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空前の低失業率でも賃金が上がらない理由

プレジデントオンライン / 2017年10月20日 9時15分

「アベノミクス」の最大の実績は、雇用環境の改善だといわれる。かつて5%前後だった失業率は、今年8月には2.8%まで下がった。それではなぜ景気回復の実感がともなわないのか。第一生命経済研究所の永濱利廣・首席エコノミストは、「不本意で非正規社員になっている人まで含めた『広義の失業率』は悪化している」と指摘する。日本の雇用環境の実態とは――。

■人口構成や労働意欲も失業率を動かす

雇用環境を示す最も代表的なデータに失業率があり、日本の失業率は総務省「労働力調査」の中で公表される。そもそも失業率とは、労働力人口に占める失業者の割合と定義され、労働市場における需要と供給のバランスで決まってくる。ちなみに労働力人口とは、15歳以上で実際に働いているか、求職活動をしている人のことを指す。

そして、例えば景気が良くなって企業の生産活動が活発になれば、求職活動している人が職にありつきやすくなるため失業者(失業率の分子)が減って失業率が下がる。

一方、労働参加率(労働力率)も失業率に影響を与えることがある。労働参加率とは労働力人口の総人口に対する比率のことで、これは人口構成や労働意欲によって変動する。例えば、高齢化や景況感の悪化などによって求職活動をする人が減れば、労働力人口(分子)が減るので労働参加率は低下する。後述する失業の定義上、求職活動をあきらめた人は失業者にカウントされないため、労働力人口の減少以上に失業者が減り、失業率が低下する場合がある。

■労働参加率の上昇が労働力人口を押し上げ

そこで、わが国の失業率の推移を振り返ってみよう。1991年度平均の2.1%を底に上昇基調となった完全失業率(≒失業率)は、2002年度には平均5.4%まで上昇したが、その後は2007年度に3.8%まで低下した。そして2009年度に再び平均5.2%まで上昇した後に低下しており、2016年度は3.0%と1994年度以来の低水準にある(資料1)。

この動きに対して、人口減少や働き手が不足しているから、失業率が低下していると思われがちであるが、それは間違いである。なぜなら、人口は減っていても労働力人口は増えているためである。実際に2016年度の失業者数の減少を要因別にみると、就業者数は73万人増加しているが、労働力人口も57万人増えている。そして、結果として完全失業者数が16万人の減少にとどまっている(資料2)。つまり、人口が減少していても、労働参加率の上昇により労働供給は増えているのである。

アベノミクスが始動する2013年度以降、円高・株安の是正などにより企業の人手不足感が強まったが、一方で労働参加率の上昇により働ける人も増えているのである。そしてこの背景には、高齢者の雇用延長や、世帯収入を増やすべく働く女性が増えたことがある。

■失業率が下がっても賃金が上がりにくい理由

しかし、失業率が下がっていても楽観視できないことがある。なぜなら、2016年度の失業者は202万人まで減少したが、その中でも非自発的な離職者、つまり辞めたくないのに会社を辞めざるを得なくなった失業者が依然として55万人以上も存在しているからである。そして、完全雇用の経済学的な定義の一つが、非自発的な離職者が存在しないことからすれば、日本経済は依然として完全雇用とは言えないだろう(資料3)。

そして、非自発的な離職者が多数存在しているということは、企業からみれば賃金を上げなくても働きたい人がまだいる、ということである。これが、失業率が下がっても賃金が上がりにくい理由の一つである。

また、失業者とは「就業を希望して実際に求職活動をしている人」である。つまり、就業を希望していても、何がしかの理由から就業活動をしていない人は含まれない。実際、就業環境が厳しくなると、求職活動をあきらめてしまう人は増える。つまり、実際の労働需給の状況を見るには、非労働力人口に含まれる就業希望者の動向にも注意が必要である。

そこで、働きたくても求職活動をしていない人がどの程度存在するかを見るべく、総務省「労働力調査」の詳細結果を確認した。すると、2017年4~6月期時点で200万人程度の完全失業者の約2倍となる372万人の就業希望者(就業を希望しているが、求職活動をしていない人)が存在することがわかる。そして、非求職の理由別にみても、「適当な仕事がありそうにない」が102万人、「出産・育児・介護・看護のため」が105万人存在し、依然として潜在的な労働供給の余地があることがわかる。

■不本意非正規の雇用者にしわ寄せ

潜在的な労働供給の余地は、非正規社員の中からも指摘できる。同年4~6月期時点の非正規雇用者数は2018万人となり、全雇用者数の37.1%を占める。そして中でも、正規の仕事がないという理由で非正規になっている雇用者(以下、不本意非正規)は、今年4~6月時点で完全失業者を大きく上回る285万人存在する。

特に、わが国で非正規の雇用者比率が上がりやすい背景には、正社員を解雇しにくい日本特有の雇用慣行がある。例えばリーマンショック後のように急激に業績が悪化する局面では、企業は最大のコストである人件費の削減を余儀なくされる。ところが、人件費の大部分を占める正社員の雇用は調整しにくく、非正規社員または新卒採用を減らすかしか現実には方法が無い。こうした日本特有の雇用慣行により、不本意非正規の雇用者にしわ寄せが来やすい。

こうした雇用環境の深刻さは、やむなく非正規で働いている人や、働きたくても求職活動をしていない人も踏まえた広義の失業率を計測することでわかる。実際、本当は働きたいのに求職意欲を喪失した人を含めた広義の失業率は同4~6月期時点で4.4%となり、同時期の完全失業率3.0%を1.4ポイントも上回っている(資料4)。また広義の失業率に出産・育児、介護・看護のため求職活動を行っていない人たちも含めると、その水準は5.9%にも上る。

さらに、不本意で非正規社員になっている人まで含めた広義の失業率に至っては、同4~6月時点で10.0%と前期から0.1%ポイント上昇している。つまり、こうした広義の失業率で見れば、労働需給は明確なひっ迫を示していないことがわかる。つまり、労働需給がタイトになり、人手不足感が強まった状態で雇用を増やそうとすれば、企業は賃金を上げる必要性が出てくる。しかし、働きたくても求職活動をしていない人や、意図した雇用形態で働けていない人が多数存在する状況では、賃金が上がりにくい経済構造にあることを意味しているといえよう(資料5)。

(第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)

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