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中国のAIは"大したことはやってない"のか

プレジデントオンライン / 2017年12月12日 9時15分

空から見た上海

中国でAI(人工知能)が盛り上がっている。使われている技術は日本にもあるものだ。だから中国人たちは「大したことはやってない」という。しかし、その「とりあえずやってみよう」という精神が、ITやAIを使ったビジネスを急拡大させている。中国ビジネスのスピード感に強い危機感を覚えたという筆者が、現地からリポートする――。

■「大したことはやっていない」

中国では今、AI(人工知能)が盛り上がっている。実際に現地を視察すると、日本での報道以上の迫力があって驚く。

AIは、この数年で急速に発展した。背景には、機械学習のアルゴリズムが工夫され、集積回路(IC)の処理速度が格段に上がったことがある。現在は基本的な画像処理・音声処理・言語処理が可能になったレベルで、応用範囲がかたまるのはこれからだ。中国では、そんなAIをビジネスに取り入れるための実験が盛んに行われている。どれも日本においてはまだ実行されていないか、始まったばかりのことだ。

技術的には驚くべきことではなく、使っている要素技術自体は全て日本にもあるものばかりだ。むしろ私が驚いたのは、みな口をそろえて「大したことはやっていない」と言ったことだった。

私は今年5月に、AIを用いた技術を開発するベンチャーを起こし、その関係で中国を訪れる機会が増えている。その前にはハイテク企業の中国法人を2002年に立ち上げており、日本製品を現地の営業マンを雇って販売していた。

この半年、当時の社員の多くに会い、今や自ら事業を立ち上げ、世界最先端のAI技術を取り入れようと躍起になっているのを目の当たりにして、私のこれまでの中国観は大きく変わってしまった。中国は急速に先進国に追いついたが、今、その勢いのまま、ITの技術でスマホの電子決済など一部の分野で先進国を追い抜き、さらにAIで発展を加速させていることに気づいたのだ。

私は、なぜ中国でここ数年ITやAIの急速に発展しているのか、何がそれを可能にしているのかについて、日本の読者に知ってもらいたいと思っている。私自身はこうした変化に強い危機感をおぼえ、それが今のビジネスの動機にもなっている。連載第1回となる今回は、中国で行われているAIを用いた実験を紹介し、背景にある中国人のビジネスマインドを考えていきたい。

■AIで安価に洋服を自動検品し、漁場にドローンを飛ばす

中国にいる友人の一人に、アパレルの繊維工場で用いる機械を製造・販売しているメーカーの社長がいる。彼は現在、AIのディープラーニングで洋服の検品の実験を行っている。

「日本は進んでいるけど、中国はまだまだなんだよね。できているのはこのくらい」と前置きをして、彼はディープラーニングが検品している写真を見せてくれた。洋服のシミやほつれの写真を他の企業から提供してもらい、AIに学習させる。その後、実際に検品する洋服をカメラで撮り、あらかじめストックされていた不良品のデータと照らし合わせるのだ。

日本の工場でも、人間が目視で検品しているところは多い。または、高価なチェック用の画像処理を入れて、機械で検品を行うのが一般的だ。しかしこの方法なら、Webカメラとパソコン、無料のAIソフトを組み合わせるだけで検品作業を自動化できる。これまでに比べイニシャルコストが格安な上、機械の設定時間も大幅に短縮されるのだ。

また、他の友人が経営する会社(ジャンポステクノロジー)では、漁場にAIを活用する実験を、ドローンと画像処理の機器で支援している。上空から漁場の写真を撮り、AIが解析する。こうすることで、どの辺りに魚が固まっているかを把握したり、魚の動きなどの様子を分析したりして、餌の最適な提供方法を考えるという。コストを削減し、より質の高い魚を養殖しようという試みで、これが実現すれば魚の値段がぐっと安くなると言われている。

北京から飛行機で数時間という辺鄙な場所で、稼働中の巨大養殖場にいきなりドローンを飛ばし、魚影を撮影、画像処理する実験を始めたというから驚きだ。日本で同様の取り組みを探すと、2017年6月に、民学連携でAIを用いた漁業システムをこれから開発すると発表があったばかりである。

■人の横を無人車が走り去る

杭州の大学の構内では、学生が歩いている横を、平気で“無人”車が走っている。ディープラーニングを行っているわけではないため、正確にはAIとは言えないのだが、レーザーを照射して周辺の対象物を検出・測距するという、自動運転でも使われる技術を用いている。

大学構内を走っている、京東のワンボックスカー

この自動運転車を走らせているのは、大手ECコマース会社・京東。日本でいうAmazonのような企業で、注文された商品を無人車で届けようという実験だ。中国ではECコマースが急速に普及しており、中国メディアの「電商報」によると、市場規模は420兆円で世界の4割を占めるほどだという。

日本でも、2017年9月に無人運転バスの実験が始まるなど、自動運転の実証実験はいくつか行われている。だが、国土交通省など役所が主導であり、ビジネスとして展開されるには時間がかかるだろう。「公道を走らないのだから大丈夫」と言って、民間企業がいきなり大学構内で自動運転車を走らせて実験を始めるという事態は、日本では考えにくい。

洋服の検品も、漁場でのドローンも、無人車の走行も、技術的には高度なものではない。ディープラーニングのソフト自体は今や、無料で使うことができる。写真データを収集する場合はカメラが必要だが、それも安価だ。

だから中国人の友人たちは私に、「大したことはしていない、その気になれば誰にでもできることだ」と語ったのだ。しかし、AIの実験をするには技術の他に、実験をするための許可や手続き、そしてAI学習のための、大量のデータ提供が必要になってくる。

何よりも、AIを実際にビジネスで使えるようにするには、実際の現場で検証すること、そこでの成功失敗を糧にさらなる改良を迅速に行うことが肝要だ。こういった実験に必要な土壌は、まだ日本では整っておらず、だから実験が進まない。そこが今回、中国でのAI最前線を知って驚いたポイントだった。

■中国人の「やってみよう」マインド

中国ではなぜ、AIという新しい技術の実験を迅速に行えるのだろうか?

背景にはまず、中国人の「とりあえずやってみよう」というマインドがある。製品・サービスがいったん市場に出回れば、その良しあしを判断するのはユーザーや消費者などの大勢の人だ。なのでその良しあしを、一人の経営者やビジネスマンが判断するのは合理的ではないと考える。当たるか外れるかを一人で考えてから世に出すよりも、まずは市場に出して反応を見ようとするのだ。

スピードがすべての世界では、じっくり考えている間に誰かが先んじてしまったら失敗すらできない。やってみてダメだったとしてもやらないよりは良いので、失敗をとやかく言われることは少ないのである。

AIはまだまだ、「やってみないとわからない」テクノロジーだ。AIの機械学習と言うように、その発展には“学習”が欠かせない。まずは試行を重ねてデータを集め、失敗から改善を重ねていくというサイクルが機械にも必要だ。それが「とりあえずやってみよう」という中国人の価値観と合っている。

今まで人間が「なんとなく」という感覚でやっていたものを、自動化させたい……そう企業が考えたとしても、日本では「やるなら100%完璧でないとだめ」という意識があるので、特に製造業においてAIは使えないと思われている。一方中国では、「もともとできていなかったのだから、95%でも、たとえ70%でもやってみよう」という感覚だ。

中国は改革開放を始めて30年、急速な経済発展はこの10年で起こったので、いくつかの国営企業を除けば、ほとんどがベンチャー企業だ。日本に例えて言うならソフトバンクのような会社が国中にたくさんあるイメージであり、勢いのある彼らがまず「やってみよう」としている。

私はこの「やってみて失敗から学ぶ」というのは、“カイゼン”の得意な日本人の専売特許だと思っていた。しかし現地に赴き、身近な人たちが目を輝かせて突っ走る姿を見て、AI時代には逆に、中国が日本より圧倒的に先を進むのではないかと焦りを禁じ得ない。

■中国人にとっての創造は、技術ではなくビジネスモデル

実験をすぐさま可能にする「やってみよう」という価値観に加え、中国の急速なAI発展を支えているのが、圧倒的なデータ量だ。そもそもの人口が多いだけでなく、必要だと思えば惜しげも無く、企業が自社データを他社に提供しているためだ。

深センで行われたAIセミナーのようす(筆者撮影)

日本では、特に製造業においては、自社データの提供を躊躇することが多い。それは技術が、企業にとっての創造性・独自性の結晶だと捉えられているからだ。だが中国では、企業の創造性=ビジネスモデルである。他の企業がやっていない新しいことをいち早くやり遂げ、利益を上げることこそが企業の創造性だと考えるのだ。

まずビジネスそのものに目を向け、どうすれば儲かるのか、そのためにどんなビジネスモデルがベストなのかを考え抜く。その上で必要な技術、特にITやAIを活用して事業を展開する。ゆえにビジネスの“手段”である技術を、惜しげも無く互いにシェアするのだろう。

人材面では、日本でのITは技術職というイメージだが、中国ではビジネスの手段であり、理系・文系という区別なく、キャリアのチャンスだと思えば誰もが積極的に学ぶ。まして会社を経営して成功したいと思う若者にとっては、ITだけでなくAIも成功への鍵だ。結果、IT・AI分野に豊富な人材が生まれ、競争が産業を発展させる。

■ビジネスモデルに徹した議論を

慎重で、失敗を恐れる日本の企業文化は、中国人にある「とりあえずやってみよう」という意識に欠けると思われるかもしれない。だが、戦後の日本にはホンダやソニーといった企業にそういった雰囲気があった。今はそういうマインドを持つ人が、活躍しづらい社会になっているだけなのではないか。

また「日本には技術しかなく、ビジネスモデルが皆無」というわけでもない。例えばトヨタの生産方式は、コストを抑え競争力を上げる強固なビジネスモデルであり、セブン-イレブンに代表されるコンビニエンスストアも、ビジネスモデルでしっかりと利益を出している会社だ。

中国人と話していて圧倒されるのは、ビジネスの話をすると、どうやって確実に利益を出すか・業界内でシェアを伸ばすかという話に徹するがゆえ、結果として議論がシンプルになり、自然とビジネスモデルの話に行き着くということだ。日本の、特に大企業では、新しいビジネスや実験を始めようとしても、先例がないと分かると手を出すのをやめてしまう。また結果を出すこと(金を儲けること)よりも、職場の人間関係や立場を意識する人が多い。ビジネスモデルだけを考えた議論は、中国に比べて少ないと感じる。

しかし本来、ビジネスで大切なのは「結果を出すこと」である。そのためにはベンチャー・大企業を問わず、失敗を恐れることなく「テストと思ってまずやってみる」こと、新しいビジネスモデルに率先してチャレンジしてみることが必要なのではないか。そしてテストの結果を見据え、ビジネスモデルに徹して議論する。こうした日本のビジネスマンが増えてくれば、AIの世界に限らず、日本企業が誇る高度な技術をビジネスに生かせるようになるはずだ。

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菅原伸昭(すがはら・のぶあき)
iROHA 共同代表取締役及びオイラーインターナショナル共同代表。1969年生まれ 91年京都大学卒業、日商岩井入社。96年 中国語学短期留学の後、キーエンス入社、1999年台湾現法設立、2001年 中国現法設立、責任者として中国事業拡大に貢献。その後アメリカ法人責任者を経て帰国後、2014年よりTHK 執行役員 事業戦略責任者。2017年より産業用のAIを開発するベンチャー企業を設立、現在に至る。(連絡先:nobu.sugahara@iroha2017.com)

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(iROHA 共同代表取締役/オイラーインターナショナル共同代表 菅原 伸昭)

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