75歳以上は運転免許を取り上げるべきか
プレジデントオンライン / 2018年2月1日 15時15分
■「気付いたら事故を起こしていた」
今年1月9日の朝、前橋市内で自転車に乗って学校の始業式に向かう女子高校生2人が車にはねられ、意識不明の重体となった。車を運転していたのは85歳になる男性だった。
この男性は普段から物忘れがあり、物損事故も多く、家族が運転免許の返納を勧めていた。しかし従わなかった。警察が自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで男性を逮捕したところ、「気付いたら事故を起こしていた」と供述したという。
通学途中の若い女の子が交通事故に遭い、大けがを負う。逮捕された男性の家族もつらいと思う。事故は被害者、加害者の双方が悲惨なことになる。
この数年、高齢者が加害者となる事故が目立ち、社会問題になっている。どうしたら高齢者の交通事故をなくすことができるのか。
この連載では新聞各紙の社説を読み比べている。各紙の社説がそろうのを待っていたが、はしごを外された。悲しいかな、今年に入って高齢者の交通事故を社説で取り上げたのは1月13日付の産経新聞が最初で、その後は1月30日現在、東京新聞(29日付)が書いてきただけである。
高齢者の運転免許の是非は、社会全体で議論すべき重大なテーマだ。こういうテーマこそ社説で取り上げてほしい。
■産経の見出しは「強制返納の仕組み検討を」
1月13日付の産経社説は「高齢者の運転適応能力が低下するのは、自然の摂理だ」と指摘したうえで、「免許返納の促進は、被害者のみならず、高齢ドライバーを守るためのものでもある」と主張する。
この前に産経社説は「被害者にとってはもちろん、事故は加害者やその家族にとっても悲劇に他ならない」と書き、主張をうまく補強している。社説としてはうまい論じ方である。
さらに「運転に不安があれば自主的に返納すべきである。家族も目を配りたい」と書き、続けて「明らかに能力を欠きながら運転に固執するケースには、強制力をもって免許を返納させる仕組みが必要ではないか」と訴える。
見出しも「強制返納の仕組み検討を」だが、産経社説は北朝鮮への圧力強化を訴えるように高齢ドライバーにも強制力で何とかしようとする。もう少し新聞社としての熟慮が必要ではないか。
■判断力や技能をどう検査すればいいのか
産経社説は後半で「男は昨秋の免許更新時に認知機能検査を受け、認知症ではないとされていた。その診断結果が運転能力への過信につながっていたとすれば皮肉である」と指摘し、認知症以外の運転技能検査の義務付けをこう訴える。
「道交法は昨年、更新時や違反時などに義務づけた検査で認知症と診断されれば免許停止や取り消しにできるよう改正された」
「だが、高齢者の事故原因は認知症だけではない。年齢に伴う判断力や運転技能の低下は、事故に直結する可能性が高い」
この主張も分からないではない。だが、高齢者の判断力と運転技能の基準をどこに置いてどう検査するかまで具体的に突っ込んで書くべきだろう。高齢者の運動能力は格差が大きく、運転ができるか、できないかを一律に決めがたいところがあるからだ。
問題は一筋縄ではいかないのである。
■東京は「周りが自主返納を後押ししたい」
1月29日付の東京新聞の社説では、得意のリードでこう主張している。
「悲劇の後では遅い。本人の自覚が大切なのはもちろんだが、周りが運転免許証の自主返納を後押ししたい」
東京新聞は家族など周囲から免許の自主返納を促すことを求めている。強制力に頼ろうとする産経社説に比べ、自然と頭に入ってくる。
東京社説はその中盤で「昨年三月、改正道路交通法が施行され、認知症対策が強化されたのに、男性は擦り抜けたのか」と疑問を投げかけ、産経社説と同じく、「七十五歳以上のドライバーは免許更新時などの検査で、認知症の恐れがあると判定されれば、医師の診断が義務づけられる。その結果、認知症と確定すると、免許の取り消しや停止の対象となる」と説明する。
そのうえで擦り抜けの可能性についてこう触れる。
「更新などの手続きを終えた後に病気や障害が悪化し、認知機能が衰えたり、判断能力が鈍ったりする場合があるだろう」
そして東京社説は「身近な家族らはよく注意を払い、免許の自主返納を促したい」と主張する。あくまでも自主返納なのである。
■「運転に対する自信とこだわりの強さ」
東京社説は内閣府の世論調査を取り上げ、「七十歳以上の免許保有者が免許を返そうと思うきっかけは、複数回答で自らの身体能力が低下したと感じたときが74.3%と最多だった」と書く。
さらに「半面、家族や友人、医者らから勧められたときが26.3%、交通違反や交通事故を起こしたときが10.9%、返納するつもりはないが9.2%だった」とも書く。
そのうえで東京社説は「運転に対する自信とこだわりの強さが浮かぶ」と指摘するが、その通りだと思う。前橋市内の女子高校生の事故でも偏った自信とこだわりが、事故の引き金を引いたのだろう。
東京社説は最後に「参考にしたい」とこんな読者の体験談を挙げる。
「父は認知症が進み、医師からも運転を止められたが、聞き入れない。家族全員で警察の相談窓口に行き、認知症などの検査をした。父は認知力の低下を実感したことで、免許を手放すと言ってくれた。粘り強く説得してくれた警察官の協力があってこそだった」
説得力のある言葉や行動で相手に理解を求めることが大切なのだ。
■政府は高齢者の就労を推し進めている
ところで政府は1月17日、「高齢社会対策大綱」の案を自民党の会合に提示した。この大綱の目玉は、公的年金の受給開始時期について70歳超も選択可能にする検討である。60~64歳の就業率を2020年に67%まで引き上げるとの数値目標も盛り込まれた。
つまり社会の高齢化が加速度的に進むなかで、働く意欲のある高齢者の就労をどんどん増やし、公的年金制度などの社会保障を財政的に維持していこうというわけなのである。
ここで注目したいのは、高齢者の労働と運転免許の関係である。運転免許がなければ従事できない仕事もある。産経社説のように強制力をもって免許を返納させた場合、どの年齢で線引きを行うべきかという問題が発生する。
運転技能と判断力があって十分仕事がこなせる高齢者であっても、ある一定の年齢になると、免許を取り上げられる。そうなれば健全な高齢者から「こんな理不尽なことは納得できない」との不満の声が多く上がるはずだ。政府が高齢者の就労を推し進めようとしているだけになおさらだ。
■地方では車は生活必需品
また、地方に住む高齢者にとって、車は生活必需品だ。食材を求めてスーパーマーケットまで出かけたり、定期的に持病の診察を受けに町の診療所まで行ったりするのに、車が運転できなければ不便でどうしようもない。
高齢者の交通事故をなくすためには、こうした問題点もよく考える必要がある。繰り返すが、問題は一筋縄ではいかない。だからこそ、より多くの新聞社に議論を喚起してもらいたい。それが新聞の果たすべき役割のひとつではないだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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