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野球の乱闘にメジャー選手が積極的なワケ

プレジデントオンライン / 2017年12月1日 15時15分

マウンド付近で激しくもみ合う、ニューヨーク・ヤンキースとデトロイト・タイガース両軍の選手。(写真=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

野球には「乱闘」がつきものだ。なぜそんな暴力が許されているのか。これは「乱闘に参加すること」が密かな義務だからだ。今夏、ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手も乱闘につっこんだ。メジャーリーグでは「乱闘に参加しないと罰金」というルールまであるという。どういうことなのか――。

■田中将大投手も乱闘に参加

2017年8月24日(日本時間25日)、メジャーリーグで壮絶な乱闘騒ぎが発生した。田中将大投手が所属するニューヨーク・ヤンキースとデトロイト・タイガースとの試合でのことだった。

ことの発端は6回の裏。タイガースの主砲、ミゲル・カブレラ選手が打席に立つと、ヤンキースのトミー・ケインリー投手がカブレラの背中を通るような明らかなボール球を投げた。ここで審判はケインリーを問答無用で退場とし、それに激しく抗議したヤンキースのジラルディ監督も退場処分となる。さらにカブレラとヤンキースの捕手ロマインの間で口論が起き、カブレラが激怒。ロマインを突き飛ばした上に、数発のパンチを繰り出した。ここで両軍のチームメイトが全員グラウンドへ飛び出し、大乱闘へと発展していった。

このプレーに直接関係していない選手の間でも、もみ合い、小突き合い、馬乗りになって殴り合い、壮絶な格闘が10分以上も展開された。この日登板がなかった田中将大投手も大急ぎでベンチから駆けつけ、乱闘の中心部まで突っ込んでいった姿がテレビカメラに収められている。

■1試合3乱闘、両チーム合わせて8人退場

しかもこの試合、乱闘は1回だけでなかった。7回にもヤンキースのデリン・ベタンセス投手が死球を与えて2度目の乱闘が発生。8回にはタイガースのアレックス・ウィルソン投手も死球をぶつけ、1試合の中で乱闘3回、両チーム合わせて計8人が退場する大騒動となった。

メジャーリーグ中継を見ていると、こうした死球の応酬や派手な乱闘を目にする機会は珍しくない。一方で、日本のプロ野球では、乱闘にまで発展する試合はまれになっている。同じ野球でありながら、なぜメジャーリーグばかりで大掛かりな乱闘が起きがちなのだろうか。

明文化されたルールとして、各国のプロリーグでは「野球規則」が設定されている。だが、メジャーリーグでは明文化されたルールと同じぐらい、いや時にはそれ以上に重要で厳格な暗黙の約束がある。それが「アンリトゥン・ルール」(不文律)だ。これを無視したプレーは絶対に許されず、破った場合は死球を食らうことになる。

アンリトゥン・ルールの代表的なものとしては、以下のようなものがある。

・本塁打を打ったときに大げさに喜んだり、立ち止まって打球の行方を追ったりしてはいけない
・大差がついた試合では盗塁やバントをしてはいけない
・ノーヒットノーランが継続している間はセーフティバントを試みてはいけない
・2アウトで三盗してはいけない

こうした不文律は、アメリカにおける野球の長い歴史を経て形成されていったものだ。その根底には「すでに勝負が決まった試合で必要以上に相手をおとしめない」「礼を失した行為を許さない」という思想がある。

■「報復」もアンリトゥン・ルールの内

そんなアンリトゥン・ルールの中のひとつに、「報復」、つまり「やられたらやり返す」というものがある。もしチームの誰かが死球を受けた場合、チームメイトの投手は相手投手本人(投手が打席に立たないDH制の場合は別の選手)に死球を当て返さなければいけない。その死球に納得がいかない場合はさらに「報復への報復」として、死球を当てかえすケースもよく見られる。そのため冒頭の試合のように、1試合で何回も乱闘騒ぎが起こることになる。「この選手が憎いから当て返してやろう」というような個人的な恨みではなく、暗黙の了解として、チームの方針に従って「やらなければいけない」のだ。

松坂大輔投手がレッドソックスに移籍した07年の最初のシーズンに、ヤンキースのアレックス・ロドリゲス選手に死球を与えてしまい、帽子をとって謝ったのが現地でニュースになったことがあった。日本では「当ててしまってすみません」という意味で投手が帽子をとるのは普通の行為だ。しかしメジャーリーグでは死球を当てて謝罪するのは自分の非を認めしまうことになり、ほとんどありえない行為とみなされる。

メジャーリーグの球団数は30球団で、日本プロ野球の2倍以上。特定のチームと1年以上対戦しないこともある。それでも前回やられた仕打ちを覚えていて、1年越しに死球をぶつけることもよくあるのだ。正直、筆者にとっては死球合戦はあまり気分がいいものではないが、メジャーリーグを見ているとこのような光景を頻繁に目にすることになる。

また、「乱闘には全員参加しなければいけない」というアンリトゥン・ルールもある。参加しない選手には罰金が科されることもある。表向きは「乱闘がこれ以上拡大しないよう制止するため」だが、これも「やられたらやり返さなければいけない」という報復の原則に基づいたものであり、実際には直接プレーに関係していない選手同士が殴り合っていることも多い。

■乱闘は英語で「ベンチが空になる」

「乱闘」は英語で「benches clear」と表現される。文字通り「ベンチが空になる」、つまり試合に出ていない選手も含めて「全員」がグラウンドに飛び出すという意味だ。「自分は争いたくないから乱闘に行かない」とチームの和を乱すことはできないよう、アンリトゥン・ルールで縛られているのだ。

ただし今回、1996~2004年までメジャーリーグでプレーした元野球選手のマック鈴木氏に、実際に罰金を支払った経験はあるかどうか尋ねたところ、「乱闘が始まればベンチを出ない選手はいなかったし、もしいたらチームから総スカンを食らうけど、罰金はなかった。制度としては、当時は存在していなかったと思う」と教えてくれた。なお、MLB本部にメールと手紙で「過去に選手がチームに罰金を払った事例はあるのか」と問い合わせたが、期日までに回答は得られなかった。

ちなみにマック鈴木氏によれば、「乱闘が起こった場合、関係ない選手は周囲で服の引っ張り合いをして、参加してるフリをすることもある」という場面もあるそうだ。

ここまでメジャーリーグの乱闘の背景を見てきた。では日本のプロ野球はどうなっているのだろうか。

日本にも、メジャーリーグのようなアンリトゥン・ルールは存在する。かつてオリックス-阪神戦で新人だった阪神の藤川俊介選手(現・俊介)が5点リードの状況で盗塁したとき、オリックスバファローズの岡田彰布監督(当時)は「これは大変なことやと思うよ。明日も試合あんのになあ」とコメントした。これはアンリトゥン・ルールを破った者への報復を示唆する発言である。ただ実際には、翌日の試合で死球の応酬や乱闘騒ぎは起こらなかった。

そして乱闘の際は全員が参加しないといけないという暗黙の了解は、実は日本のプロ野球にも存在している。ヤクルト・巨人・阪神で4番を打った広澤克実氏は、かつてテレビ番組で「乱闘に参加しない選手から罰金を取るチームもある」と明かしていた(テレビ朝日系『中居正広のスポーツ! 号外スクープ狙います!』15年11月3日放送)。乱闘が発生した際によく見ていると、選手やコーチ含めて一人残らずグラウンドに出てきているのがわかる。

■日本人の気質に乱闘は合わない?

しかしここでもメジャーリーグと違い、真剣にグーで殴り合ったり、直接関係ない選手同士が乱闘したりといったことはほとんど起こらない。野球評論家の豊田泰光氏は「日本人は争いを好まぬ穏やかな気質なので、乱闘になったときベンチに残っていてはいけないという不文律も変わっていくのではないか」と分析していた(日本経済新聞04年1月15日「野球評論家豊田泰光氏――変わる不文律と契約書(チェンジアップ)」)。

日本でもメジャーリーグと同じようなアンリトゥン・ルールは存在するが、適用は厳格ではない。そのために、メジャーほど派手な乱闘や死球合戦が起きたりしないというわけだ。

NHKがメジャーリーグ中継を本格的に始めたのが1987年のこと。今年は30年目にあたる。当時は日本国内に入ってくる情報も少なく、ごく限られた層しかメジャーリーグに関心を持つ人はいなかった。その後1995年の野茂英雄投手、そして2001年のイチロー選手の渡米が大きく流れを変え、今では「日本のプロ野球は見ないが、メジャーリーグは好き」という野球ファンまで存在するようになった。来季からは日本ハム・大谷翔平選手のメジャー挑戦が確定し、ますます注目度は高まっている。メジャーリーグ中継を観る際には、メジャーリーグならではの乱闘の作法にも関心を持ってみると、よりアメリカの野球が楽しめるはずだ。

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新井悠真(あらい・ゆうま)
ライター兼映画プロデューサー。元全国紙記者。世界中の映画を年500本観る映画好きかつ、メジャーリーグを全試合チェックする野球好き。

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(ライター/映画プロデューサー 新井 悠真 写真=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

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