なぜトランプは「1対1外交」を好むのか
プレジデントオンライン / 2017年11月21日 15時15分
■みんなでわいわいやるのが苦手?
米国のトランプ大統領が、就任後初のアジア歴訪を終えた。日本から、中国、ベトナム、フィリピンと11月5日から14日にかけて、10日間で5カ国を回った。米大統領のアジア歴訪としては過去最長だった。
訪問国のひとつのベトナムでは、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加する11カ国の首脳会合が開かれた。米国はTPPから撤退しているが、トランプ氏もその会合に参加し、アジア政策について初の演説を行った。
しかしこの演説でトランプ氏は「米国第一主義」を主張し、TPPを無視した2国間協議を強調した。
どうやらトランプ氏はみんなでわいわいやるのが苦手で、1対1の交渉が好きらしい。支援者一人ひとりに直接、呼びかけることができるツィッターを駆使するのもその表われだろう。
今回のトランプ外交は何だったのか。TPPを扱った社説を読み解きながら考えてみたい。
■「トランプを誘い込んだ」と安倍首相を褒める読売
「日本の戦略と連携してアジア太平洋地域への関与を強め、域内の安定に貢献していく意思が示された」
「トランプ演説」というテーマで、見出しを「具現化が問われるアジア戦略」と付けた11月11日付の読売新聞の社説はこう書き出す。
「トランプ米大統領がベトナムで、アジア政策に関する演説を行った。アジア各国の民主化と法の支配、経済発展を称賛し、『インド太平洋地域の全ての国々との関係を強化し、繁栄と安全を推進したい』と呼びかけた」
こう解説したうえで、次のように評価する。
「安倍首相は昨年、『自由で開かれたインド太平洋戦略』を打ち出している。トランプ氏がこの理念に共鳴し、価値観外交に初めて踏み出した意義は大きい」
さすが安倍政権擁護の「御用新聞」といわれるだけはある。安倍晋三首相がトランプ氏をアジア戦略に誘い込んだと褒めている。
■トランプは中国が恐い?
読売社説は続けてこう書く。
「独善的な『強国』路線を歩む中国を牽制する狙いがあるのは間違いない」
なるほど。中国は国際社会を侮っている。その証拠に南シナ海に軍事基地を次々と作っている。巨大経済圏構想の「一帯一路」を振りかざしながら中国の“花園”作りに懸命だ。
米国第一主義によって多国間の連携に否定的なトランプ氏がなぜ、安倍首相の戦略に乗ったのか。中国に対する強い危機感があるからだ。
■2国間では中国への圧力にはならない
次に読売社説は「気がかりなのは、トランプ氏が2国間の貿易協定に固執する姿勢を改めて強調したことだ」と指摘する。
今回はオバマ前政権のアジア重視のリバランス(再均衡)政策が、TPPを推進したのとは違う。リバランスは安全保障面では米国と日韓の同盟強化、そして経済面ではTPPをベースに中国に対し、「ルールに基づく行動」を促す目的があった。
読売社説は「2国間の貿易協定では、中国に圧力を加える効果は期待できまい」と強調し、「TPPは地域の自由貿易体制を主導する枠組みであり、米国の消費者の利益にもなる」と書く。
この読売社説は納得できる。
トランプ氏は自由で開かれたインド太平洋戦略に共鳴するのであれば、多国間で協力するTPPに参加すべきなのである。そうすれば、アジアの国々といっしょになって中国を牽制できる。
■朝日は「日本が米国を説き続けろ」と主張
他の新聞社説もTPPに賛成し、不参加の米国やトランプ氏を問題視する。
12日付の朝日新聞の社説のテーマはなんと「米抜きTPP」。その見出しは「『多国間』を粘り強く」である。
「米国の離脱に揺さぶられたTPPは、漂流という最悪の事態を何とか避けられそうだ。米以外の参加11カ国の閣僚会合が開かれ、新たな協定について大筋で合意した」
冒頭でこう書き、中盤ではトランプ氏の問題を取り上げ、朝日新聞としての主張を展開していく。
「問題は、米国をどうやって呼び戻すかだ。『米国第一』を掲げ、自国の利益を反映させやすい2国間協議を重視するトランプ大統領の姿勢はなかなか変わりそうにない」
「いずれ、日本にも一対一の交渉を求めてくるだろう。しかし2国間の協定では、ヒトやモノ、カネ、情報が活発に行き交うグローバル化に十分に対応できない。電子商取引などの新たなルールを広げるためにも、多国間の枠組みが理にかなっているし、米国の利益にもなる。そう説き続けることは、日本の役割である」
こうした朝日の主張には沙鴎一歩も同意する。
■「米国は責任ある大国の振る舞いを示せ」と毎日
12日付の毎日新聞も「米国抜きTPPで大筋合意」との見出しを立ててTPP問題を取り上げている。
毎日社説は「TPPが目指すのはアジア太平洋地域の経済底上げである。米国の利益にもつながるはずだ」と指摘する。
そのうえでこう論じている。
「米国はインド太平洋地域のパートナーと強調した。安全保障も含めた体系的戦略は欠いたが、アジアに積極関与する姿勢を示したことは評価できる」
沙鴎一歩も同感である。
「2国間の通商交渉を推進する構えも重ねて示した。米国に都合のいい手法に固執するのは、責任ある大国の振る舞いとは言えまい」
これもその通りだ。そもそもTPPをスタートさせたのは米国だったはずだ。
「今回の合意は米国に復帰を促すてこになる」
「米国には粘り強く再考を求める必要がある。安倍晋三首相はトランプ氏と『深い絆で結ばれた』と語る。その関係は説得に生かすべきだ」
「説き続けるのは日本の役割」とする朝日と同じ書きぶりだ。やはりここは安倍首相にがんばってもらいたい。
■米国の保護主義に「待った」かけた
もう一度、読売社説を取り上げる。今度は12日付である。「米国抜きTPP」のテーマに「保護主義圧力に先手を打った」との見出しを掲げ、保護主義の問題を取り上げている。
「米国で高まる保護主義に『待った』をかける重要な一手である。各国と結束を深め、世界の自由貿易推進の核として着実に発効させたい」
このように冒頭を書き出し、中盤からトランプ氏を批判していく。
「米トランプ政権は、偏狭な自国第一主義を振りかざす。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉では、極端な米国優遇を求める。米韓自由貿易協定(FTA)は、韓国に再交渉を無理強いした」
こう書いたうえで日本への影響を指摘する。
「日本に対しても、対日貿易赤字の削減を狙い、日米FTAの交渉開始に強い関心を示している」
「TPPが再始動するからには、米国が日本に2国間交渉を迫ることがあれば、まずは米国にTPP復帰を促すのが筋である」
大切なのは米国に復帰を促すことである。ますます安倍首相の実力が試される。
■世界をまとめるのが米国の役割のはず
今回のトランプのアジア歴訪は何だったのか。アジアの未来に希望の光が見えただろうか。「否」である。
最大の焦点の北朝鮮問題について具体的な解決方法は見つからなかったし、要の中国との協議でも真剣な議論はなされなかった。南シナ海の問題にしてもトランプ氏の姿勢は積極的だったとはいえない。
歴訪の成果といえば、得意の1対1の商談によるトップセールスで、アジアの国々に米国の兵器を売り込み、米国の軍需産業に巨額の利益をもたらす構図を作り上げただけだった。
外交の基本はいかに自国を利するかを探ることだといわれる。その意味でトランプは最大、最高の外交手腕を発揮した。彼は大成功したビジネスマンだからだ。
しかしそれだけが米国の外交であってはならない。米国には大きな力がある。その力で世界をまとめるのが米国の大きな役割のはずである。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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