トランプを手玉にとる安倍首相の外交手腕
プレジデントオンライン / 2017年11月25日 11時15分
■米国民の6割は「完全な失敗」と落第点
鳴り物入りで行われたドナルド・トランプ米大統領のアジア歴訪から3週間がたちました。アジア歴訪で起死回生を図ろうとしたトランプ大統領でしたが、米国民の6割はアジア歴訪は「失敗だった」と落第点をつけています。「成功だった」と答えた米国民は38%。トランプ大統領の政策全般についての支持率は40%(不支持率59%)と最低記録を更新しつづけています(※1)。
※1:"Poll:Trump job approval hits new low,"Jonathan Easley,The Hill,11/17/2017
聞こえてくるのは、「トランプ大統領は中国のワナにはまった」「中国の顔色を見る韓国の文在寅大統領にうまくあしらわれた」「安倍首相は歓待外交で難題を先送りした」といった声です。トランプ大統領のアジア歴訪は裏目に出たようです。
■ゴルフ、拉致被害者、元慰安婦、独島エビ
安倍晋三首相とのゴルフに始まり、北朝鮮拉致被害者家族との面談、韓国では元慰安婦を抱擁し、「独島エビ」に舌鼓を打ち、北京では習近平国家主席と紫禁城での京劇観劇などなどビジュアルな大名旅行でした。絵にはなりました。しかし目先の外交懸案はどうなったのでしょう。
まず、北朝鮮の核・ミサイル開発の即時停止問題について。出発前、トランプ氏は「最大のアジェンダは北朝鮮の核ミサイル開発を無条件で止めさせることにある」と大見得を切りました。
確かに北朝鮮の金正恩委員長は、9月12日以降、核・ミサイル実験を中止しています。
大統領のアジア歴訪中には3隻の米空母を朝鮮半島周辺に展開させて「身辺護衛」にあたらせていたんですから、ここで北朝鮮がミサイル実験でもすれば第三次朝鮮戦争が勃発するところでした。いくら「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ状況にある金委員長」でもそこまではできませんでした。
■宋濤訪朝の不発で「テロ支援国家」指定に踏み切る
トランプ氏のアジア歴訪直後、習近平国家主席はピョンヤンに党中央対外連絡部の宋濤部長を派遣し、金委員長の最側近である崔竜海副委員長らに米中首脳会談の中身を伝えたようです。宋氏の訪朝は中朝メディアでも大々的に報じられました。
微妙な外交折衝は「秘をもってよしとなす」。今後の動向を見ないと何とも言えませんが、北朝鮮を説き伏せる「特効薬」にはなっていません。習近平氏としては一応、トランプ氏の願いを聞いて北朝鮮に話してやったぞ、といったくらいのものなのか、どうか。トランプ氏はこの訪朝に期待を寄せているようです。
しかし宋特使が北京に戻った11月20日、トランプ大統領は北朝鮮を「テロ支援国家」(※2)に再指定しました。ということは、北朝鮮は中国の説得(米国の意を受けた「核・ミサイル開発無条件中止」要求)を拒否したためと理解していいでしょう。
※2:「テロ支援国家」(State Sponsors of Terrorism)指定とは、米国務省が79年以降、テロを支援したり、かくまったりする国家を指定し、指定国への武器関連の輸出・販売禁止、経済援助の禁止、金融規制を行うアメリカ合衆国法典。北朝鮮に対してはブッシュ政権(子)の時に07年の6カ国会合での合意を踏まえて解除、現在まで続いていた。これら経済制裁はすでに国連安保理決議等ですでに実施されており、今回の解除はあくまでもシンボリックなものにすぎない。
■対中貿易赤字解消の糸口すらつかめず
もうひとつの懸案だったのが対中貿易赤字です。出発前に「(対中貿易赤字額は)口に出して言うのも恥ずかしい数字」といってトランプ大統領でしたが、<日中韓との貿易不均衡を抜本的に改善させる>という米国民との公約はすべて「先送り」。
習近平国家主席は2500億ドル規模の「おみやげ」(※3)をくれましたが、「証文」のほんの一部をちらつかせたにすぎません。
※3:米中首脳は、共同記者会見で中国が2500億ドル規模の貿易契約・投資協定に合意した発表したが、契約・協定の中身については公表していない。ワシントンの議会筋は、おそらく大半は「了解覚書」(MOU)や「政策趣意書」(LOI)で拘束力のない契約だと見ている。
■「トランプはアジア人に完全になめられた」
「トランプはアジア人に完全になめられた」。ロサンゼルス近郊に住む先祖代々からの共和党支持のI・サンフォードさん(65)は、吐き捨てるようにこう言っています。ニュースはCNNやロサンゼルス・タイムズ、それにローカル紙のパサデナ・スター・ニュースから得ているそうです。
サンフォードさんはアイルランド系で、かつては中堅証券会社の役員でした。昨年の大統領選では、トランプ氏に渋々投票したそうです。
「北朝鮮問題を解決すると意気込んでいったのに習近平に軽くあしらわれ、韓国では反米デモに遭い、フィリピンの独裁者・ドゥテルテには人権のなんたるか、も説教できず。おまけにトランプが帰ったあとは、安倍(首相)も文(韓国大統領)もドゥテルテ(フィリピン大統領)の支持率は上がっているそうじゃないか」
「私が知る限り、米大統領がアジアでこれほどなめられたことは過去にはなかった。トランプは、中国からの2500億ドル超のおみやげ(米国製品購入)をもらって満足しているらしいが、どうせ空手形だろう」
■「アジア歴訪は歴史の分岐点」ととらえる識者
識者たちはトランプ歴訪をどうみたか。筆者が米政治を考える時に常に注目しているジャーナリストと未来学者がいます。
一人はワシントン・ポストにコラムを書いているデイビッド・イグナチス氏です。もう一人は、未来学者のイアン・ブレマー氏です。同氏はNHKのニュースにもたびたび登場していますからご存じの方も多いと思います。
イグナチス氏は「トランプの121日間にわたる異常なほどのお追従歴訪」(※4)という辛辣な見出しの記事で、こう書いています。
「トランプは行く前にはこうなるとは考えてもみなかっただろう。が、1945年のヤルタ会談(※5)で米英両首相がスターリン・ソ連首相のソ連に東欧におけるヘゲモニーを受け入れたとすれば、今回は習近平に対し、トランプは『中国はパシフィック・パワー(太平洋でのもう一つの超大国)である』ことを正式に認めたといえる。これに対し習近平は『太平洋は十分に広く、中米両国を受け入れられる』と明言した」
※4;"Trump's extraordinary 12-day adulation tour."David Ignatius,Washington Post,11/14/2017
※5:ヤルタ会談とは、第二次大戦が終盤に入る45年2月、クリミアのヤルタ近郊にあるリヴァディア宮殿でルーズベルト、チャーチル、スターリンの米英ソ首脳会談。ソ連対日参戦、国際連合設立が話し合われたほか、中欧、東欧における米ソの利害を調整し、大戦後の国際レジームを規定した。
つまりこれからは米中で太平洋の覇権を二分割しようじゃないか、という合意ができたというわけです。
■「超大国・中国」の是認発言の波紋
一方、ブレマー氏はこう分析しています。
「それまでの世界秩序を変えた宣言が2つある。1つは1991年のゴルバチョフのソ連邦崩壊宣言。そしてもう1つはトランプの訪中時に習近平が『中国は超大国になる用意ができている』と言い切った宣言だ」
「中国は金力にものを言わせて東アジア地域はもとよりグローバルに勢力を拡大させている。そのテクノロジー戦略は、官民一体となって(2045年までに「宇宙強国」を実現するという目標を掲げ)宇宙空間にまでインパクトを与えようとしている。その政策表明は他のどこの国によるものより影響力を持っている。さらにその当然の結果として『裏庭』(とくに南シナ海)への軍事的圧力を強めている」
「かつてアジアで米中がつばぜり合いを演じているというのは話のタネだったが、今や中国(の影響力増大)にどう対処し、それを受け入れるのか、がより現実論として出現しているのだ」
■中国に足元を見られたトランプの「家庭の事情」
習近平国家主席がトランプ大統領を軽くあしらった要因はなんだったのでしょう。トランプ氏の脆弱な政権運営を習近平氏に見透かしていたからです。
トランプ大統領にとって17年を締めくくる師走は内政でも修羅場を迎えています。経済政策の柱とする税制改革がひとつ。
もうひとつは、ロシアゲート疑惑捜査を阻止する「防波堤」としてジェフ・セッション上院議員を司法長官に任命したために空席となっているアラバマ州補選です。12月12日に行われます。支持率が下降線をたどる中でトランプ大統領としては、この議席を守れるか否かはシンボリックな意味を持っています。
■アメリカで吹き荒れる「わいせつ疑惑」追及の嵐
ところが共和党が選んだ同州最高裁長官ロイ・ムアー氏の10年前のわいせつ疑惑(※6)が発覚。それまで優勢だった選挙は一転、民主党候補(ダグ・ジョーンズ氏)に持っていかれそうな状況になってきました。
※6:10月にハリウッド映画界の重鎮、ハービー・ワインスタイン氏のわいせつ疑惑が発覚して以来、映画製作策者や有名俳優のわいせつ疑惑が次々と暴かれ、その余波は政界にも及んでいる。「ワイスタイン症候群」とまで言われている。
また選挙公約である「経済成長率3%超」の実現も不透明な情勢です。要となる税制改革が難航しているからです。法人税率の35%から20%への引き下げについては、下院では可決されましたが、上院では与党共和党内にも法案に慎重な意見があり、可決・成立の見通しは立っていません。法案の行方次第では米経済の先行きにも影響が出てくる可能性があります。
■対日ハイテク武器売却問題はすでに織り込み済み
最後にトランプ大統領の就任初訪日について米サイドの評価についてです。
米テレビはトランプ夫妻が行く先々で歓迎を受けている映像を流しました。しかし新聞やオンラインメディアは日本での歓迎ぶりはあっさりとしか取り上げませんでし
北朝鮮の脅威に対処するために米国が対日軍事品輸出を拡大させる点についても「エイジス・オフショアやF35A戦闘機の供与はすでに政府間で協議中」(米国防総省筋)であることを理由に大きなニュースにはなっていません。
対日貿易赤字問題についても麻生太郎副総理とマイク・ペンス副大統領とで行われている日米経済対話にゆだねることで合意し、問題は先送りされました。
■トランプを手玉にとった「安倍のしたたかさ」
過去40年間、米国政府の内外を取材してきた元東京特派員はこうコメントしています。
「当選前にはトランプは安倍(首相)のことを『集中豪雨的対米輸入と為替操作で米失業者を増大させるKiller(もともとは殺人者、転じてやり手とか凄腕といった意味)だ』と言っていた。ところが今やバディ(信頼すべき同僚)という豹変ぶりだ」
「安倍は、気まぐれで予想不可能なトランプを適当に扱いながら、TPPやパリ協定などではトランプとは正反対のことを巧みに進めている。見上げたものだ。日米関係でいえば貿易や防衛分担の話はすべて先送り。安倍はトランプが短命に終わっても(大統領に昇格する可能性が最も高い)ペンス(副大統領)とうまくやっていけるという自信がありそうだ」
今回のトランプ大統領のアジア歴訪の「敗者」はトランプ大統領一人。アジア歴訪に六割の米国民が「失敗だった」と断定する根拠はこの一言に尽きます。
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在米ジャーナリスト、米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長
1941年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業後、読売新聞入社。ワシントン特派員、総理大臣官邸、外務省、防衛庁(現防衛省)各キャップ、政治部デスク、調査研究本部主任研究員を経て、母校ジャーナリズム大学院で「日米報道比較論」を教える。『中曽根外政論』(PHP研究所)、『アメリカの教科書が教える日本の戦争』(アスコム)など著書多数。
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(在米ジャーナリスト 高濱 賛 写真=White House/ZUMA Press/アフロ)
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