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平昌五輪で見えた"北主導"統一のシナリオ

プレジデントオンライン / 2018年2月21日 9時15分

平昌五輪開会式に「電撃参加」した金正恩の「実妹」、金与正・朝鮮労働党中央委員会第1副部長(後列右から2番目)。前列左端から文在寅・韓国大統領、2人おいてマイク・ペンス米副大統領、安倍晋三首相。(写真=代表撮影/AFP/AFLO)

平昌冬季五輪で競技に劣らず世界の注目を集めたのが、北朝鮮訪問団の電撃訪韓だ。防衛ジャーナリストの芦川淳氏は、「文在寅政権は『温北冷米』の態度を続けており、今後、在韓米軍の撤退もあり得る。そのとき韓国は北朝鮮による武力統一を受け入れるしかないだろう」という。芦川氏が北朝鮮主導による南北統一のシナリオを分析する――。

■軍事パレードと「電撃訪韓」の合わせ技

今回の平昌冬季五輪では、北朝鮮訪問団の電撃的な訪韓や、南北合同チームの結成など、南北関係に多くのサプライズが生じている。

2月11日付の朝鮮日報は、10日に行われた文在寅・韓国大統領と金与正・朝鮮労働党中央委員会第1副部長との会談において、金氏から文氏に対して早期の訪朝が要請されたと伝えている。併せて会談では、南北でアクセントや意味の違う言葉について、金氏は「まずそれから統一しなければならない」とユーモアを交えて語ったという。金正恩・朝鮮労働党委員長の実妹とされる金与正のソフトな印象は、強面に思われがちな北朝鮮のイメージ一新に役立ったことだろう。

その一方で、平昌五輪開幕の前日、北朝鮮は平壌で大規模な軍事パレードを行った。北朝鮮は毎年4月に朝鮮人民軍創設を記念するパレードを行うが、今回のパレードはそれを平昌五輪に向けて前倒ししたものと見られ、テストに成功したばかりの最新型弾道ミサイルから、これまた最新型の小銃まで、近代化に成功しつつある北朝鮮軍の威容が伝えられた。金正恩の側近中の側近である金与正、美女揃いの音楽団や応援団を平昌五輪会場に送り込んで来たこととは、実に硬軟対照的である。

この一連の北朝鮮の行動は、大仕掛けの工作活動だ。弾道ミサイルに象徴される巨大な軍事力を直視した韓国の国民は、同時に微笑み外交の優しさも味わい、北朝鮮に対して「頼もしさ」と「親しみ」を感じたことだろう。そして民族融和の幻想は、長く韓国の防衛に心血を注いできたアメリカへの離心を加速させる。オリンピックの場を見事な政治ショーの場として活用した、北朝鮮側の勝利である。

■北朝鮮にとって「してやったり」の状況

金与正の訪韓が南北朝鮮外交史に残る極めて異例の出来事であったとしても、文在寅は北朝鮮のこうした振る舞いを「策略」だとして拒絶し、北朝鮮の非核化のみを唯一の条件として対話に臨むべきだった。それが民主国家の指導者としての役割である。

しかし、それとは真逆の文在寅の振る舞いは、外交の手の内をさらし、日米を始めとした関係国の努力を水の泡にしてしまった。おまけに北朝鮮の案内人となって米韓の単独対話の仲介に動くに至っては、何をか言わんやである。こうした大統領を選んだ韓国は、北朝鮮の幅広い宣伝工作戦に負け、弾を撃ち合うことなく北朝鮮の軍門に下りつつあると考えて良いだろう。

北朝鮮の一連の動きを、筆者は「余裕」の表れと見る。火星シリーズや北極星シリーズの弾道ミサイルの開発を成功させ、直近の火星16号ではロケットエンジンのクラスター化(編集部注:複数のロケットエンジンを束ねて大きな推力を確保する手法)にも成功して、この先の推力拡大(=射程とペイロードの拡大)に道筋をつけた。核兵器については、実験時の出力から推定すると、すでに初期開発段階を終えて小型化・高出力化を達成しつつある。

一方の韓国は、米韓同盟の縛りから核兵器を保有できず、韓国に対する北朝鮮の戦力の優位は明白である。加えて韓国国内では、文在寅政権の政治母体である「共に民主党」内からも強くアメリカ離れを唱える声が上がっており、米韓同盟を基軸とした安全保障体制への反動的な動きが、さらに北朝鮮の挑発を生む悪循環となっている。

北朝鮮からすればまさに「してやったり」の状況であり、韓国に対し連綿と続けてきた工作活動が花開いた形だ。文在寅政権が続く限り、韓国は北朝鮮の思惑に翻弄(ほんろう)され続ける。そうした状況が続けば、最終的には「北朝鮮主導による南北統一」が実現するだろう。

■戦力見直しの真っ最中で動きにくい米軍

一方、朝鮮半島情勢を巡る当事者の1つであるアメリカは、いま戦力の硬直化が著しい。戦力の絶対値は世界でも最強レベルにあるが、北朝鮮による核保有や中国によるA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略の拡大が、アメリカに戦略の変更を強いる。在日米軍基地は、戦域からはるか後方の安全地帯に位置し、巨大な兵站(へいたん)として機能するべきものだが、中国による大量の長距離巡航ミサイルや対艦弾道ミサイルの配備によって、その前提が崩れかけている。

2018年2月、トランプ政権は今後5年から10年間の核政策の指針となるNPR(核戦略体制の見直し)を発表した。そこには、オバマ政権下でストップしていた核抑止力の近代化の再スタートとともに、新型戦術核兵器の運用が盛り込まれている。出力と射程を絞った小型核兵器の投入は、戦略核兵器と通常兵器のギャップを埋めるものであり、ロシアや中国や北朝鮮による、戦術核を用いた先制核攻撃への対抗策(戦力の非対称性を解消することで得られる抑止力)と考えられる。

■アメリカのスキを突いて南北が電撃休戦?

そうした背景を踏まえて朝鮮半島情勢の推移を探れば、今後、北朝鮮は急速に統一へのアプローチを強め、手始めとして南北間の休戦状態の解消を画策する方向に進むと考えられる。北朝鮮にしてみれば、米軍の現有戦力がいまの小回りの効かない状態から、NPRを受けて総合的な作戦能力を獲得するまでの間に先手を打つ必要がある。

新型戦術核兵器の装備自体は短期間でスタンバイ可能だが、米軍がそれを用いた作戦能力を検証し確立するには、短く見積もって2年から3年の時間を要する。その間に、南北首脳会談から電撃的な和解へと話が進み、続いて南北が双方の軍隊を互いに駐留させる形で、38度線の形骸化を目指すシナリオがあってもおかしくない。

これが2年前までなら、状況はまったく違っていた。当時は北朝鮮の核戦力は完成にほど遠く、いつでも米軍による空爆をもって独裁体制に引導を渡せる環境にあった。だが、アメリカはクリントン政権時代、当時の金泳三韓国大統領の拒否にあって絶好の機会を逃して以来、実質的には足踏み状態のまま、事態悪化の底なし沼に落ち込んでいる。

■「南侵」による武力統一の可能性も

それどころか、北朝鮮軍の南侵によって、朝鮮半島が武力統一される可能性さえ否定しきれない。文在寅政権は、米軍から韓国軍への戦時作戦統制権の返還に積極的で、今回のオリンピックでのおもてなしに見る「温北冷米」の態度からも読めるように、「自国の防衛力の無力化」に力を尽くしている。アメリカにしても、朝鮮半島の防衛にかつてのような国益を見いだせず、むしろ背後に控える太平洋の航行の安全のために、日本列島を新たな38度線とする方向へとかじを切りつつあるのが現状だ。

これは、アメリカが北朝鮮の非核化を断念することにもつながる。一方の当事者である韓国が非協力的なままの状況で、朝鮮半島の非核化を強引に推し進めれば、アメリカの財政的・軍事的負担は天井知らずになるからだ。それよりも、日本を北朝鮮や中国の核ミサイルを防ぐ巨壁としたほうが、アメリカにとっては合理的である。

近い将来において陸上自衛隊への導入が検討される「イージス・アショア」は、まさに日米双方の利益を形にしたものだ。わが国全域のBMD(弾道ミサイル防衛)を可能にするだけでなく、アメリカ本土に向かう弾道ミサイルの迎撃にも力を発揮するからだ。

■北朝鮮軍の進撃を韓国は止められない

こうした不安定な安全保障環境にあって、核兵器と弾道ミサイルという金の盾を手に入れた北朝鮮は、「南侵」という強硬手段を有効な手札のひとつとして強く認識しているはずだ。韓国防衛への米軍の影響力低下がある値を超えて進んだとき、北朝鮮は南侵へと歩を進めるかもしれない。いざそうなれば、ソウル、釜山(プサン)、大邸(テグ)といった、政経中枢と軍事的要衝がセットになった地域は、開戦と同時に弾道ミサイルの飽和攻撃に晒(さら)され、その後、北朝鮮軍の略奪的侵略を受けることになる。

初撃で指揮系統を破壊された韓国軍は、その後に続く北朝鮮軍の進撃を迎え撃つことができないだろう。優れた人員や装備があっても、各部隊がバラバラに活動したのでは、総合的な戦闘力を発揮できない。そもそも米軍の統制と協力ありきの組織構成をとっているのが韓国軍だが、先述したように文在寅は、戦時作戦統制権の米軍からの早急な移管を志向している。

そして忘れてはいけないのは、これが同じ民族同士の戦いであるという点と、すでに韓国の国内に北朝鮮による工作が浸透している点だ。北朝鮮軍が進撃する先々で、彼らを歓待する人々が現れるだろう。

■「南侵」が起きれば日本もただでは済まない

こうした惨事が起きれば、わが国も悠長に構えているわけにはいかない。韓国への救援阻止を目的とした北朝鮮工作員によるテロ攻撃、弾道ミサイルによる日本国内主要部への空爆、韓国軍残存部隊の退路を遮断しようと対馬攻略に乗り出す北朝鮮特殊部隊と自衛隊との戦闘、さらに日本海沿岸全域への難民漂着といった、さまざまな国難に次々と見舞われることが予想されるからだ。開戦の直前直後には、在韓邦人の救出も大きな課題となる。

テロや空爆で生じる日本人の死者は短期間で数千人に達する可能性があり、混乱から生じるパニックにも警戒が必要だ。こうしたことが局地的に起きるのであればともかく、日本全国で同時多発すれば、政府による対応はきわめて困難になる。残念ながら、現在のわが国では、法的にも能力的にも、政府に十全な対応力を期待できる状況にはない。

われわれ一般国民としては、巨大地震による震災被害と同様、2週間程度の混乱に耐える用意(食料や水や燃料の備蓄、情報収集手段の確保、救急救命知識など)を準備し、国に頼ることなく自分自身や家族の身を守る力を持つ覚悟が必要だろう。いまわが国は、短期的にみても非常に危険な状態に置かれていると、筆者は見る。

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芦川 淳(あしかわ・じゅん)
防衛ジャーナリスト
1967年生まれ。拓殖大学卒。雑誌編集者を経て、1995年より自衛隊を専門に追う防衛ジャーナリストとして活動。旧防衛庁のPR誌セキュリタリアンの専属ライターを務めたほか、多くの軍事誌や一般誌に記事を執筆。自衛隊をテーマにしたムック本制作にも携わる。部隊訓練など現場に密着した取材スタイルを好み、北は稚内から南は石垣島まで、これまでに訪れた自衛隊施設は200カ所を突破、海外の訓練にも足を伸ばす。著書に『自衛隊と戦争 変わる日本の防衛組織』(宝島社新書)『陸上自衛隊員になる本』(講談社)など。

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(防衛ジャーナリスト 芦川 淳 写真=代表撮影/AFP/AFLO)

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