中学受験は「親の器の大きさ」がすべて
プレジデントオンライン / 2017年10月9日 11時15分
中学受験のシーズンまで残り4カ月。しかし、この時期、夏休みに勉強した子供ほど「どうせ自分なんて病」を発症し、スランプに陥りやすいのだという。スランプの原因は何だろうか。脱出のカギは、親が子供に向き合い、迅速な対処をできるかどうか。わが子を合格に導く声かけとはどんなものか――。
■デキる子ほど9月以降に「どうせ自分なんて病」になる
「わたし、何をやっても高得点が取れない気がするんですよね」
ある日、わたしが代表を務める中学受験塾に通う小学6年生の女の子がつぶやいた。こうしたネガティブな発言は毎年9月頃から頻繁に聞かれるようになる「恒例」のもの。「何をやっても、ぼくはうまくいかないんです」「わたし、バカだから同じクラスの○○さんには絶対にかなわない」……。
わたしはこれをひそかに「どうせ自分なんて病」と名付けている。
子供たちに共通するのは「真面目な子」であるという点だ。この夏は朝から晩まで受験勉強に懸命に励んできているし、客観的に見ても悪い成績状況ではない。むしろ夏の学習で確かな手応えを感じた子たちばかりである。
これが自負心の裏返しである「謙遜」ならよい。あるいは、悪い成績結果をいつか取ってしまうことに備えての「事前の言い訳」なら、感心はしないが、まだ理解できる。
ところが、そういう子たちは本当に意気消沈しているようなのだ。自信を持って入試に臨めるはずの子供たちは、なぜ「どうせ自分なんて病」を発症してしまうのだろうか。
▼「理想」と「現実」のギャップに苦しむ受験生
この点について、保護者からの悩み相談も多い。わたしはこの2年間、あるウェブサイトで「中学受験お悩み相談」に回答しているが、秋に入ると「子のモチベーションが下がってしまった」という相談がぐんと増えるのだ。
この夏、受験勉強に精励し、熟達の実感を得たはずの真面目な子たちは、なぜ9月になった途端に自信を喪失してしまうのだろうか。
それは、「これだけがんばったのだから好成績になっているはずだ」という理想と現実の乖離に苦しんでしまうからだ。
■スランプの子供にかけるべき『逃げ恥』の名セリフ
たとえば、多くの受験生は9月になると、志望校の過去問(過去入試問題集)に取りかかる。入試問題の構成や各問題にあてる時間配分などに慣れていなかったり、夏に仕入れた膨大な知識がまだ頭の中で整理されていなかったりと、当初から過去問で合格ラインに達する成果を収める受験生などほとんどいない。
でも、真面目な子であればあるほど、「この夏あんなにがんばったのに、どうして合格ラインに全然届かないのだろう」と打ちのめされてしまうのだ。そういったことが積み重なった結果、「どうせ自分なんて病」を発症してしまうのである。
▼「そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」
「どうせ自分なんて病」が一過性のものならよいが、それが長引いてしまうと、本当のスランプに陥ってしまうことがある。完全に自信を喪失してしまった結果、焦って問題を解いてしまってミスしたり、自分の出した解答が信じられず立ち止まってしまい、制限時間内に解き切れなかったり……。そして、散々な得点結果を見て、もっとひどい「ネガティブワード」が口をついて出てきてしまう。そんな悪循環にはまりこんでしまうのだ。
ネガティブワードは呪いのことばである。
それを発すれば発しただけ、自分の心がマイナス要素に支配されていく。そして、呪いのことばに自分自身ががんじがらめにされる、つまり「呪縛」にとらわれてしまうことになる。
昨年流行したテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系列)の最終回で、主人公・みくりの伯母である「百合ちゃん」が発したセリフは、そんな病にとりつかれた受験生へのメッセージとして秀逸だ。
「わたしたちの周りにはね、たくさんの呪いがあるの。あなたが感じているのも、そのひとつ。自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」
■子供に“呪い”をかけて追い込む親のタイプ
入試まで残すところ、約4カ月。受験生であるわが子が、自信をすっかりなくしてしまった姿を見た親は、言い知れぬ不安やもどかしさを抱いてしまうものだ。だからこそ、ついこんなことばが口に出てしまうのだ。
「夏にあれだけやったじゃない!? なんで、あなたは結果を出すことができないの!?」
「そんなんじゃ志望校に合格できないでしょ!」
それらのことばは呪縛にとらわれてしまった子を一層苦しめてしまう。わたしはこう思う。子供がスランプに陥ったときこそ、親の真価が問われる局面を迎えているのだ。
追い詰められてしまった子の自信を取り戻させるにはどうすればよいか。迫りくる入試に対してどう気持ちを楽にさせていくか。親はじっくりと腰をすえて考え、対処しなくていけないのだ。
しかし、この事態に焦った親は次のような言動をとってしまう。わが子の気分が落ち込み、成績も下降し、模試の判定はまさかの「合格圏外」。このままでは数年間塾に通わせた“投資”と“時間”がムダになる。そんな不穏な気持ちをつい子どもに直接ぶつけてしまうのだ。しかし、そんな気持ちを子供に直接ぶつけても仕方がない。
そうではなく、親としては自分の不安な感情を封印し、「どうせ自分なんか病」を発症してネガティブな気持ちに支配されている子に、温かなことばをかけ、いかに励まし前進させることができるか。これがしっかりできる親は「一流」であると断言してよい。
▼親子の温泉旅行で見事合格した男の子!
最後にひとつのエピソードを紹介して、本稿を締めくくりたい。
ずいぶん昔の話だが、入試が3カ月後に迫ったタイミングで突然志望校に対する合格イメージを抱けなくなってしまった男の子がいた。聞けば、母親が相当なプレッシャーをかけているとのこと。
そのとき、わたしは土日に塾を休んで母子で小旅行に出かけることを勧めた。不可解な顔を見せる母親に、わたしはこんなことを伝えたのだ。
「母子ともに心身をリフレッシュすることが肝要です。1泊2日でかまいません。のんびりできる温泉などに行きましょう。そして、お母さまに守ってほしいことがあるのです。それは、旅行中は中学受験に関わる話は一切しないこと。そして、旅行から帰宅したら、お子さんに対して『お母さんはあなたが一生懸命勉強に励んできたことは誰よりもわかっている。この前はお母さんもつい不安になってしまって、このままじゃ第1志望校に合格できない、なんてしかったけれど、そのことばは取り消すね。お母さんはあなたが頑張って合格した学校であればどこでも満足だよ』と。たとえそれが本心でなくてもいいのです。本人の気持ちをほぐすためにもそう演じてやってください」
「本心でなくてもいい」……。ここがポイントだ。子のスランプ克服のために時として親は「不安」を隠して演じなければならないのだ。極端なことを言えば、それができるかどうかが合否の分かれ目なのだ。
さて、この母親はわたしの意図をくみ、それをちゃんと演じてくれた。もともとやさしさにあふれた聡明な母親だったのだが、入試が近づいたことで精神的な余裕をなくしていただけだったのだ。子供を大切に思うがあまり、不安が膨張してしまったのだろう。
その後、この男の子はスランプを克服し、第1志望校に見事合格する。そのときの幸せそうな母子の様子は今でもわたしの心に残っている。
(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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