松下幸之助が"掃除の大切さ"を説いたワケ
プレジデントオンライン / 2018年5月15日 9時15分
■整理・整頓・清掃の「3S」
日本の優れた企業には、経営者や従業員が自ら掃除や整理整頓に取り組んでいるところが少なくありません。本田宗一郎、松下幸之助といった名経営者も、掃除や整理整頓を大事にしてきました。掃除には、どのような経営上の効果があるのでしょうか。
日本の企業の歴史を振り返ると、経営課題を掃除によって乗り越えてきたことがわかります。今も、製造業を中心に、整理・整頓・清掃などの5Sに取り組む企業が多くあります。5Sという言葉が多く用いられるようになったのは、1970年代後半から80年代前半にかけてです。その背景には、当時、大手企業を中心に取り組み始めたTPM(Total Productive Maintenance)があります。
全員参加で生産保全に取り組む活動ですが、その基礎として掃除や整理整頓を位置づけ、5Sと呼んで取り組むようになったのです。当時、欧米企業と熾烈な競争をしていた日本企業は、生産性向上のために掃除や整理整頓に力を入れました。
60年代には、すでに3Sという言葉が登場していました。この頃は労働災害が頻発していた時期で、職場の安全性を高めるために整理・整頓・清掃の3Sに力を入れたわけです。
■「無駄なし運動」「無駄なし週間」
時代を遡ると、20年代前半から30年代前半にかけても、掃除や整理整頓に力を入れていたようです。当時は関東大震災や昭和恐慌によって国全体が困難な状況にありました。そこで、節約のために、「無駄なし運動」「無駄なし週間」といった言葉で、企業の枠を超えて取り組みました。
日本企業が掃除や整理整頓に取り組むようになった端緒は、1900年前後です。この頃、多数の労働者を集めた工場が操業するようになりました。当時盛んだった繊維工場で働くのは、「女工」と呼ばれた数多くの女性たちでした。多くは親の借金の肩代わりに連れてこられ、長時間、低賃金の労働を強いられましたが、当時の資料を読むと、女工たちのおしゃべりや怠業が絶え間なく、仕方なく長時間労働にせざるをえなかったことが記されています。
また、男子の職場でも、同様に規律や勤勉性の欠如が問題になっていたようです。そこで、規律や勤勉性を高めるために導入されたのが、掃除や整理整頓でした。
■掃除や整理整頓によって得られる経営的な効用
なぜかというと、日本社会では、昔から掃除や整理整頓を大切にする文化的な背景があったからです。
理由の1つは宗教的なもので、神社に参詣する前に身を清める風習があります。もう1つは環境的な理由です。日本は蒸し暑い気候で、また小さな国土に密集して住んでいるため、身ぎれいにしたり、整理整頓せざるをえず、家庭でもそういう躾がされてきました。こうした文化を背景に、日本企業は経営危機に直面するたびに、全員で掃除や整理整頓をするところから、さまざまな問題解決に取り組んできたのです。
では、掃除や整理整頓によって得られる経営的な効用とは、どのようなものでしょうか。大別すると、掃除から得られる直接的効用と、掃除をする人間による間接的効用があります。
直接的効用としては、「職場環境の安全衛生や公衆衛生の向上」「効率の向上およびコストの削減」、間接的効用としては、「機械や備品の耐用年数の向上」「従業員のモチベーションやモラルの向上」「チームワークや連帯感の向上」「売り上げの向上」が挙げられます。
■なぜ、自前で掃除をしたほうが効用があるのか
企業における掃除や整理整頓には、外部に委託する外注型と、自社社員による自前型の2つがあります。それぞれの企業グループに分けて掃除の効用に関するアンケートの回答を比較してみました。すると、直接的効用については、ほとんど違いはありませんでした。ところが、間接的効用については、自前型グループのほうが圧倒的に高い比率で「効用あり」と回答していました。
なぜ、自前で掃除をしたほうが効用があるのでしょうか。機械や備品の耐用年数が向上するのは、自分たちで掃除をすると、愛着が湧き、大切に使うようになるからです。その延長で、職場や会社への愛着も高まり、同僚と一緒に掃除をすることで、チームワークも高まり、職場の雰囲気がよくなります。さらに、従業員の清掃する姿に感激して、新たな顧客が増え、売り上げの向上につながることもあります。
この結果を踏まえると、日本企業は、掃除によって得られる直接的効用よりも、掃除をする人間によってもたらされる間接的効用を大切にすることによって成長してきたことがわかります。
ここまで、過去の資料やデータに基づいて日本企業の掃除や整理整頓の効用について見てきました。次に、経営学の最新の研究を踏まえ、掃除を大切にする日本企業を、戦略創造と問題解決の2つの視点から見てみましょう。
■「日本人のお辞儀」が、戦略創造に影響する
戦略創造に関しては、2000年前後から、欧州の研究者を中心に、「Strategy as Practice(実践としての経営戦略、以下SaP)」という経営学の新しいアプローチが提示されています。
従来の米国型アプローチでは、新奇性や独自性といった戦略の内容が注目されてきました。それに対してSaPは、戦略の創造過程に、なかでも実践(プラクティス)との関係性に目を向けます。日々実践されている行動の中で、特に注目するのは慣習的な行動です。
よく例に挙げられるのが挨拶です。日本人はお辞儀をしますが、欧米では握手をします。また、中南米では頬にキスをします。私たちは普段、あまり意識しませんが、もし、同じ挨拶をしなければ、コミュニティとして成立しなくなってしまいます。
このようなプラクティスは、私たちが思っている以上にコミュニティを下支えしています。企業も同様で、このようなプラクティスの積み重ねが、戦略の創造に影響を与えているのではないか、という考え方です。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/541/img_88cc19efddd532fa9c65e3227322c4b732233.jpg)
■「ヒューリスティック」に注目する
そう考えると、掃除や整理整頓は、まさに日本人や日本企業が大切にしてきたプラクティスと言えます。SaPのアプローチを通じて、米国型とは違う、掃除を大切にしている企業ならではの戦略創造の過程の特徴が明らかにできるかもしれません。
例えば、米国型の企業では、戦略策定に関わるのは、経営者など少数の人々のため、戦略を速やかに決めることができ、短期間で大きな成功を収める可能性があるものの、彼らの交代によって会社の勢いが失われてしまう危険性も高まります。
それに対して、掃除を大切にする日本企業は、時代や状況の変化に応じて、従業員による掃除という手段を駆使しながら様々な経営課題を実際に乗り越えてきました。環境の変化に応じて、戦略も含め多様な目的や課題を柔軟に追求できる組織と言えます。
一方、問題解決の観点では、問題を発見するために何から始めるか、その癖である「ヒューリスティック」に注目する研究があります。ヒューリスティックは、より根源的な問題を発見して特定する、あるいは、難しい問題を解きやすい問題へと小さく分割するための手段と言えます。
例えば、困ったことが起きたときに、まずグーグルで検索してみる、あるいは占い師の意見を聞いてみるというのも一種のヒューリスティックです。企業にも、それぞれ独自のヒューリスティックがあるはずです。日本企業がこれまでの歴史の中で、その時々の経営課題を乗り越えてきたのも、掃除がヒューリスティックスとして機能してきたからだと言えるでしょう。
何か問題が起きたときに、全員で掃除をすることによって、解決のための何らかの手がかりが見えてくるのです。実際に、掃除を導入すると、その会社の本質的な課題が浮き彫りになるケースが多く見られます。今日のように環境変化が激しい時代こそ、掃除が有効なのかもしれません。
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日本大学経済学部教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。東京国際大学商学部助教授などを経て現職。大阪商工会議所「掃除でおもてなし研究会」座長。著書に『掃除と経営─歴史と理論から「効用」を読み解く』などがある。
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(日本大学経済学部教授 大森 信 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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