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"1本980円みかんジュースが赤字"の理由

プレジデントオンライン / 2017年10月19日 11時15分

最高級外資系ホテルが軒並み採用しているみかんジュースがあります。1本980円と高価ですが、実は製造元の谷井農園は「赤字」だといいます。社員13人、7ヘクタールの小規模農園は、なぜ「超一流の顧客」と付き合い、そこに活路を見出したのか。谷井農園代表の谷井康人さんに聞きました――。

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*本稿はプレジデントオンラインの経営者向けサイト「経営者カレッジブログ」の記事です。

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■すべてのきっかけは「1本の電話」

――今から11年ほど前の話。受話器越しにその名を聞いたとき、谷井さんは自分の耳を一瞬疑ったといいます。それは電話の主が、知り合いのすすめで宿泊し、魅了されたパークハイアット東京からだった。“パークハイアット”は、ハイアットリージェンシー、グランドハイアットを展開するハイアットホテルアンドリゾーツの「頂点」に位置するウルトラハイエンドブランドです。

谷井農園代表の谷井康人さん。

電話の用件は、ホテルのブティックで販売する高級オリーブオイルの仕入れに関することでした。みかん農園のかたわら、副業でオリーブオイルの輸入販売をしていたんです。オリーブオイルのお話をいただけただけでもうれしかったのですが、「これはチャンスだ」と思い、研究を重ねていたみかんジュースも持って行きました。オリーブオイルの商談が終わるのを見計らって、バイヤーの方に飲んでいただくことができたんです。僕にとっては、まさに憧れの存在でした。サービスの質が高いのはもちろん、センスのよい菓子、アメニティなども備えていて、こういった世界観のなかに僕らのジュースが入ったらいいのに、と夢想していました。

――谷井さんは米国・カリフォルニア大学留学中に飲んだフレッシュジュースの味が忘れられず、おいしさの秘密を探るために渡米。年間150万円ものリース代を負担して導入したアメリカ製の搾汁機を駆使し、納得のいく味に近づいていました。バイヤーは即答します。「おいしい。でも、うちには置けない」。パークハイアット東京は欧米人の宿泊客が多く、「みかん」のジュースは扱えなかったのです。谷井さんは、あきらめません。ピンクグレープフルーツやオレンジを使ったジュースを作り、バイヤーに再度飲んでもらい、「採用」を勝ち取ります。こうして始まった超一流ホテルとの付き合いが、「今日の谷井農園の土台になっている」と谷井さんは言います。

鍛えられましたね。彼らのビジネスは、顧客の要望にすべて応えなければならない。たとえお客様に原因がある可能性があったとしても、誠意を持って対応する。もちろん、僕らも同じことを求められます。たとえばですが、あるとき「ジュースのキャップに凹みがある」とお客様がホテルに忠告くださった。どの段階で凹みが生じたのかわからないんですが、二度とキャップが凹まないよう、僕らが改良しなければならない。結局、キャップまでしっかりパッキングすることで、この問題を解決しました。

味についても、鍛えられました。サンプルをお届けし、バイヤーからは「このジュース、いいですね」と好感触を得たのですが、ホテルの上層部が「甘すぎる」とジャッジされた。欧米からのお客様の好みを考えると、もう少し酸味が強くないといけなかったんです。和牛の霜降りがしつこすぎて受け入れられないのと同じように、甘ったるいジュースもダメ。僕はそのとき初めて、「自分がいいと思った味だけでは勝負できない」と悟りました。お客様に合わせたものを考える必要があったんです。

キャップの凹みに限らず、大小さまざまな問題が起きるたび、味についてリクエストがあるたび、改善や研究を積み重ねてきました。そうやって8年が経ったころ、ようやくホテルにご迷惑をおかけするような問題がなくなり、順調に回り出しました。不思議なもので、時を同じくして、ザ・ペニンシュラ東京さんからも、お声がけをいただくことができたんです。

■ホテルとのビジネスでは「利益ゼロ」

――みかんの市場価格をご存じでしょうか。1kgあたりおよそ100~1000円程度。ジュースの原料になるランクでは1kg10円まで下がります。ホテルに超高級ジュースを卸す谷井農園の場合、その価格は何百倍にもなります(アマン東京では、1本180mlを980円で販売)が、ホテル向けビジネスでは「利益は出ていない」と谷井さんは言います。

うちにとっては、「ラグジュアリーホテルに入っている」というだけで十分なんです。今でも利益は出ていませんし、この先も出ないでしょう。いや、利益が出ないのは当たり前なんです。かつて、僕らは一度に200リットルのジュースを作っていました。ところが、ホテルからの発注量はごく少量。200リットル作ってしまって、在庫からお出しする方法もあったのですが、ホテル用に生産ラインを組み直して、一度に作る量を20リットルにまで減らしました。これなら注文を受けてから作れて、新鮮なジュースをお届けできるからです。

何をおいても、パークハイアットさんとのビジネスを優先しようと決めていました。だから、「こんなことできる?」とリクエストされたら、とりあえず「できます、できます」と答えて、どうすればよいかは後から考えていました(笑)

■「3割の一斉値上げ」の結果、何が起きたか

――当ブログのアドバイザーでマーケティングコンサルタントの酒井光雄氏は言います。「ホテルからの受注量では当然ペイしない。ただ、ウルトラハイエンドのホテルに採用になった実績は、谷井農園のブランド価値を上げている。その他のホテルは『谷井農園のジュースを扱ってみたい』と思うでしょうし、ジュースの評判を知った人は『谷井農園のみかんを食べてみたい』と注文する。ブランド価値を上げる部分と儲ける部分を別に持っている谷井農園は、ブランド戦略がよく機能している」。超高級ホテルや小売店からの引き合いはさらに増え、みかんの個人通販客は有名経営者や芸能人をはじめとし、1万5000人に届く勢い。増え続ける顧客を目の前にし、谷井さんはある決断を迫られます。

谷井農園の「みかんプレミアムジュース」。写真はホテル向けではなく、直販しているもの。

僕らは農地7ヘクタールの小さなみかん農園で、生産量が限られています。お客様がこれ以上増えると、きちんと対応できなくなります。たいへん心苦しいのですが、価値を感じてくださるお客様に買っていただくために、2割5分から3割程度、一斉に値上げのお願いをさせてもらいました。

ほとんどのお客様がご理解くださったのですが、唯一、すぐに了承してくださらなかったのがパークハイアットさんでした。しかし3カ月後、「いろいろ探してみたが、谷井さんところの代わりは見つからなかった」と言って、今も取引を続けてくださっています。

■客が求めるジャムを炊くために1000万円

――谷井農園のみかんは「日本一甘い」「一度食べると、ほかのみかんは食べられない」と評され、もともと高い人気を誇っていました。超高級ホテルへの実績は、谷井農園の評判をさらに高めることになります。決定打となったのがアマン東京との共同開発。アマン東京は、世界のセレブリティから愛されるホテルチェーン「アマンリゾーツ」が、満を持して日本初上陸を果たした最上級ラグジュアリーホテルです。ここでも谷井さんは、顧客満足のために惜しみなく投資を行います。

アマンさんが最初にプレス発表をされたとき、(契約農園と呼ぶだけでなく)僕らの名前も出して、ジュースも紹介してくださったんです。これは大きいことで、谷井農園の名がホテル業界でさらに知られるきっかけになりました。

アマンさんには開業の4年前からお話をいただいていたのですが、本格的に動き出したのは、シェフが決まった開業1年前からでした。アマンさんの場合、シェフが総支配人の次に大きな力を持っていて、何でも決まるのが早く、ジュースに関してはポンポンと話が進みました。ただ、ジャムについては難航したんです。サンプルをお持ちしたのですが、「これは違う。もっと果実のフレッシュ感がほしい」と。

2カ月ほど、ああでもない、こうでもないとやりとりが続き、そりゃもう何百種類も作りましたよ。その結果、うちが持っている設備ではシェフの理想のジャムはできないとわかったんです。シェフ自身が作るジャムは、3~4日持てばよく、(殺菌のために)火をそれほど入れずに済むため、果実感やフレッシュな香りが残る。僕らが作るジャムは瓶詰めで、日持ちが必要。だから、どうしても火を入れる時間が長くなり、果物の風味が飛んでしまう。

どうすれば、フレッシュ感を残せるのかと悩み抜きました。出した結論は、「沸点を下げる」ということでした。気圧を高い場所では、低い温度でも沸騰するじゃないですか。この状態を人工的に作りだせる釜を購入しました。約1000万円は大きな投資でしたが、シェフの期待には応えられました。

必要とわかったら、ためらわずに投資をするほうです。将来、何らかの形で返ってくると信じているんですよ。

■「この人、本物やな」と感じた瞬間

――客先は、世界を代表するリゾートホテルチェーン。対峙するシェフは才能の塊。臆することはなかったのでしょうか。シェフと初めて会ったときの印象、その後のやりとりを振り返ってもらいました。

取材ルームにみかんの香りが漂う。飲むと、味は濃厚だが、自然にカラダに吸い込まれていく。

最初は「うまくやっていけるかな」と不安を感じました。若くして要職に就かれた方ですし、妥協は一切ない。才能のある方は、こだわりもお持ちですから。

でも、うちの畑に来てくださって、みかんを試食されたとき、「この人、本物やな」と思いました。味を表現するときの言葉が、やっぱり普通の人とは違うんですよ。圧倒的な「舌」と経験、知識を持っていることがわかりました。すぐにわかります。

地元のレストランで食事をご一緒させてもらったのですが、レストラン側にあらかじめ「料理はこういうの」「そのときワインはこれ」という具合に頼んでおきました。僕としてのいろんな「狙い」を持っていたんです。シェフの「舌」を探るために。すると、やっぱり狙ったところで「これはいい」と感想をおっしゃる。

つまり僕は、彼の「舌」を知りたかったんですよ。ジュースやジャムのサンプルを提案するときは、彼がOKを出すであろう答えから、あえてちょっとずらしたものを持っていくんです。すると、ちゃんとその部分を指摘されてこられる。さすがですよ。

私も半信半疑、シェフも半信半疑だったと思いますが、こういった「舌」の確かめ合いを通じて、お互いに信頼できるようになっていったんだと思います。

■「20代で1000万円食べなさい」


――シェフと渡り合えるのは、谷井さんにも「舌」の土台があったからでした。「舌」の重要性に気づかせてくれたのは、神戸にあった伝説のフレンチレストラン「ジャン・ムーラン」のオーナーシェフだった美木剛さんという超一流の料理人です。20代だった谷井さんに、こんなアドバイスをくれたそうです。「20代で1000万円は食べなさい。プロに負けない舌ができる。まずは食べることだ」。

実際には、それ以上食べたと思います。僕は農家ですが、あくまでも「食の世界」でいきたいんです。「人生の師」である美木シェフが、たえず「農家は食の職人やから」と言われていて、その影響も受けています。

アマンさんでは、朝食やルームサービスだけでなく、料理と一緒にジュースを出されます。コースのどこを切っても同じ味というのはもう古く、今のフレンチは徐々に味が濃くなっていって、5皿目を一番濃い味にする、というようなスタイルです。ジュースは何皿目と何皿目の間に出されるのか、そういったことも考えながら、ブレンドしています(谷井農園のフルーツジュースは、自社で搾った果汁をブレンドして作っている)。シェフが作る味が主役であり、ジュースは脇役。料理の邪魔にならないか、ということを大切にしたい。考えても答えが見つからないときはしんどいですが、おもしろい仕事ですよ。

あるとき、美木さんが畑にいらして、うちのジュースを試飲されたんです。「うまいな」と言って、3杯もおかわりしてくださった。そのときは、この仕事をやってきて、本当によかったと思いました。

■勝負の分かれ目は「いかに手間をかけるか」

――みかんの栽培に関しても、ジュース作りにしても、何にしても「やる」と決めたら徹底的にのめりこむのが“谷井流”なのだそうです。ふとしたきっかけで知ったカリフォルニアワインに感動したと思ったら、おいしさの秘密を探るために現地へ足を運ぶ。社員が始めた乗馬クラブに一緒に出かけ、うまく乗れなかった悔しさから、毎日のように馬に乗る……といった具合に。

僕は、何でも自分が納得しないとダメなんです。それも、自分で入っていってね。ナパ(カリフォルニア州にあるワインの一大産地)の白ワインは、エレガントな味で、樽香も効いている。なんでこんな味にできるのか、と思いました。何度も現地に見に行きましたよ。調べると、樽を焦がして使っている。優れたワイナリーからチョイスした、フランス人のお店があるんですが、そこからワインを買って帰りました。多いときは2000本以上持っていました。

農園の池の下を掘って、セラーを作り、瓶熟成させているのですが、長く熟成させるとラベルにカビが生えてきます。フランスではラベルにカビの生えたものに価値がある。でも、ワイン文化のない日本では、きれいなラベルのものしか売れない。ジャムの世界でもそうなんですよ。早く作ろうと思えば、火を1時間も入れればできあがる。でも、フランスでは何年も寝かしてコンフィクチュール(フランス語で「ジャム」に相当する。保存を目的に甘く果実を煮たもの)を作る。

最後は、「時間をかける」というところに行き着きます。今の世の中、何でもできるだけ簡素化しようとする。スピードの時代でしょう。僕は逆だと思っているんですよ。いかに手間をかけるか、をいつも考えています。

■良い「土」が、成長という「木」を作る

――最後に、谷井さんの考える「経営の極意」を教えてもらいました。

経営の極意「続ける」を色紙に書いてもらった。

続けることです。良い習慣を続けることしかありません。自己啓発書に「実は、失敗者と成功者の間にあるたった一つの違いは、『習慣』の違いだ。(中略)私が従う第1の法則は『私は良い習慣をつくり、その奴隷となる』というものだ」という一節がありましたが(『世界最高の商人』オグ・マンディーノ著、山川紘矢・山川亜希子訳、角川文庫)、その通りだと思います。

先日、地元の経済同友会の会合で講演をしてくれというので、「うちは掃除を徹底的にやっている。僕は朝4時半に起きて、トイレ掃除をしている」という話をしたんです。そうすると、こう質問されました。「それって、意味ありますか?」。

僕はこう答えました。「僕はみかん農家なので、最初に『土』を作ります。良い土が良い木を作り、そこにおいしい実がなる。経営者はまず、自分自身に良い土を作り、そこに成長という木が生え、利益という実がなるのではないか」と。見えない世界の話ですが、面倒くさいことをコツコツやらないと「土」は肥沃にならないと思うんです。

あと、僕は実践することを大事にしています。何かを社員に伝えたいとき、まず自分が実践していれば、体験しておけば、話が通るじゃないですか。自分がまずやらないと、他人には言えないという考えなんです。掃除にしても、社長の僕が一番汚れているところをきれいにする。でなければ、社員は自分も掃除しようとは思わないでしょう。

最近、70代や80代の各分野で長く活躍された方とお会いする機会が増えてきたのですが、一流の方はオーラが違います。僕なんか、まだまだ。明日の朝またトイレ掃除に励もうと思います。

(谷井農園代表 谷井 康人 構成=荒川 龍 撮影=小川 聡)

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