"獺祭"がグローバルブランドになれた理由

プレジデントオンライン / 2017年11月15日 15時15分

■「しがらみ」を打破する知恵と執念

日本酒好きで「獺祭(だっさい)」を知らない人はいないでしょう。純米大吟醸酒として日本一の出荷量を誇り、海外にも輸出されて人気を博しています。獺祭を生み出したのは、旭酒造会長の桜井博志氏。3代目社長を継いだ1984年にはほぼ倒産状態だったという山口県の零細酒蔵を再建し、日本酒のグローバルブランドを築きました。

その背景には、「徹底的においしい酒を造ろう」という桜井氏の熱い思いと、そのために日本酒業界のさまざまな「しがらみ」を打破するための知恵と執念がありました。従来、仕込みや醸造などのプロセスは、杜氏の暗黙知頼みで冬場にのみ行われてきました。そのプロセスをコンピュータで制御することにより、通年での酒造りを可能にし、誰が作業しても品質を維持できるよう、技術の標準化を行いました。

また、原料となる山田錦を増産するため、生産農家へのITを用いた収穫管理支援を行うなどして、おいしい日本酒を十分供給できる体制を構築しました。グローバルに日本酒のよさを訴え、多くの人々の生活や食卓を豊かにしたい、というビジョンに基づき、合理的な経営に変革し、酒造経営のビジネスモデルイノベーションを実現したのです。

桜井氏が体現しているように、新しい世界や社会を構想し、そこへ向けて自分がなすべきことを考え出し、主体的に実践し、幅広い人たちを巻き込んで世界を変えていく力を、イノベーションとリーダーシップをかけ合わせて「イノベーターシップ」と名づけました。野中郁次郎一橋大学名誉教授との議論から生まれたコンセプトです。

■「イノベーターシップ」とは

イノベーターシップは、マネジメント、リーダーシップを超える第3の力と位置づけています。ハーバード大学のジョン・コッター元教授が示したように、マネジメントは決まった目標を粛々とこなして所定の結果を上げることであり、一方のリーダーシップは変化が起きたときに、新たに向かうべき方向を決めて、取るべき行動をしっかりと指示することです。

いずれも、経営の目標を達成するのに不可欠な力ですが、あくまでも所属する組織の目標達成がゴールとなっています。この2つの力だけでは、これからの時代を乗り切ることは困難です。

■目線を「社会のデザイン」に据える

現在、地球規模では地球温暖化、貧困、治安・テロなど、日本でも少子化・高齢化など、さまざまな問題が山積しています。こうした状況の中で、国際連合は「持続可能な開発目標」(SDGs)を掲げ、投資においてもESG(環境・社会・ガバナンス)の観点が重視されるようになり、世界の企業も地球や人類の問題解決に向けたビジネスに取り組み始めています。今や、自社の利益追求だけでなく、ビジネスを通じて社会をよい方向に変えることが求められているのです。

組織目標の達成をゴールとするマネジメントやリーダーシップだけでは、こうした大きな課題に向き合うことはできません。利益の最大化や株主価値の向上、顧客ニーズの追求といった目の前の現実への対応に囚われてしまうからです。それに対してイノベーターシップは、組織や産業の枠を超え、目線を「社会のデザイン」に据えて、マネジメントとリーダーシップの力を発揮しながらイノベーションを起こしていく力と言うことができます。

イノベーターシップを発揮している人物の代表例として、起業家のイーロン・マスクが挙げられます。彼は宇宙開発ベンチャーのスペースXを創業し、将来の人類滅亡のリスクを回避するため、火星移住という壮大な目的を掲げてロケットの開発を進めています。このように、目指す目的が大きいほど、大きなイノベーションにつながる可能性があります。

■複数の専門性から「知の交差点」が生まれる

イノベーターシップを築くのに必要な力として、「未来構想力」「実践知」「突破力」の推進エンジンと、それらを支える「パイ(Π)型ベース」「場づくり力」の5つが挙げられます。それぞれの概要とポイントは次の通りです。

▼未来構想力
イノベーションを起こすには、まず、どのような社会をつくるのかを描き出すことが必要です。それは、調査や分析から出てくる予測ではなく、自分が実現したい未来の姿でなければなりません。今、そこにある何らかの問題を解決したいという情熱や志が、未来を構想する出発点になります。

(1)未来の社会を見据えた自分の目的・夢・信念は何か?
(2)共通善に根ざした四方よし(自分よし、顧客よし、世間よし、未来よし)のビジネスモデルイノベーションを構想できるか?
(3)自分らしいオーセンティック(本物)な生き方に即しているか?

▼実践知
未来の構想は、ある日突然閃くものではありません。日々の行動や経験の中から紡ぎ出す知恵=実践知によって、少しずつ形づくられていくものです。実践から学び、未来につなげるためのあきらめない努力が重要です。それがなければ、構想は絵に描いた餅となるか、失敗で終わってしまいます。

(1)事象の文脈を読み、適時適切な判断を下す判断力
(2)考えてばかりいずに、あるいは自分の殻や持ち場、立場にかかわらずに、まず動く行動力
(3)自分の経験を内省し、的確なキーワードで共感を呼び起こすコンセプト力

▼突破力
未来の構想が大きいほど、実現への壁は高くなります。その壁を乗り越える突破力が欠かせません。現状のしがらみを打破するには、知力、体力、腹の括り方、政治力など、あの手この手でやり抜くことが重要です。

(1)しがらみに挑む自分の立ち位置を明確にする決断力
(2)大きな目的は維持しつつも現実を直視して粘り抜く度量
(3)人の話を聞いて自説にこだわらずに仲間に引き入れる柔軟性

▼パイ(Π)型ベース
パイ(Π)の2本の縦棒は複数の専門性を、上の横棒は幅広い教養を表します。複数の専門性を持つことによって生まれる「知の交差点」によって、イノベーションは起こりやすくなります。また、未来を構想するには、何が未来の社会にとってよいことなのかに関する的確な判断ができる教養を備えておく必要があります。

(1)複数の分野での一流の専門力
(2)目的形成につなげる広い教養
(3)知のベースとなる情報収集力

▼場づくり力
オープンイノベーションのために社内外のさまざまな人を巻き込み、モチベートするのが場づくり力です。場づくりができなければ、知は生まれず、大きな仕事もできません。コミュニケーション能力や楽観的思考などに支えられた、人がついていきたくなる資質とスキルが大切です。

(1)つながり力
(2)共感力
(3)コミュニケーション力

イノベーターシップを築く近道は、先述した旭酒造の桜井会長やイーロン・マスクのような、イノベーターシップを持ったロールモデルを選び、その人物を観察し模倣することです。ロールモデルに直接会うことは難しいので、新聞、雑誌や書籍などを通じて、その人物の生き様や哲学、行動などを学ぶとよいでしょう。

イノベーターシップは、ここに挙げた5つの力の足し算で成り立っているのではなく、それらを掛け合わせた総合力と言えます。ですから、自分にとってのロールモデルを決めたら、5つの力それぞれのアングルから観察し、その人物がどのようなことを実践しているかを理解し、それを自分の中に取り入れて実践してみることをお勧めします。

(多摩大学大学院教授・経営情報学研究科長 徳岡 晃一郎 構成=増田忠英 写真=Getty Images)

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