本当に価値があるのはアイデアよりチーム
プレジデントオンライン / 2018年4月16日 9時15分
※本稿は、スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック『知ってるつもり 無知の科学』(早川書房)の第10章「賢さの定義が変わる」を再編集したものです。
■他人の知識を自分のものと思い込む?
ものを考えるという行為は個人の営みだと思われがちだが、実は人間には自分の知識と他者の知識を明確に区別することができない。コミュニティのなかに知識があることを知っているだけで、私たちは自分が知っているような気になってしまうのだ。
例えば、次のような新聞の切り抜きを目にしたとしよう。
この岩石が光を放つメカニズムについて、あなたはどれだけ理解できたと思うだろうか。おそらく、あまりよく理解できなかっただろう。この岩石の話自体、われわれがでっちあげたものなので、聞いたこともなかったはずだし、新聞記事のなかにも理解する手がかりは乏しかった。
記事中に名前の挙がった科学者(リテノア、クラーク、シュウ)が「岩石を完全に解明した」と書かれていなかったら、あなたの感じる理解度は違っただろうか。反対に、科学者が解明できていなかったら、あなたの理解度も低下するだろうか。おそらくそんなことはないだろう。新たな現象に対するあなたの理解度が、他の人々の理解度に左右されるわけがない、と思うかもしれない。
しかし、その直観は誤っているようだ。われわれはある実験で、一部の被験者グループに上の記事を、別のグループには内容は似通っているが、科学者は岩石の発光するメカニズムを解明できていないとする記事を見せた。そしてそれぞれのグループに、光る岩石に対する自分の理解度を評価してもらった。
すると科学者が理解していないときは、被験者も自分の理解度を低く申告した。被験者の自らの理解度に対する評価は、ほかの人々の理解度についての情報に影響を受けていた。科学者がある現象を理解しているという事実を伝えるだけで、被験者自身の理解度の評価も高まったのだ。被験者には、質問しているのは被験者自身の理解度であることを明確に伝えていた。被験者は自分の理解していることと、他の人々の知っていることとを区別できないようだった。
このように、私たちは知的行動について、それが実際にはコミュニティによるものであっても、個人のものと考える傾向にある。成功している企業についても、同じ混乱が見られる。インターネット・ベンチャーの起業家にもその他大勢と同じ誤解を抱いている者が多い。重要なのはアイデアである、と。
ベンチャー企業を成功させるカギは、市場を生み出し、何百万ドルもの利益を生み出すような優れたアイデアである、というのは広く受け入れられている考えだ。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグやアップルのスティーブ・ジョブズが成功したのは、そのおかげと見られている。知能は個人のものと思われているため、アイデアを生み出した手柄はすべてたった一人の個人のものとされる。
■重要なのはアイデアではない
しかし新しいベンチャー企業を支援するベンチャー・キャピタリストのなかには、現実は違うと言う者もいる。その一人、エイビン・ラブヘルは「ベンチャー・キャピタリストはアイデアではなく、チームに出資する」と指摘する。
アーリーステージ(創業初期)のハイテクベンチャーを支援する主要なインキュベーターの一つである、Yコンビネーターの例を見てみよう。
Yコンビネーターの戦略は、ベンチャー企業が当初のアイデアを頼りに成功をつかむことはめったにない、という発想に基づいている。アイデアは変化する。だから一番重要なのは、アイデアではない。アイデアの質よりはるかに重要なのは、チームの質である。優れたチームは、市場の実態を調べて優れたアイデアを見つけ、その実現に必要な作業を遂行することによって、ベンチャー企業を成功に導く。優れたチームは、個人の能力を活かすようなかたちで役割を分担する。
Yコンビネーターがたった一人の創業者しかいないベンチャーへの投資を避けるのは、役割を分担するチームが存在しないためだけではない。その理由は、あまり知られていないが、チームワークの根幹にかかわるものだ。一人ぼっちの創業者には、仲間をがっかりさせまいとする「チームスピリット」を発揮する機会がない。チームは物事がうまくいっていないときほど頑張ろうとする。それはお互いが励まし合うからだ。チームのために頑張るのである。
知識のコミュニティに生きているという事実を受け入れると、知能を定義しようとする従来の試みが見当違いなものであったことがはっきりする。知能というのは、個人の性質ではない。チームの性質である。難しい数学問題を解ける人はもちろんチームに貢献できるが、グループ内の人間関係を円滑にできる人、あるいは重要な出来事を詳細に記憶できる人も同じように貢献できる。個人を部屋に座らせてテストをしても、知能を測ることはできない。その個人が所属する集団の成果物を評価することでしか、知能は測れない。
それにはどうすればいいのか。集団のパフォーマンスにおける個人の貢献を測る適切な方法とはどのようなものか。これはあまり関心を集めてこなかった問いである。
その答えを考えるために、まずは話を単純化するため、個人はどのような集団に所属していても、多かれ少なかれ常に貢献すると想定しよう。一つの方法は、さまざまな集団における一人ひとりの個人的貢献を測ることだ。ちょうどアイスホッケーチームがプラスマイナススコアを使って各プレーヤーの貢献を測るように。アイスホッケーの考え方とは、優れたプレーヤーが氷上に出ているときチームは多く得点し、相手チームの得点は少なくなるというものだ。つまりプレーヤーの質はプラスマイナススコア、すなわちそのプレーヤーが氷上にいたあいだのチームの得点から、相手チームの得点を引いた数で表される。
集団が問題を解決するうえで、あるメンバーがどれだけ貢献したかを測るのにも同じような方法が使える。その人物が居合わせたとき、集団が問題解決に成功した頻度、あるいは失敗した頻度はどの程度か。集団のパフォーマンスに毎回確実に貢献し、高いプラスマイナススコアを得る人物は、重要な意味において「知能が高い」と言える。これは知識のコミュニティを念頭に置きつつ、集団知能を個人の貢献に変換する方法となりうる。
■チームへの貢献度で部下を評価せよ
このような測定方法を、現実に使いこなすのは難しいかもしれない。ひとつ問題なのは、成功と失敗がアイスホッケーの試合のように明白ではないケースも多いことだ。賞を獲得するほど高い評価を受けても、実際には売れ行きがふるわない製品というのは成功だろうか、あるいは失敗だろうか。もうひとつ問題なのは、2人の個人が一緒に活動することが多い場合、どちらかの成功はもう一方の貢献の表れかもしれないということだ(社交的とされる男性が、実は配偶者の顔が広いだけだったりするのと同じことだ)。
しかし基本となる原則は有効だ。ある企業役員が優秀で活動的で、話がうまく、周囲を鼓舞する才能があるように見えても、この人物が参画するプロジェクトが失敗しがちであれば、高額なボーナスを支払うのは考え直したほうがいいかもしれない。また管理職が部下を評価するときには、頭の回転が速く魅力的な人物であることと、社業への貢献度を混同しないことが重要だ。上司が考慮すべきは、特定の従業員が関与しているプロジェクトが、ほかの従業員のものと比べて高確率で成功しているかどうかである。
農業を営む者であれば、難しいのが土壌を整える段階であることはみなわかっている。種をまき、その成長を見守るのは比較的たやすい。科学と産業の場合、土壌を整えるのはコミュニティだが、社会はたまたま良いタイミングで種をまいた人物に手柄をすべて与えがちだ。種をまくこと自体には、必ずしも圧倒的知能は必要ではない。むしろそれが必要なのは、種がよく育つ環境を整える作業だ。私たちは科学、政治、産業、そして日々の生活において、コミュニティにもっと正当な評価を与える必要がある。
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認知科学者。ブラウン大学教授(認知・言語・心理学)。《Cognition(認知)》誌の編集長をつとめる。
フィリップ・ファーンバック
認知科学者。コロラド大学リーズ・スクール・オブ・ビジネス教授(マーケティング論)。
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(認知科学者 スティーブン・スローマン、認知科学者 フィリップ・ファーンバック 写真=iStock.com)
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