のK氏はこの世代のカンボジア人には珍しい大卒者で、アメリカでの留学歴も持つエリートだった。プノンペンでケミカル分野の企業を経営しながら、政府機関にもポストを持っている(カンボジアではこうした例が多い)。今回の記事では、中国と日本の双方と取引関係がある彼が見た、日中両国の姿をご紹介する。
取材はプノンペン市内で、英語でおこなった。K氏の回答を通訳してくれたのは日本で博士号を取得したカンボジア人のT氏だ。ちなみに文中で言及される賄賂の具体的な金額などは、裏取りが難しい話でもあり、未確認情報が含まれていることを断っておく(ただし、似たような話は複数のカンボジア人や在カンボジア日本人から聞いている)。
■カネで結びつくカンボジア政府と中国
【K】UNTACとは「オンタッ」のことですね。カンボジアではこう呼んでいます。やはり私を含めて当時を知る世代には、日本への好感やリスペクトが残っています。往年の日本による多くのインフラ建設や物心両面の支援は、多くのカンボジア人に知られています。政府の上層部でも、それが実際の意思決定にどこまで影響するかはさておき、この感情自体は共有されていると思いますよ。日本は、国としてのイメージがいいんです。
【K】そうですね。わが国の政府は中国が大好きです。中国はとにかくカネをたくさん出す。そのカネがフン・セン首相や高官たちのファミリービジネスに流れているんですよ。
国内における中国の存在感も、それを反映しています。しかし、わが国の政府高官と結びついた中国のタチの悪い会社は、カンボジアの木材やゴールド、ミネラル、宝石などを安価で買い叩いて中国へ運んでいく。彼らは環境対策もメチャクチャです。一般のカンボジア人は中国企業に不快感を覚えているのですが、政府が勝手に彼らをどんどん誘致するので、どうしようもありません。
■中国への過度の接近は、国家にとっては危険
【T(通訳)】そうですね。よこから口をはさみますが、私は現在のカンボジアの中国一辺倒の姿勢にはあまり賛成していません。アメリカや日本など西側の諸国とも、等距離でバランスのある関係を作るべきです。中国だけに傾斜するのは、「また何か起きたとき」に危険です。だって、中国はかつてポル・ポト政権(1976~1979年)の後ろ盾だった国なんですからね。
【K】そう。中国への過度の接近は、国家にとっては危険だと思います。フン・セン政権の中国好きは、中国は欧米と違って腐敗や人権問題について何も言わずにカネを貸してくれるからですよ。なんせ、中国はポル・ポトが数百万人の国民を虐殺していたときも、カンボジアに何も言わなかったほどの「伝統的な友好国」です。ポル・ポトがあれだけメチャクチャなことをやれた一因は、中国にあります。
【K】若い人は知らないかもしれない。ただ、一定の年齢以上の多くの人は知っています。政府は親中的ですが、一般にカンボジア人はそれほど中国が好きではない。
■中国企業に比べスピード感に欠ける日本企業
【K】私の会社は広州や上海の中国企業と取引があり、また日本企業とも取引があります。そのうえで言うならば、中国企業の強みはとにかくスピード感ですよ。一方で日本企業の場合、私たちがよさそうな商品を売り込んみ、たとえ関心を持ったとしてもすぐに買わない。プロジェクトをすぐに決めない。とにかく決断のスピードが非常に遅いんです。一方で中国企業の決断は極めて迅速です。
【T】中国人は発展途上国を相手にしたビジネスのやりかたを、理解しているのだと思います。カンボジアは貧しい国ですから、すぐに売買ができる相手こそがありがたい。
【茂木(日本人)】「まずは本社に相談して……」という日本企業の決断の遅さが嫌がられる例は多いですね。しかし、カンボジアのGDP成長率は年7%以上ですよ。こうした新興国で、日本のビジネスのゆっくりしたスピード感に合わせていたら、現地の人はそれだけで損をしちゃうんです。他のことをすればもっと儲かるはずだというんですね。
【K】通関も簡単ですから、たとえば私の会社が中国の企業にものを注文した場合、ケースひとつみたいな少量のものでもすぐに送ってきてくれる。これは中国製品の価格競争力にも反映されることになります。中国企業のスピード感は、良好なカンボジア・中国関係に支えられている部分も大きいでしょう。
【K】日本製品についてですが、カンボジアにおいてもその品質への信頼性は極めて高い。多くのカンボジア人は、日本の製品はたとえ購入から20年経っても使えると考えている。そのことを先に言っておきます。やはり中国の製品は壊れやすいと感じますからね。
ただし、日本製品の価格は中国製品の3~4倍に達します。ここまで値段に差があると、多くの人は実際は中国製品を選ばざるを得ません。
【K】ないことはないですが、日本企業の絶対数が少ないので、微妙なところです。一方で中国語ができる人は需要がある。中国企業だけではなく日本など他国の企業でも、現場の管理職は中国人だったりしますからね。
■賄賂もへっちゃらが強さの重要な要素
【K】そうですね。私の弟は韓国系の建設会社で働いていますが、なかなか凄まじいですよ。許認可関係でトラブルがあったら、会社で高級車を買って、担当の大臣にプレゼントしてあげる。その後のメンテナンス費用も全部会社側で持ってあげる。これで、あっという間に許認可関係の問題をクリアしていきます。入札ともなれば、裏金のほかに高級車を何台も買ってターゲットに送りつけます。もちろん中国企業も似たようなことはやりますね。
【K】やりません。やるのは特に中国や韓国の会社です。あと、台湾や東南アジアの華僑系の会社もやることがある。そうなると、日本の会社はいっそう太刀打ちが難しいでしょう。
たとえば政府関連機関の建設分野は腐敗の温床です。この前、中国政府からの援助(借款)で大きなビルが建ったわけですが、こういうときは仮に建設費が200万ドル(約2億1600万円)ならば、100万ドルは賄賂に消える。逆に言えば、ポケットマネーを儲けたい政府の人々にとっては、中国企業に建設を発注するのは実にありがたい話になるのです。あと、このあいだカンボジア政府は中国からヘリコプターを購入しましたが、支払いの3分の1はカンボジアの政府関係者のポケットに入りました。
【K】賄賂はよくない。私自身も嫌悪感がある。しかし、中国・韓国企業はなんでもやりたい放題なんです。
【茂木】カンボジアのためにフォローさせてください。経済特別区(SEZ)など、腐敗が少なく国際的なビジネス環境に近い環境で進出できる場所もありますから、そうした場所なら日本企業は安心して進出できますよ。
【K】基本的には日本企業のほうがずっといいですよ。日本企業は現地の社員の健康にも労働時間にも配慮してくれるけれど、中国企業はより問題が多い。しかし、たとえストを起こされても、中国企業はすぐに警察にカネを渡して鎮圧させます。
【K】本来、カンボジア人の8割はフン・セン政権も中国も嫌いです。日本のビジネスにおけるクオリティは中国よりも高いので、カンボジアに来てほしいところですが……。
■「日本スゴイ」論の陰に隠れたしょっぱい現実
データを見ても、カンボジア経済における中国の存在感は明らかだ。2015年、中国によるカンボジアへの投資額は2億4100万ドルで、シェア1位の30.7%を占めた(ちなみに日本は3900万ドルで5%、シェア7位。数年前までシェアは1%台だった)。現地で会った日本の公的機関関係者が「日本は中国と勝負にすらなっていない」と語るほど、差異は圧倒的である。
一方、援助の分野でも差がついている。日本は従来、カンボジアの最大の援助国で、同国への各国別援助額の20%程度を常に拠出してきたのだが、ゼロ年代後半から中国の援助額が一気に伸びはじめ、2010年にはついに日本を逆転した。現在、中国による対カンボジア援助額は日本の数倍に達し、いまやカンボジアは「国家予算全体の5%くらい」(JICA関係者談)の資金を中国に頼るに至っている。
結果、カンボジアにおける日本の存在感は大きく減少しており、さらに中国マネーと利権で結びついたカンボジア政府は、南シナ海問題などで真っ先に中国を支持する、中国の子分筋に変わってしまって久しい。こうした現象はカンボジアだけではなく、程度の違いこそあれフィリピンやタイなど東南アジアの各国で見られる傾向だ。
近年、テレビ番組や書店で平積みされる書籍では「世界で愛されるスゴイ日本」といった論調が幅をきかせて久しい。だが、海外の現場から見えてくる姿はもっと厳しくて、しょっぱい現実だったりするのである。
----------
ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師
1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。在学中、中国広東省の深セン大学に交換留学。一般企業勤務を経た後、著述業に。アジア、特に中華圏の社会・政治・文化事情について、雑誌記事や書籍の執筆を行っている。鴻海の創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)の評伝『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)が好評発売中。
----------
(立命館大学人文科学研究所客員研究員 安田 峰俊 撮影=安田峰俊 取材協力=中小企業診断士 茂木次男(在プノンペン))
外部リンク
この記事に関連するニュース
ランキング
-
1マクドナルドが「ストローなしで飲めるフタ」試行 紙ストローの行方は...?広報「未定でございます」
J-CASTニュース / 2024年7月17日 12時55分
-
2セルフレジで客が減る? 欧米で「セルフレジ撤去」の動き、日本はどう捉えるべきか
ITmedia ビジネスオンライン / 2024年7月18日 8時10分
-
3「レイバン」メーカー、人気ブランド「シュプリーム」を15億ドルで買収
ロイター / 2024年7月18日 8時34分
-
4永谷園、MBO成立=今秋にも上場廃止
時事通信 / 2024年7月17日 20時36分
-
5申請を忘れると年金200万円の損…荻原博子「もらえるものはとことんもらう」ための賢者の知恵
プレジデントオンライン / 2024年7月17日 8時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください