なぜ世界中が『君の名は。』に夢中なのか
プレジデントオンライン / 2018年1月2日 11時15分
※本稿は、岡田斗司夫『大人の教養として知りたい すごすぎる日本のアニメ』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■日本のアニメはゴールドラッシュ
日本のアニメ業界は、未曾有のゴールドラッシュを迎えようとしています。Netflixを始めとした世界的な配信事業者が、多額の予算を投入して日本のアニメを世界に配信しようとしているわけですが、そのきっかけの1つは間違いなく『君の名は。』の大ヒットでしょう。
興行収入は250億円を突破して、歴代の邦画興行収入ランキングでも『千と千尋の神隠し』に次ぐ2位。中国をはじめとする海外でも好成績を収め、全世界の興行収入では『千と千尋の神隠し』を上回ったほどです。
映画批評サイト「Rotten Tomatoes」での批評家の評価を表す「トマトメーター」も97%とかなり高いですね。
『君の名は。』が世界的にこれだけウケた理由は、「ルック」、そして大きな「物語の構造」にあります。
1月3日の地上波放映を楽しみに待っている方も多いでしょうから、話の中身にかかわる「物語の構造」については放映後にもう一度このサイトで語るとして、ここでは「ルック」について説明しましょう。
映画の画的な個性のことを「ルック」といいますが、これまでの邦画は洋画に比べて、「ルック」で大きく後れをとっていたと僕は思います。
例えば、『スター・ウォーズ』シリーズは、ものすごく画が絵画的です。1つのカットをバンと見せられただけでも観客は圧倒され、その世界に引き込まれてしまう。『スター・ウォーズ』の1作目で、巨大な戦艦、スター・デストロイヤーが画面のほとんどを覆い尽くす様子。惑星タトゥイーンに沈む二重太陽の美しさと異世界感。
邦画はせいぜい珍しい風景を映す程度で、なかなかああいう本格的な画がつくれませんでした。新海誠は世界に通じる「ルック」をもっている、日本では稀有な作家です。
もしかすると『君の名は。』は、21世紀の『ローマの休日』(1953年)になったのかもしれません。『ローマの休日』は、恋愛ドラマの原型のなかの原型といえるハリウッド映画です。みんなが憧れる観光地ローマを舞台にして、お姫様と新聞記者が恋をする。
あの当時はそれが世界の恋愛映画だったわけですが、『君の名は。』はそういうワールドスタンダードになりえるし、それが日本のアニメから出てきたのはとてもうれしい。黒澤明監督『七人の侍』以来、久しぶりに日本映画が世界の映画にショックを与えることになるでしょう。
■現実よりも美しい風景
『君の名は。』の新しい点は、普通の風景をものすごくきれいに撮ったことにあります。単にきれいというだけでなく、映画やドラマの業界に影響を与えるほどのインパクトがありました。
以前、フジテレビで「北の国から35周年 倉本聰が語る秘められた真実」という番組が放映されたことがあります。ご存じのとおり、倉本聰は『北の国から』などの脚本家で、彼の主宰する富良野塾は演技派の俳優を輩出しています。
番組のなかで、インタビュアーが倉本に「『君の名は。』を観ましたか?」と尋ねたところ、倉本はすごい勢いで『君の名は。』を絶賛しはじめました。「むしろそっちの世界に行くべきなのかな」と言い出し、アニメにも意欲を見せたので僕は驚きました。
長年、映像コンテンツに関わってきた人たちが、なぜ『君の名は。』に熱くなったのか?
僕が思うに、映画やドラマのつくり手は、美しい風景を実写の映画やテレビドラマとして見せることに、限界を感じているのではないでしょうか。
例えば溝口健二監督のモノクロ映画『山椒大夫』で、安寿が沼に身を投げるシーンがあります。このとき撮影の宮川一夫は沼の周りの竹を黒く塗らせたそうです。黒い竹藪にすることで逆光の効果が際立って、ものすごくカッコいい。
実際にはそこまで極端な逆光になることはありませんが、映像はそういう嘘をつける。「美しさ」は作ることができるんです。実写映画は現実の風景をそのまま撮るものだと思っているかもしれませんが、「見せたい画」がある監督は、そうやって竹を黒く塗ってしまうわけですね。
そうした考え方は、実写というよりも、もうアニメです。そのままの風景を撮るのではなく、作家の頭のなかにある風景を撮るわけです。
■二次元アニメの復権が始まる
僕は、この考え方によって二次元アニメが再びよみがえる気がしています。現在の世界的なアニメーションの潮流は、ピクサーなどを中心とする3次元アニメで、一見すると2次元アニメは駆逐されたようにも見えますが、必ずしもそうではないんじゃないかな。
例えば、1950年代のアメリカの雑誌を見ると、高級ブランドは広告に写真よりもイラストを多く使っています。イラストの地位が写真より高い。1950年代を代表するイラストレーターのノーマン・ロックウェルは、モデルにポーズをとらせて写真を撮り、それをもとにイラストを描いたそうです。
「そんなに写真とそっくりにイラストを描くなら、もう写真でいいんじゃないの?」と思うかもしれませんね。でも、写真だと漠然としてしまうイメージが、イラストだとはっきり表現できる。登場人物同士の人間関係が明確になるし、人物の表情や光の加減も思いどおりに構成できます。
『スター・ウォーズ』のポスターはずっとイラストですが、これも写真をそのまま見せるより、美しさをデフォルメしたほうがよりアートに近いという考え方があるからでしょう。この傾向はアメリカだけでなく、ヨーロッパ全般についても言えることかもしれません。
これまでの日本の二次元アニメは、世界的にはマニア向けだと見なされていました。
しかし『君の名は。』の画づくりは、従来のアニメとはまったく違う。現実のどの要素を捨て、どこを強調して、さらに美しくするのか。「写真よりイラストのほうが上」という領域へ、ついに達したのだと僕は考えています。
何せ『君の名は。』は中国でも大ヒットして、中国での日本映画の興行収入歴代一位になったわけですからね。
中国市場でヒットさせるために、あのハリウッドですら、これまで涙ぐましい努力をしてきました。ストーリーにあまり必要なさそうな中国人のヒロインや科学者を出してきたけれど、それが中国市場での成功につながったとは言えません。
それなのに、『君の名は。』は中国でも大ヒットしてしまった。あんな独特の「ルック」をもった映像をつくれるとなったら、世界中の出資者が放っておくわけがありません。
時に「絵は写真を超える」んですよ。『君の名は。』で、映像表現の新しい潮流をまずは確かめていただきたいですね。
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社会評論家
1958年大阪府生まれ。1984年にアニメ制作会社ガイナックスの創業社長を務めたあと、東京大学非常勤講師に就任、作家・評論家活動を始める。立教大学や米マサチューセッツ工科大学講師、大阪芸術大学客員教授などを歴任。レコーディング・ダイエットを提唱した『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)が50万部を超えるベストセラーに。その他、多岐にわたる著作の累計売り上げは250万部を超える。
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(オタキングex社長、作家、社会評論家 岡田 斗司夫)
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